オケラはやめろ
オケラは辞めろ
「ヨシ君、ゾンビはバカだ。あんな奴の下で演奏するなんて下らない。二年生になったらオケラは辞めろ」
それを先に言えよ! そういうことを言うのなら俺を管弦楽部に入れるな!
仮入部から本入部に入ったとたんにトロンボーンの三年生のこのセリフは始まった。三年生の先輩が卒業していくまでの一年間、この東條先輩と笹山先輩の二人は、俺に向かって長い部活の時間中、延々とゾンビの悪口をぶつけ続けた。
ファーストトロンボーンの折戸先輩はいない。ほとんど幽霊部員の体裁で、それでもコンクールの本番だけはバシッと演奏していく。トロンボーンのパートがいかに不可思議で、後輩の部員に恵まれないのか。それが分かるような分からないような。
人を食ったような顔つきの、たかだかの中学教師のくせに、いっぱしの音楽家とでもいうのか、髪を長く伸ばし、実はそれがカツラだといううわさが立っている管弦楽部顧問の高城先生。ゾンビはバカだ、オケラは辞めろ。相当に嫌われている、教師と言うのは誰であれ嫌われてなんぼのものとも言えるけれど、しかしここまで嫌われる教師って何だろう。少し異常だ。
個人練習の二時間、先輩たちはショスタコーヴィッチという、コンクールとは全く無関係な作曲家の交響曲を吹きつつ、ゾンビはバカだ、オケラは辞めろと連呼し続けていく。楽譜に鉛筆でフォルテッシモと記入する代わりに、しっかりと空っぽな俺のアタマに「ゾンビはバカだ、オケラは辞めろ」と記されていく。
折り紙付きのN市立第一中学校管弦楽部。歴代の先生たちが育ててきたこのオケラを、ゾンビはどのような手段を使って手中に収めたのだろう。
このゾンビという顧問、まともな音楽大学を出るどころか、教員資格もあるのかどうかが怪しげな、ゾンビの親が教育関係者の大物で、その親の七光りでゾンビはこの地位を得るに至ったと、それはさすがに本当か嘘か分かったようなことは言えないけれど、そういう噂まで生徒たちの間でささやかれる。
N一中管弦楽部を手に入れたいま、ゾンビは中学生たちをこき使って、全国最優秀のスポットライトを浴びるスーパースターの夢を現実のものとしている。生徒たちにもその悪烈な魂胆を一目で見抜けるほど、あからさまないやらしさを見せるゾンビだった。だから部員の子どもたちは誰もがこそこそとゾンビの悪口を言うのだけれども。
しかし、それ以上の反抗は大人としても特に身長の高い、長い脚の美的なシルエットのゾンビを前にすると、中学生たちはビビっちゃって。生徒たちはゾンビの言われるがままに操り人形のように動くばかり。
総勢七十二名もいる管弦楽部の部員たちだけど、入学した一年生の中で、楽器経験者の見込みのある新入生を教官室へ呼び込んで、「お前は管弦楽部へ入らないのか、入らないならこうだ。入ると言うまで今日は遊んでやる」と言いながら、生徒の顔にゾンビがチョークで絵を描いていたと言うような、そんなアホな暴力に根負けした生徒たちで部員は揃えられている。
こんな具合だから部員たちはみんな冗談ではなく、本当にゾンビを嫌っていた。
今年度の定期演奏会ではメインプログラムにチャイコフスキーの交響曲第五番を演奏するという。
チャイコフスキーか、まだ十二歳の俺なのだが。大人が聴いても難しいクラシック音楽だ。交響曲第五番の主要テーマの「運命との闘い」とか「運命との勝利」などと言われても、俺は人生経験から言って、運命と闘ったことがない。
一体どんな音を出せと言うのか。
しかし弦と管、打楽器そろっての合同練習で、高慢ちきな顔ながらもゾンビが指揮棒を振り始めると、クラリネットが第一主題を弱音で奏で始め、弦が暗鬱な音を流し出せば、身震いがするような音楽がその姿を音楽室に現し始める。
そしてゾンビが、その演奏を何度も止めては「この部分ではもっとピアニッシモを丁寧に演奏しろ」などと言うようにそこが違う、ここをもっとゆっくり、そこまででもいいが、もう少し上手くいかないか。
今にして思えば、曲の細部まで具体的に指示を出して、たとえ子ども相手でも的確な演奏をさせる才能を持っているゾンビだった。演奏の最中にハッとさせられる音をゾンビは出させる。
誰もがゾンビを嫌い、しかし誰もがゾンビについていき、そしてゾンビが指揮棒を降ろすと日本一の音がこの管弦楽団から出る。
俺は次第に管弦楽部にのめりこんでいく。




