破り捨てました
破り捨てました
Y駅の階段を下りて、十三才の一悟や里子がたむろしていたあの場所あたりで、俺も源次郎もやはり当時十三歳。源次郎は大声で言った。
「ヨシ君! いまのままの成績では肺炎だ! このままでは招来、何もできない廃人になってしまう!」
偏差値六十四で肺炎もおかしな話だが、俺は少し不安になった。確かに勉強のしかたなんて分からない。
たまたま偏差値六十四のアタマの構造をしていただけで、実は勉強はどんなやり方でするものか、どう頑張ったところで、偏差値六十四より上の数字を俺の成績表に見たことがない。
勉強法を教えてもらいに、源次郎の家に立ち寄った。すると源次郎に負けず劣らず、彼の母親は演説を始めるものである。
東京芸術大学の声楽家を卒業した源次郎の母親は、日本音楽コンクールで第二位を受賞している。その証拠の賞状が立てかけてある。
「あと二秒、声が伸びていたら優勝できたのです!」
惜しい所での二位だったと言い放った。もし優勝していたらイタリア留学をして、いまは音楽界の第一人者になっていた。
しかしそんなとき、いまの主人と恋に落ちて、音楽を選ぶか、結婚を選ぶか、それを考えたとき迷うこともなく結婚と言う選択肢を選んだ。
出来上がった話を無言で聴いていると、武勇伝は続く。俺は紅茶を飲みながらひとしきり話に付き合わされた。
「私は芸大の教授と喧嘩をしました、当然です! 教授に才能がないのです! そのあとに私は彼に芸大の教授の席に推薦されましたが、私はその推薦状を破り捨てました!」
破り捨てました!と身振り手振りで紙を破る仕草をしている源次郎のお母様をみて、はあ、……。俺は圧倒されていた。
しかし中学生相手に、ここまでマジになる大人も珍しい。




