頑固おやじ、落涙する②(朝川)
≪ 山波善郎視点 ≫
「どんなことなんですか?」
三長老は互いに顔を見合わせる。やがて小さく息を吐き、朔太郎が声を上げた。
「何の目的か、他の人間が山を燃やしにきたんだべ」
「なっ!」
善郎は今度こそ座卓を両手で強く叩く。消沈していた気持ちが一気に怒りへ変わった。
(そんな、そんな馬鹿なことがあってたまるか!)
だが、思いを込めて朔太郎を見据えるも、彼は悲しげに眉根を寄せるだけだった。
「そこに住んでいた獣たちは傷を負い、なんとか火を食い止めようとした太郎様も火で倒れた木の下敷きになってしまったんだべ」
朔太郎の言葉に善郎は首を横に振る。
「そ、そんなことがあるはずが……」
しきりにかぶりを振っていると、麗が肩に手を置いてきた。
「そのあまりの惨状に雪姫様が涙をこぼすと、突如木々が光輝き出したの」
頭の中が混乱している。人間がそんなことをするはずがない。頑なに思いながらも、善郎は麗の静かな声音を抗えずにいた。その間にも、麗の話は続いていく。
「燃え盛っていた火が消え、木々についていた黄金に輝いていた梅を雪姫様が傷ついた太郎様に与えると太郎様の意識が戻ったのよ」
まあ、と芽衣子が瞳を輝かせる。ロマンティックだとでも思ったのだろう。だが、善郎は娘と同じ心境にはとてもなれそうになかった。不貞腐れて腕を組む横で、麗が話し続ける。
「黄金の梅の実が元気を取り戻せるとわかった太郎様は雪姫様とその実を傷ついた獣たちへ与えてくださったそうよ」
「そ、それで? それでどうなったんですか?」
麗の言葉に芽衣子が身を乗り出す。言葉を継いだのは朔太郎だった。
「傷がみるみるうちに消えさり、獣たちは太郎様と雪姫様に感謝と尊敬の念をこめたんだべ」
感謝と尊敬の念。それが本当であるならば、獣人は自分たちと同じ気持ちを雪姫と太郎に対し抱いていることになる。善郎は言葉を切った朔太郎を真正面から見つめた。朔太郎も視線をまっすぐ向けてくる。
「これから、何があってもお二人を守るという気持ちをだべ」
思いを込めるかのようにゆっくりとした口調で語る朔太郎を、善郎は黙って見つめ続ける。朔太郎は軽く膝を叩き、そうしたら、と言葉を紡いだ。
「まーた木々が光ったんだべ。眩しくて目を瞑っていると身体に違和感を覚え、目を開けてみると自分たちが人の形に変わっていたというわけだべ」
口元を仄かに綻ばせ見つめ返してくる朔太郎へ、善郎は曖昧に頷く。
「は……はあ……」
「それから、わしらの先祖は人型と獣型になりながら太郎様と雪姫様を守っていったという話だんべ」
募っていたわだかまりが霧散していくのを感じながら膝を擦っていると、朔太郎が白髪に手をやりくすりと肩を竦めた。
「そうだったんですか! それが飛田くんのご先祖さまなのね!」
芽衣子が興奮しきった様子で麗を見やる。麗も芽衣子に応えて目尻に皺を寄せた。
「だから、今でも私たちは太郎様と雪姫様の血をひく人間。いいえ、太郎様と雪姫様が守ってきた黄梅の人間たちに敬意を持っているのよ」
「あー、少なくともわしら三人は、だべ?」
苦笑する朔太郎に麗も微苦笑で頷く。
(なんてことだ!)
