音楽評論家
音楽評論家
「親子の会話は大切です! その時間が奪われるような部活は息子はさせません!」
源次郎の母親はそう言う、しかし中学生にもなって部活を制限してまで親子の会話と言っても。
子どもが大人へと近づくにつれて、親としては次第と子どもには自立をさせていくこと、親にしても自立する子からはいわゆる子離れをしていかなければならない。
子供の成長を、自然な形で子供にたどらせるのが親としての大切なありかたである。親にしても、子どもにべったりすがりついて、死ぬまで離さないと言う訳にも行かない。
しかし源次郎は、親元にいる間は自立どころか、カネがないからと予備校へ行くことさえも制限される。天才型の子ども向け通信教育に入らされ、自室で勉強をやり、つねに親の手元にいる源次郎だった。
三歳の頃から親と政治経済について語り合っていた。五教科の勉強を完璧にマスターして、必ず最高学府の東京大学へ入ること。これを源次郎少年は親に強く求められていた。
音楽学校で散々な思いをした母親だったという。その親のもとでは音楽の道に進みたいと求め続けても、ピアノひとつ、楽典ひとつ、満足に勉強させてもらえない源次郎でもあった。
しかし、この息子は音楽から遠ざけようとするほど逆に音楽にのめり込んでいく。レコードを相手に指揮棒を振る彼の姿が、夕暮れのマンションの窓に浮かび上がる。
源次郎の語ることはやがて政治を離れ、経済を離れ、年を取るにつれて音楽について語るばかりになる。指揮者としての道が不可能と分かったときでも、やがて自身を音楽評論家と名乗るようになり、それほど音楽へののめり方をする息子だとは完璧な親の誤算だった。




