頑固おやじ、落涙する①(朝川)
≪ 山波善郎視点 ≫
「いやー、ええ話だべが、ちぃーっとこそばゆくなってきたべな」
朔太郎が大仰な仕草で頭に手をやる。心持ち顔が赤く染まって見えた。照れているのだろうか。善郎は、獣人とはいえ自分となんら変わりない様子の朔太郎を、親近感を持った。
「そうだべな」
邦夫が朔太郎の言葉に深く頷き、話を転じてきた。
「あっ、そうだんべ。さつきやのどら焼きを出すのを忘れてたべ。さっ、どうぞ」
「そうだったわね。ふふふ、ごめんなさい」
穏やかに微笑みながら、麗がどら焼きを配ってくれる。
「や! ありがとうございます。じつは好物でして」
恐縮しつつ本音を漏らすと、邦夫が嬉しげに目を見開いた。
「おっ、山波さんもイケル口だべか?」
「はい」
答えながらどら焼きの包みを剥がしにかかると、横で芽衣子が眉間に皺を寄せた。
「お父さん! はしたないわよ!」
もっともな言葉で窘められて、善郎はどら焼きを座卓へ戻す。恨めしげにどら焼きを眺めていると、飛田がおもむろに口を開いた。
「まあまあ、芽衣子ちゃん。いいじゃないか」
「そうよ、遠慮しないで」
宥めに入る飛田の言葉に、麗も加勢してくれる。
「そうだべ、お嬢ちゃん遠慮なんてしてたらすぐになくなっちまうべ」
邦夫もダメ押しとばかりに芽衣子へ進言してくれ、ついに芽衣子が折れた。
「……そうですか? じゃあ……いただきます」
一礼し、ためらいがちにどら焼きを手に取る芽衣子へ、飛田が微笑みかける。
「実は芽衣子ちゃんも好きだもんね」
「そうだったのか!」
善郎は瞠目した。まさかさつきやのどら焼きが娘の好物だったとは。まったく思いもよらなかった。何度も買ってきていたのに、一度も芽衣子がそれへ手をつけた試しはなかったのだ。てっきり嫌いなのだとばかり思っていたが、違っていたなんて。衝撃のままに芽衣子を見据えると、芽衣子が誤魔化すかのように慌ててどら焼きの包みを開けた。
「い、いただきます!!」
言うが早いかどら焼きにぱくついた芽衣子を見て、朔太郎がしみじみとした口調で告げる。
「親子は似るって言うべなぁー」
「そうだべ。そうだべ」
「そ、そうだったのかあ……」
朔太郎の言葉へ邦夫が相槌を打ち、善郎は呻いた。親である自分は知らず、飛田が知っていたというのがなんとも情けない気がする。肩を落とし自らもどら焼きを口にすると、室内がしんと静まり返った。
途端に居心地が悪くなり、ちらりと前の三長老に目をやる。と、頬を膨らませて無心で食べる邦夫の姿が目に映った。危うく噴き出しそうになるのを必死で堪えるも、同じ物を見ていたらしい芽衣子が一足早く真横で噴き出した。
「あら、あら、芽衣子ちゃん、大丈夫?」
麗が心配げに尋ねる前で、芽衣子が苦しげに胸を叩く。
「だ、だいじょう……ぶ……です……」
必死な様子で言葉を返し、飛田からお茶を受け取り一気に飲んだ。辛そうだ、とは思うものの、実は自分も芽衣子につられて軽く噴いてしまったため、手助けする余裕もない。誰にも悟られぬよう小さく胸を叩いていると、無心でどら焼きを食べていた朔太郎が、どら焼きをごっくんと飲み込んだ。ひとしきりお茶をすすり、湯呑を置いて表情を改めて視線を向けてくる。
「ときに、山波さんは我らがなぜ人の形に変えられるようになったかご存知だべか?」
「い、いえ……まったく……」
善郎はお茶でどら焼きをなんとか流し込み、左右に首を振った。
「しょうがないわよ。あの話はこちら側にしか伝わってこなかったんでしょう」
話の展開についていけず瞳を瞬いていると、麗が芽衣子へ布巾を渡しながら口を挟んでくる。
「あ、ありがとうございます……」
芽衣子が礼を言い、恐縮しきった様子で布巾を受け取った。そんな2人の行動を目で追いながら、朔太郎が腕を組む。
「それもそうだんべ。獣人を嫌ってる人間が獣人の話なんぞ読みたくもねーべな」
確かにそうかもしれない。善郎は苦々しい思いで朔太郎の言葉を受けとめる。さて、なんと答えたものだろう。返事に窮していると、ぼやくように紡がれた言葉へ対し、飛田が弾かれたように口を挟んできた。
「そ、そういうわけではなくてですね! ただ単に伝わってないんですよ! 事実が!」
座卓を強く叩き力説する飛田を一瞥しつつ、邦夫が小さく頷き湯呑を持ち上げる。
「そうだべなぁ。あの話がちゃんと伝わっていたらわしらがいかに太郎様と雪姫様のことを思っているかわかってもらえたべ」
天井を見つめながら語られた言葉に、善郎は目を見開いた。
「あの話、とは?」
善郎は眉根を顰め麗へ尋ねる。
「それはね、私たちご先祖様がまだ人化になれなかったころの昔話なの」
「人になれなかったんですかい? みなさんが?」
驚いて目を見開くと、麗が曖昧な笑みを浮かべた。「獣人」とは言われているものの、よく見かける者たちはみな人型をしている。だから「獣人」と呼ばれる存在は、単に自分たちとは違う人種、といった認識しかしていなかった。
(そうか……。そういえば、さっき麗さんは鶯の姿にもなっていたものな……)
あの興奮する度出てくる飛田の角も、忌々しいが立派なものだ。1人なるほどな、と唸っていると、朔太郎が、ああ、と話を継いできた。
「その昔、黄金梅がなってる場所はわしのご先祖様の縄張りで数多くの獣たちのすみかだったんだ」
しみじみと紡ぎ出された言葉に善郎は目を剥く。
「そんなはずは!」
座卓を叩かんばかりに前へ顔を突き出すと、麗が微苦笑で答えてきた。
「黄金梅もなかったその場所に太郎様が雪姫様を連れて遊びにきてたそうよ」
静かな口調で語られた言葉に、善郎は愕然とする。
「そ、そんな馬鹿な……」
力なく浮かせていた腰を下ろすと、朔太郎が瞳を部屋の隅へと向けた。
「太郎様はわしら獣たちのすみかを汚さないように、先祖を尊重してくれたそうだべ」
遠い昔へ思いを馳せるように語る朔太郎へ、芽衣子が問いかける。
「それ、本当のお話なんですか?」
「僕らはそう聞いてるよ」
芽衣子の問いに飛田が答え、朔太郎も頷いた。
「あぁ、わしらの中ではそう言われているべ」
「そ、そんな……」
だが、3人が嘘をついているとは思い難い。善郎は肩を落とし衝撃をやり過ごそうと深く息を吐いた。朔太郎の話はまだ続く。
「先祖はそんな太郎様と雪姫様のことを愛し敬い、彼らだけには山へ入ることを許したんだんべ」
朔太郎の言葉を引き継いで、麗がおもむろに口を開く。
「だけどね、悲劇が起きてしまったの」
重々しい口調で告げられた言葉へ、芽衣子がためらいがちに尋ねた。




