対立候補
対立候補
ポッと春の夕暮れに電柱の明かりが灯ったように、気が付くと対立候補のコバちゃん演説台に立っていた。キリッとハンサムな顔に場内の声音がさっと消えた。
「僕は何も訴えることはありません」
コバちゃんは、バンと両手で演説台を叩いた。マイク越しにその音が体育館に響き渡ると、瞬間に脳内神経伝達物質のプラグを、精神性の衰え切ったこの時代の中学生たちに差し込んだ。
「ずばり、僕は不言実行で行きたいと思います!」
注目が最大限を超えて集中し、コバちゃんに向けて、太陽神をその目で見たかのようにすべての感覚器官が結束して、教師でさえもこれ程に生徒の注目を集めることは出来ないであろう、千人の瞳が瞬間に光っていた。
レーザー光線のように、その生徒たちの視線はコバちゃんを射抜かんばかりに見つめて、コバちゃんは両手をウルトラマンのように広げ、二千本の瞳の光を鮮やかにその体に受け止めた。
N一中生、千人からの万雷の拍手が鳴り渡った。すべては決まった、すべては終わった。源次郎はヒステリックにわめきたてる。
「不言実行なんて冗談じゃないよ! 政治は有言実行なんだよ! 政治家が何も言わなくなったら秘密政治だ!それでは民主主義の政治は務まらないんだよ!」
教室に帰っても演説は続いた。もはや誰もその話を聞いてはいない放課後に、源次郎は救世主どころか、深夜の飲み屋街でひとり相撲を取っている酔っ払いオヤジの体裁だった。
潔く負けを認めるどころか、感情の抑える術も見いだせない源次郎。放課後の校舎に選挙速報が流れる。聞かなくても分かる圧倒的な劣勢。推薦人の俺からしても、不言実行はなかなか説得力があるスピーチだったなあ? と半狂乱の立候補者の前で考えていた。
何だか頭がぼわーんぼわーんとする。




