選挙演説
選挙演説
体育館に敷いてある、リノリウムという深緑色をした古いビニールのような材質の床材や、こげ茶に変色した壁材の鬱々さと、そこへ、これから俺が生徒会長に推薦する小曽根源次郎という人間。
時代遅れの政治家のような威張り腐った人物像が、奇妙にもマッチしたキャストの体裁。
舞台の横には何十年前に作られたのか、卒業制作の学校の校歌の歌詞が掲げられている。
「小曽根源次郎」と、書道部の生徒が書いた立候補者名。演説台には華道部がいけた花。
湿気臭い体育館に集まる制服の中学生たちのほとんどは、この生徒会が何の意味を持って何の活動をしているのか、ましてや、何で源次郎が生徒会長の席に異常なまでに執着しているのか。
その緊迫した舞台裏など、人生の上での必要な体験だとは、まるでないことは分かり切っている。しかし源次郎にとっては栄誉や名誉といった単語のからむ事柄について、決して関わらない訳にはいかない。
国会で言うなら「内閣総理大臣」と同じ重さを持つ肩書きの、N市立第一中学校の「生徒会会長」、これを自分のものにしなければ、小曽根源次郎の生涯の人生の重みにとってもどうしても許すことが出来ないものである。
それは目標なのか、欲望なのか。
源次郎は候補者としての演説を、汚らしい日本語で手前勝手にマイクに向かい、ときに目をつむり一人納得して大げさに首を縦に振る。
「小曽根君はスーパーマンのように万能で、それだけでなくカツオのようにひょうきんで……」
俺がいざ一人で壇上に立ってみると、目の前には一中生千人の生徒が、ずらり。
人のためにすべてを奉げつくす、強いものは弱いものを助け、弱いものにはさらに助かりの運命共同体として、その頂点に立つ天下一品、大天才。
そう言った、あまねく人類に君臨する、現人神、小曽根源次郎氏。
いや、こいつは全くそんな人間ではないのに、口八丁手八丁、とりあえずまさに、この目の前の中学生たちの学校生活において、その生徒たちの先頭に立ち、N一中の明日へのさらなる良き学び舎の理想実現に向けて、退路を断ってリーダーシップをとる覚悟の小曽根源次郎を、……を、……だねえ。
演説台で、俺が千人の中学生を向こうに回して、この大空間を仕切る。
そんな、バカな。
俺はタカ君の一年前のスピーチを、そっくり繰り返した。源次郎のどこが万能で、どこがひょうきんなんだろう。まともに生徒たちの顔が見られず、うつむいたらこの千人の生徒たちに申し訳ない思いがこみ上げてきて、思考が止まった。
生徒たちが俺を見ている。目の前が揺れて途中で自分が何を話しているのか分からなくなった。霞のように言葉が消え行っていく。
スピーチが途中で途切れてしまうなんて、あってはならないことだ。壇上の主役の席で源次郎がいかにもイライラとしていることが分かる。
俺がしおれ切ると、中学生たちはそろって、ひそひそ内輪話に花を咲かせ始めた。俺はプライドを傷つけられて、自信を失い、ここに立つ気力も消え失せた。




