お嬢さま、製本屋一家と別行動する(高木)
≪ 梅宮みのり視点 ≫
みのりは根合寺で見つけた種とまいまいず井戸の水を持って、停車した車から降りた。ジャリと石がぶつかり合う音が辺りに響く。山波たちと根合寺で別れた後、碧が何も言わず車を発進させたのだ。彼のことだから何か考えがあるに違いない。そう思い追求せず好きにさせたが、まさか黄梅の端の方に位置する藤端までくるとは思ってもみなかった。
「碧、ここはなんて言う神社なの?」
見える範囲を見渡せば、『梅の実を守る会』という看板を掲げている平屋のような建物と、参道を見守るように6体の地蔵が並んでいた。
「檜桂神社でございます」
「ソマイノカツラ神社?」
「えぇ」
碧が憎たらしいほど爽やかな笑みを浮かべて頷く。それはここへ連れてきた真意を応えろと挑まれているようだった。腹が立つことこの上ないが、みのりは嫌々学んだ市内にある神社仏閣関連の授業を脳裏に浮かべた。
「……なるほど。だからここへ連れてきたのね」
「おや、もうわかってしまいましたか」
わざとらしい声を出す碧の対応に苛立ちが募る。
「当たり前でしょう、私を誰だと思っているのよ。でもここの別当寺が根合寺だとよく知っていたわね」
神仏習合が許されていた時代、根合寺が檜桂神社を管理していた。明治になって社殿を現在の藤端に遷したと同時に根合寺から独立したと聞く。それでも元を正せば根合寺と縁のあるに神社だ。種を植えるのに最も適していると言えるだろう。
「たまたまですよ」
謙遜する碧の言葉が、嘘だと言うことはすぐにわかった。どうせこの男のことだ。自分が嫌々受けていた当主になるための勉強時間に後ろで控えていたから、そのときにでも暗記したのだろう。
(ほんと、嫌な男よね。聞くだけで覚えちゃうなんて。平凡な自分が可哀想に思えてくるわ)
こんなときは紅に慰めてもらおう。碧に唯一勝てるとしたら、紅に誰よりも好かれているということくらいだ。少し卑怯な気もするが、構うことはない。みのりは、後ろへ振り返った。しかし、こんな時に限って紅の姿が見当たらない。慌てて見回すと、紅は参道近くにある地蔵を熱心に眺めていた。
「紅、どうかしたの?」
興味深気に覗き込んでいる紅へ声をかける。すると紅は我に返ったのか、小走りで戻って来た。
「ごめんなさい。傍、離れて」
「いいのよ。それより何かあったの?」
「地蔵の色。1体だけ違う」
「あら、本当だわ」
紅が指差した地蔵を見る。他の5体は薄いねずみ色の石で造られているのに対して、紅の指摘した地蔵だけが根合寺で見た石碑のような濃い灰色の石で造られていた。
「さすがは僕の紅です。この地蔵に何か秘密が隠されているはずですよ」
碧が我先にと地蔵を調べに行く。
「おや? これは……」
なでるように地蔵を触っていた碧の手がおもむろに止まった。
「何かあったの?」
みのりは、膝をついて屈みこむ碧へ近づく。
「少し見え難いですが、文字のようなものが見えます」
「えっ、本当? ちょっとどいて!」
持っている物を碧へ押しつけ、場所を譲ってもらう。碧の言う通り、地蔵の背中の裾部分に何かが刻まれていた。だが下にありすぎて、文字なのかまったく判別できない。
「もう、何よこれ! 見にくいわね……あっ、そうだわ! 碧、手鏡を貸しなさい」
「なるほど」
みのりは、碧が内ポケットから取り出した手鏡を奪い取る。以前、警護するためには必要な道具だと説明されたことがあった。だがみのりは、身だしなみを整えないと紅に嫌われるからだろうと勝手な解釈している。
(碧の場合は身だしなみ云々の話じゃなさそうだけどね)
くすりと小さく笑うと碧の声が頭上から降ってきた。
「お嬢様、読めますか?」
「そうね、鏡文字になっててちょっとわかりづらいけど、読めるわ。……ぐずるあか……ご、にふえ、ふけば……めがみ、よ、ろこびだ、いちあらわる」
「『ぐずる赤子に笛吹けば女神喜び大地にあらわる』ですか……一体何を表していることやら」
碧が腕を組み考え始めると紅がぽつりと呟いた。
「笛吹く。種植える。場所出る?」
「なるほど、そう考えた方が自然ですね。あぁ、僕の紅は今日も冴え渡っている。あとは赤子がいれば問題解決ですね」
「そうね。とりあえず、ここで立ってても仕方ないから本殿がある奥へ進んでみましょう」
「はい、お嬢さま」
みのりは碧と紅を引き連れて、参道を歩き始める。ジャリを踏みしめる音だけが木霊した。決して長いとは言えない道のりだ。それなのに生い茂った檜のトンネルが視界を遮り、不思議な空間を作り出していた。
「お嬢さま、あれ」
みのりは、後ろから聞こえてきた紅の声に足を止める。振り向くと、紅が腕を高くあげて何かを差していた。それに倣う形で目線をあげれば、先ほどまで見えなかった大きな石像が目に入る。
「これは見事な石像ですね。入り口からでは本殿と檜の木が邪魔で見えなかったんですね」
