うぐいす、鹿と製本屋父娘を出迎える(高木)
≪ 鶯木麗視点 ≫
麗が一息ついた頃、山波たち一向が野臥間邦夫の家に到着した。
「いらっしゃーい。待ってたのよ。さぁ、さぁ、中に入ってください」
勝手知ったる他人の家とばかりに麗は山波たちを中へ誘う。
「お、お邪魔します……」
緊張しているのか、山波の表情は固い。その後を飛田と芽衣子が続く。麗が3人を引き連れて廊下を歩いていると、最後尾にいる芽衣子が興味深げにきょろきょろと辺りを見ていた。
(何か変わったものでもあるのかしら? これといって珍しいものはないと思うけど?)
しかし芽衣子の行為は、部屋へ入っても変わらなかった。正座をしたまま子供のように落ち着かない素振りを見せる。
「遠慮しないで足を崩してね。今、お菓子用意するから」
「あ、はい。ありがとうございます」
山波親子以上に恐縮している飛田が、声を上擦らせ頭を下げる。それを見て、すでにお茶を飲み終え人心地ついていた狼谷朔太郎が紺色の作務衣を着た肩を揺らしながら愉快そうに笑っていた。
「そんなかしこまるな正志。それより麗ちゃん。ここは麗ちゃんの家じゃないべ」
「いいじゃない。邦ちゃんちは私の家、朔ちゃんちも私の家よ」
「麗ちゃんには敵わないべー」
膝を立てて座っている朔太郎に麗が胸を反らして言うと、家主である邦夫がいがぐり頭を掻きながら朗らかに笑う。
「なんとも不躾な訪問、どうぞご容赦いただきたく……」
リラックスしている自分たちとは反対に山波は、油をさし忘れたロボットのようにギクシャクとしていた。それがおかしくて、麗は声を出して笑っていた。
「ふふふ。あっ、紹介がまだだったわよね。こちらが、まぁーくんの彼女の芽衣子ちゃんとお父様の善郎さん。それで、こっちの二人が私の茶飲み友達の邦ちゃんと朔ちゃん」
「彼女ではありません! 少なくともお……わたくしは認めておりません!」
『お(義)父さん……』
間髪入れない山波の訂正に、芽衣子と飛田の声が合わさる。
「あらあら、善郎さんったら」
もうこれは山波の性分なのだろう。自分ならば左から右へ流してしまう。麗は、いちいちムキになって反応する山波にいい意味で感心した。
「初めまして、野臥間邦夫と申します。人間のお客さんは久しぶりで嬉しいべ」
邦夫が心底嬉しそうに顔を蒸気させている姿を見て、麗も嬉しくなる。
(やっぱり連れてきて良かったわね)
もうずい分と昔になるが、邦夫には人間の友人がいた。麗も邦夫の友人が遊びにくるたびに、今日のようにお邪魔したものだ。町医者をしていた邦夫の友人、吉田大吉は、人間獣人関係なく診療する変わった医者だった。だからこそ自分たちの夢にも賛同してくれたのかもしれない。しかし夢半ばにして彼は亡くなってしまった。大吉という強い味方を失い、自分たちの夢は子供たちへ託すことに決めた。そんな矢先に山波たちと出会えたのだ。
(大吉さんと雪姫様のお導きよね)
自分たちの手で獣人と人間との共存を実現できるかもしれない。その事が麗の胸を高ぶらせた。
「初めまして、山波善郎と申します。『梅の実を守る会』の会員の端くれにて、製本業を営んでおります」
「麗ちゃん、娘の彼氏なんて男親は認めたくねーもんだべ。あっ、わしの名前は狼谷朔太郎と言います」
麗が物思いに耽っている間に自己紹介は済んだらしい。もう数十年も前のことなのに朔太郎は娘が嫁いだ頃のことを持ち出していた。
「は、どうぞお見知りおきを……」
山波が決まり悪気に後ろ首に手を置く。そんな彼をよそに、邦夫を感嘆しながら呟いた。
「ほー、山波さんは『梅の実を守る会』の会員だべか」
「だからさっき文字も読めたんですね。善郎さん、すごいわ」
『梅の実を守る会』と言えば、古くから続く大きな団体だと聞く。そこに席を置いているのならば古文書を目にする機会も多いだろう。麗は、先ほど記号のような文字をスラスラと読んだ山波の行為に納得した。
「さっきの文字とは?」
「そ、それがええっと……」
何も考えずに疑問を口にした朔太郎の言葉に山波が口ごもる。麗は、目を泳がせ何かを考えている山波の姿を見て焦った。
「もしかして言ってはいけないことでしたか? 善郎さん」
「い、いえ! ですが、しっかり読めたわけではないので……」
謙遜する山波の言葉に麗は心の底から安堵した。
「良かった。あのね、さっき、霜山蜂万の氷を溶かしたのよ」
『えっ!! あの氷を?』
邦夫と朔太郎が同時に詰め寄ってくる。長老会だけが口伝えで守ってきた仕掛けを解除したのだから、驚くのもムリはない。しかもあの神社の氷を溶かしたのは、自分たちがまだ子供だった頃以来だ。
「あ、はい。ええっと……」
「一体全体なぜ、そんなことに?」
朔太郎の声に山波が頬を人差し指でかきながら、こちらを見てきた。それは朔太郎たちに説明しても大丈夫なのかと聞かれているようで、麗は山波を安心させるために頷いて見せた。
