一悟のほほえみ
一悟のほほえみ
唯一、現実世界で撮った、一悟が二年生から三年生へ上がる春の、管弦楽部の定期演奏会でのビデオを観た。
曲が終わると、しばし一悟がトランペットを口に当てたまま、演奏の余韻に感動して、そして思いきり聴衆の方へ意識を切り替えると演奏者全員ですたっと立ち上がる。そんな背の低い一悟が自信たっぷりに、くっと顎をあげて笑顔で胸を張るから、小さな体でも他の誰よりも立派に見えた。
一悟も高校へ行ったら電車通学をするのかな。誰か彼氏を作って楽しい学校生活を送るのだろうか。いつか大人になって、男と結婚して子どもを作るのだろうか。
一悟にはいつまでも、その長いスカートの小さな可愛い中学生でいて欲しい。そんな無駄な願いをかなえる術なんてない。
一悟が俺だけの女になったらどういう事にいなるのだろう。誰にも譲れない、他の女をどれだけ逃がそうと、一悟だけは手放すわけには行かない。
「だから先生は一悟のことは、演奏会で年に一度、こんな形で姿を見ることしかできないのに」
里子が寝そべってゲームをしながら、両足をぶらぶら揺すっている。膝までめくれている里子のスカート。
「一悟は俺を見つめている……」
俺の妄想のままに一悟は手なずいて、俺に愛の言葉を唱えるようにトランペットの音を鳴らす。
一悟、もしかしてお前は俺を知ってるのか?
ステージの一悟に感覚を投げかけると、一悟がステージから聖母のように微笑んで、俺を見つめ続ける。
俺は今にもステージに駆け上がってステージに駆け上がって、一悟をさらいに行こうとする。一悟は笑顔でそれを待っている。
ねえ来て、早く来て、と一悟が俺を見つめる。……って、俺は思わず叫んだ。
「里子!消しゴム!」
はいはいと里子が立ち上がって、面倒くさそうに妄想を消しゴムでこすって消している。