碧が感心しながらゆっくりと石造へと近づく。その後をみのりも続いた。台座を含めれば3mはあるだろうか。雪姫様を模した石像が、赤子を抱いた状態で聳え立っている。慈愛に満ちた柔らかな尊顔は、裾野の方縋りついている3人の赤子に惜しみなく注がれていた。
「地蔵の裾に書かれていた『赤子と女神』はこの石像を差していたんですね」
碧の言葉に同意しながら、みのりは新たな問題を提示した。
「でも赤子と女神は見つかったけど、問題は笛よね。また宝物庫に保管されているのかしら?」
「その可能性はありますね」
「お嬢さま、笛」
宝物庫を探そうと動き出そうとした碧を、紅の声が止めた。
「えっ、どこ? って石像が持ってるやつのこと? でもあれじゃ、吹くことはできないわ、紅」
雪姫様の服を掴んで立っている3人の赤子の片手には、それぞれ篠笛が握られている。だが、たとえそれが外れたとしても石でできているものを吹くことはできない。みのりは肩透かしを食らった気分になった。
「そうでもないかもしれませんよ、お嬢様」
「どういうこと?」
「ほら、この笛を見てください。雪姫様が裾を持っている方の赤子の笛の先を辿ると、真ん中の赤子の笛に繋がっているように見えませんか?」
言われてみればそうかもしれない。碧の言ったように赤子から順に篠笛の先を辿ると、3人の持つ篠笛が線で繋がっているように見えた。
「本当だわ。こう繋がっているってことは端の子が差してる場所を探せば……」
みのりは、幾重にも重なり合った蓮の花びらの台座に触れながら、何かないかと探し始める。カーブを描いた下の方に差し掛かったとき、窪みを発見した。手がかろうじて入るくらいの細長い窪みの中を、さらに探る。
「……あった」
細くて長い、肌にしっとりとくっつくような棒が手に触れた。傷つけないよう、慎重にその棒を取り出す。
「おめでとうございます。お嬢さま」
「お嬢様、とりあえず音を鳴らしてみてくださいよ」
紅と碧が次々に話しかけてくる。みのりは、肩幅くらいはある薄茶色の篠笛に唇を近づけた。
『ピィー』
鳥のさえずりのような、澄んだ高い音が辺りに響き渡る。しかし、石像は何も変化しなかった。
「やっぱり、曲みたいなものじゃないとダメなのかしら?」
腕を組み考えこんでいた碧が、突然ポンッと手を叩いた。
「お囃子を吹いてみるのはどうでしょう?」
「お囃子? わかった、やってみるわ。ええっと、ここのお囃子は……」
みのりは家庭教師の梅森文兎から学んだことを思い出そうとする。だが、頭で考えるだけでは埒が明かないと、思い出したものから手当たりしだい吹いて行くことにした。目を閉じ、記憶を頼りに音を紡ぐ。
『プーピィーヒョロロロロローピープーピーピッピッピッ』
「それじゃなさそうですね」
碧の声を聞き、違うお囃子を奏でる。
『ヒィーヒィーヒィ、トロヒャイトロ、ヒィ』
「あっ、お嬢様。それを続けてみてください」
『ホーホーヒィヒィヒィ、ピィヒョロロピピーヒョロロロロロー』
笛の音に合わさるように、何かを引きずるような重たい音が聞こえてきた。
『ホーヒィヒィヒィ、トロヒャイヒョロロピーヒョロロピー』
「お嬢さま! 出た!」
みのりは紅の声に目を開ける。蓮の台座の中央から供物台の上に5cmほどの厚さを持つ平たい石の板が突きでていた。その石の上にはもちろん土が敷き詰められている。
「やった! あ、喜んでる暇はないわ、早いところ種を植えちゃいましょう。碧!」
「お任せ下さい」
碧が種を植え、まいまいず井戸の水をかけた。前回同様、梅の木がみるみるうちに育ち、目を開いていられないほどの眩い光を放つ。光が収まり目を開ける。そこには梅の木はなく、少し大き目の梅の実が落ちていた。
「えっ、これ?」
みのりは土の上にある実を取るべきか躊躇する。今まで手にしてきた物は、梅の実とはまったく関係ない物ものばかりだったからだ。それなのに今回は大きさ意外、普通の梅の実となんら変わっていない。
「お嬢様、何をしているのですか? 早くしないと石が台座に戻り始めましたよ」
「わ、わかってるわよ」
碧に急かされる形で、みのりはテニスボールほどある梅の実を掴んだ。するとそれを待ち望んでいたかのように、突き出ていた石が元に戻り始める。
「危なかった……」
ためらってしまった自分の責任なのだが、みのりは言わずにはいれなかった。
「まったくですよ。さて、用も済みましたし戻りましょうか」
「……そうね」
みのりは、碧の皮肉を甘んじて受けながら手のひらにある実を見つめる。
(これでいいのよね……)
次に何をすればいいのか皆目検討もつかないが、きっと山波と出会ったときのようにこの実が導いてくれるのだろう。みのりは、楽観した気持ちを抱きながら来た道を戻った。
「お嬢様、お待ちください」
突如、緊張をはらんだ碧の声が耳に届く。その場に立ち止まると、紅がこちらを守るようにして前方へ立った。
「何があったの?」
小さな声で紅へ問い質すと、車がゆっくりと入ってくる音が聞こえてきた。