「じ、じつは……」
覚悟を決めたようだ。山波が居住まいを正して説明を始めた。
「……と、いうわけでして……」
「ほぅ、みのり様のご要望だべか」
山波が話を締めくくると、邦夫が感心したように顎をさする。
「はい……」
「いい頃合でしょう?」
麗は、山波の返事に黙り込んだ邦夫と朔太郎を交互に見た。しばらくして朔太郎がおもむろに口を開く。
「確かに……そういう時期にきてるのかもしれんな」
「そうだのぉ」
邦夫と朔太郎の了承を聞き、麗は肩の力が抜けていくのがわかった。彼らなら事後承諾でも大丈夫だと信じていたのだが、それでも不安を感じていたのかもしれない。思いのほか緊張していたようだ。
「……どういうことですか?」
話についていけてない3人を代表するように、飛田が疑問をぶつけてきた。
「これからは、人間と仲良くしましょうってことよ」
麗が簡潔に応えると、朔太郎が後に続いた。
「ああ、そうだ。太郎様と雪姫様が友として認めてくれたあの時代のようにな」
「そ、そんな!」
山波が目を丸くさせながら動かなくなる。微動だにしなくなった山波とは反対に、飛田と芽衣子が期待に満ちた瞳を向けてきた。
『ああ! とうとう!』
「あら、善郎さんはお嫌なの?」
友好的に見えたのは自分の思いすごしだったのだろうか。麗が山波の反応を寂しく思っていると、邦夫が慰めの言葉をかけてきた。
「ムリもないべ。それが今の黄梅では当たり前のことだべ」
「……そう、よね」
山波の反応を無理やり納得しようすると、山波が慌てた様子で訂正してきた。
「あ、いやいや……麗さんたちは別です!」
「お父さん、それ、同じことよ?」
「バカ! そんなわけあるか! 恐れ多い!!」
的確な突っ込みを入れる芽衣子に対し、山波がよくわからない持論を繰り広げる。しかし、それが麗には嬉しかった。
「うふふ、ありがとうございます」
山波を連れてきた自分の目に狂いはなかった。今は獣人にいい印象を持っていないようだが、獣人の知り合いが増えればきっと彼は自分たちの味方になってくれるはずだ。これからどうやって山波をこちら側へ引き込むか、考えるだけで楽しくなってくる。
「お父さん……」
「嬉しいべ。わしらを好いてくれて」
呆れた顔をする芽衣子を尻目に、朔太郎もはしゃぎ気味に喜んでいる。しかし、それはすぐさま沈痛な面もちに変わった。
「……だが、残念なことにこちら側にも人間を嫌っておるヤツラがいるべ。それが現状だべ……」
長である満のことを思い出したのだろう。朔太郎の孫でもある狼谷満は人間たちを嫌っている。そして若い獣人たちと一緒に、人間に代わり黄金梅を守ろうとしているのだ。悲しいことにその勢力は年々強まってきている。
「そんな! 人間はそんなに悪い存在ではありません!」
「そうです! 少なくとも私は違います!」
激昂する飛田に便乗する形で芽衣子が吠えた。麗は真摯に訴える芽衣子たち姿に感動し目を潤ませる。
「ああ。正志の言う通りだべよ。人間にも獣人にも色々なやつがおるべ」
「は、はあ……」
飛田は真っ向から否定されると思っていたみたいだ。邦夫の言葉に、肩透かしをくらったような覇気のない返事をした。
「私も芽衣子ちゃんたち人間が大好きよ」
「私も麗さんたち獣人が大好きです!」
「こら! 芽衣子! 適当なことを!」
嬉々として応える芽衣子を山波が諌める。
「適当じゃないわ! 本当のことよ! お母さんもよ?」
「なっ……!」
芽衣子の反論が衝撃的だったのだろう。山波は二の句が告げないまま口の開閉を繰り返していた。
「お嬢さん、ありがとうだべ。わしにも昔人間の友がいてなぁー」
「お友達、ですか……?」
「あぁ。よくその友と、いつかみんなが仲良くなれる時代がくるといいべって語り合ったものだべよ」
悲哀を滲ませ昔を語る邦夫の顔に、麗は眉をひそめた。邦夫は、自身を庇って死んだ大吉のことを未だに引きずっている。彼のキズを癒すためにも、人間と獣人の共存を実現させたかった。それが亡くなった大吉の供養にもなるはずだ。麗が密かに決意していると朔太郎が代弁するかのように、口を開いた。
「それが、わしらの積年の夢だんべ」
こちらにウインクを向けようとして両目をつぶる朔太郎に、麗は笑みをこぼす。それは一人で背負うなと言われているようで、胸の奥底から力が沸いてくるようだった。
「ふふふ。今日はその第一歩になれるんじゃないかしら?」
「第一歩って……」
芽衣子の言葉に、飛田が彼女そばに寄り添い頷く。山波の目が、瞬時に吊りあがった。麗は、今にも暴れだしそうな山波の気を逸らすため話を進める。
「そうでしょう? だって、私は芽衣子ちゃんと善郎さんとお友達になれたんですもの」
「は、はあ……」
「た、確かに……」
これは歴史に残るかもしれないくらいの出来事なのに、山波たちは曖昧な返事をする。麗はノリの悪い彼らを訝しく思った。