それではいがみ合う理由などまったくないことになる。善郎は3人の獣人たちを見つめ、鼻息荒く問いかけた。
「そ、それでは! 皆さんは太郎様と雪姫様を想っていらっしゃると!」
高揚する気持ちもそのままに膝を立てて詰め寄ると、 横で小さく飛田が手を上げる。
「あ、ちなみに僕もです」
「お前には訊いてない!」
一語のもとに切って捨てる。うな垂れる飛田を無視して改めて3人を眺めると、邦夫が深く頷いた。
「もちろんだべ」
「あ、ああ……」
それではやはりこの諍いは、自分たち人間側の問題なのだ。
(本当に、なんてことだ……)
これから自分たちはどうやって間違いを正していけばいいのだろうか。
瞳から熱いものが流れ出す。善郎は次々と零れ落ちる涙をみっともない思いつつ、どうにも止めることができなかった。
感動と自責の念で我慢できず咽び泣いていると、麗ののんびりとした声が聞こえてきた。
「あら、あら、まぁ、まぁ、どうしましょう」
あまり困っていないような声音とともに立ちあがる麗を尻目に、芽衣子が背中に手を回してくる。
「お父さん……」
困惑しきった様子の芽衣子を制したのは、朔太郎だ。
「いいべ、いいべ。男には泣きたいときがあるってもんだべ」
声を潤ませ鼻を啜る朔太郎に、飛田が答える。
「そ、そうですよね!」
同調するが早いかわんわんと泣きだし、角をだす。
「うわぁー」
「なんだぁ? お前、まぁだ角出しのコントロールができてないだべか?」
邦夫が角から飛び退き、朔太郎が素っ頓狂な声を上げた。善郎も驚きのあまり身を仰け反らせる。気がつけば、涙も止まっていた。
「あら、あら、まぁーくんったら」
口に手をあてて、ころころと麗が笑う。
「す、すみません! 気を付けてはいるんですが……」
角を抑えて縮こまる飛田に、朔太郎が一喝する。
「修行が足りないべ」
「は、はあ……」
善郎は恐縮しきったように頭を下げている飛田を呆れて見つめる。やれやれと吐息していると、ふいに朔太郎が襖へ目をやった。
「むっ、修行が足りんやつがもう一人こちらへきそうだべ」
「あら、本当。満には困ったものね」
渋面を作って腕を組む朔太郎の隣で、麗が頬に手をあてる。
「もう一人?」
「んだ、獣人たちの長で、朔ちゃんの孫だんべ」
首をかしげて問うと、邦夫が軽く眉間に皺を寄せながら説明してくれた。
(朔太郎さんのお孫さんなら、立派な青年に違いない)
善郎は居住まいを正して、迎える準備にかかる。
「それはそれは! ぜひご挨拶せねば」
深く息を吸い込んでいると、朔太郎が手をぱたぱたと左右に振ってきた。
「いんや、それには及びませんよ。わしの育て方が不味かったんだべな。人間たちから迫害を受けているのは黄金梅のせいだべつって勘違いをしてるんだべ。しかも黄金梅を無きものにしようなんてバカな考えまで持っちまったんだべ……」
「な! なんですとっ!」
朔太郎の言葉に、善郎は目を剥く。先程3人から人間にも敬意を持っていると聴いたはずだが。激しく瞬きを繰り返す前で、邦夫が溜め息を吐いた。
「朔ちゃんだけのせいじゃねぇべ。若いもんは似たりよったりだんべ」
苦々しい口調で告げられた言葉に、いち早く反応したのは飛田だった。
「そ、そんなことないよ!」
激しく否定する飛田を宥め、麗が目を向けてくる。
「ごめんなさいね。まだあの子達は幼いから……。ほんの少しでも人間の良いところがわかれば変わってくれると思うんですけどね」
すまなさそうに眉根を下げて紡がれた謝罪に対し、飛田が座卓の上で拳を握り締める。芽衣子が飛田の手にそっと両手を重ねた。
「飛田くん……」
見つめ合う2人を見て、邦夫が目を細める。
「んだなぁ。正志にはこんな可愛い人間の彼女がいるんだんべ」
「は、はあ……」
その件に関してはまだ認めたわけではないのだが。今はそのことに言及している場合ではないらしい。善郎は戸惑いながら相槌を打つ。
「い、いやあ! やめてくださいよ、邦夫おじさん……」
邦夫の言葉に反応した飛田が顔を赤らめるのを苦々しく見守っていると、突如部屋の外から物々しい足音が聞こえてきた。その荒々しさに善郎はびくりと身を固める。
「はぁー、どうやってこの場を収めるべぇかなぁ」
朔太郎がぼやいていると、次の瞬間勢いよく襖が開いた。
「くそじじぃー、人間がいるって本当か!!」
善郎は目を点にして、目の前にいるツンツンとした前髪に長い襟足をした青年を見つめた。




