俺は、バカだ。
俺は、バカだ。
「芥川は自殺をするくらいなら太宰の友としてシェイクスピア並みの文学を制作して夏目漱石に献呈すべきなんだよ!」
源次郎たちの議論にひたすら難しい顔をして耳を傾け、芥川もシェイクスピアも理解できないヨシ君だ。
使い走りをさせられていたヨシ君も、今やお払い箱の身だ。「ヨシ君はバカで何の役にも立たないから」と源次郎はあからさまにへらへら笑う。
「ゴッホは自殺したというのは実は嘘で、ピカソとともに国際スパイとしてその身を隠し、モネ、マネを前線に送り込んだミッションによってドイツの核兵器の開発計画の阻止に全力を傾け、それは最後にピカソの引継ぎによって、見事にこのミッションは成功したんだよ!」
時空を超えた超難解なストーリー。このようなまるで根拠のない話題を中学生たちは毎日論じ合う。
俺も難しい顔をして頭が過緊張を起こしてまでも、議論にぶら下がる。そんな俺をクラスの生徒たちは気味悪がる。
俺は、バカだ。こんな話にもついていけない。劣等感の塊になっていく。どうして俺はこんなに偏差値の低い頭を抱えて、誰にも相手にされない生存能力の脆弱な、知恵も知能もない愚か者として生きているのだろう。
不快感が脳に蓄積されていく。気分が悪く頭が痛い。思考が混濁して頭脳は次第に傷んでいく。
およそ理解できない議論で毎日悩み、脳みそがガチガチに固まるまで俺は頭を酷使させていた。こんな中学生の生活風景なんて、実際の所どうなんだろう。
こんなバカげた学生生活は送るべきではない。これを高尚な中学生生活とは言わない。中学生はもっと中学生なりの精神世界に住んだ方がいい。
天の高みに達する芸術を論ずるのは自由だ。しかしきらめく青春の一ページとはおよそかけ離れた、この中学生論者たちの人生の果てには、健康な精神の大人へと育ちあがった人物が一人もいなかったことは事実である。




