頑固おやじ、お茶会に誘われる(朝川)
≪ 山波善郎視点 ≫
「さて、それじゃ、そろそろ開けてもいいかしら?」
「は、はい!」
麗に問われ善郎は姿勢を正した。頷いた麗が木製の蜂を撫でる。善郎は後ろにいる芽衣子たちとともに、麗の行動を固唾を飲んで見守った。麗が真正面に向いていた蜂のオブジェを横に曲げる。かちりと微かな音が聞こえ、麗が振り返った。
「せっかくですから善郎さん、開けてください」
麗に観音扉へ促され、善郎は目をまたたく。
「え? いいんですかい?」
「もちろんです。さぁ、どうぞ」
悪戯っぽく微笑まれ、善郎は恐る恐る観音扉を開けた。暗い箱の中に、丸い氷の塊が入っている。目を眇めて氷の塊を見つめると、中に青い梅が入っているのがわかった。
「この中にある青い梅がそうなんでしょうか?」
「はい。それを手に取ってみてください」
確信を持って指示してくる麗を前に、善郎は困惑する。青い梅が大事なのはわかるが、氷に取り囲まれていては意味がない。
「しかし、どうやって溶かしたらいいのやら……」
ためらっていると、麗が事もなげに告げてきた。
「大丈夫ですよ。善郎さんが手にするだけでそれは溶けますから」
手にするだけで溶けるとは。善郎は瞠目した。いくら氷でもこの冷たさの中ですぐに溶けることなどありえるのだろうか。疑いを込めて麗を見ると、彼女は自信ありげに頷いた。そこまで言うなら、と丸い氷をゆっくり手に取る。みるみるうちに氷が溶け、梅の実が両手の上へ転がった。
「はあ、すごいもんだなあ……」
綺麗に溶けきり水になってしまった塊を見て感嘆の声を上げると、麗が着物の裾で口を隠し肩を揺らす。
「ふふふ。それだけじゃないんですよ」
歌うように告げられた言葉に対し、首をかしげたのは飛田だった。
「何も変わってない気がするけど……」
「外へ行けばわかるわ」
したり顔で促してくる麗へ飛田がためらいがちに首肯し外へ出る。次の瞬間、飛田の叫び声が宝物庫の空気を震わせた。
「氷が!」
「どうしたの? 飛田くん!」
飛田の声に驚いた芽衣子が外へ出ていく。えっ、と小さく叫んだ後、声を張り上げてきた。
「お父さん! 来て! 氷が溶けてる!」
そんな馬鹿な、と善郎は信じられない思いで麗を見つめる。麗が口元を綻ばせ、愉快げに問いかけてきた。
「私たちも行きましょうか?」
「は、はい!」
善郎は頷き麗へ青い梅の実を差しだす。受け取った麗が梅の実を箱へしまい、観音扉を閉めて蜂を元の位置へと戻した。
「こ、こりゃあ!」
目の前に広がる光景を見つめ、息を呑む。
氷の砂利がすっかりなくなり、濡れた黒い土が一面に広がっていた。
「あの宝物庫の青い梅が再び凍るまでの間です。凍ればまた氷の砂利が復活します。だから今のうちに急いでくださいね」
どこか得意げに説明してくる麗に肯定し、善郎は隣へ合図を送る。
「は、はい! よし、お前たち! 急ぐぞ!」
善郎は外へ駆け出し石碑の前で土を掘る。ポケットに入れていた茶色いビロードの箱から取り出し、皺寄せている赤茶色の種を植える。と、覚えのある突風が辺りを包んだ。やがて小さな梅の木が現れ、大きな梅の実をつけると跡形もなく消えた。善郎は梅の実から出てきて落ちたものを拾い上げる。それは木板のようなものだった。
「なんだこれ? 板だなあ。ただの」
善郎は持ち上げた板を叩き首をかしげる。飛田が手元を覗き込み、口を開いた。
「窪みがありますね。何かをはめるのかな? なんかたこ焼き器みたいだなあ……」
興味深そうに窪みを触る飛田の横で、同じく板を覗いてきた麗が瞳をまたたいた。
「そうね? あら? 何か書いてありますよ」
麗が板の横に書いてある文字を見て、手でなぞる。
「何かしらこれ? ただのラクガキ?」
飛田も視線を移し、顎に手をあてる。
「なんて書いてあるんだろう?」
首をひねる飛田を横目に、善郎は板の位置を変え刻んである文字を読みあげた。
「コノイタニインヲキザミシイシヲハメヨ……? インってなんだ? 印か?」
読んだはいいがどう意味なのだろう。眉を顰めていると、横から、まあ、と麗が手を叩いた。
「あら、善郎さん、この字読めるんですか? すごいわ」
尊敬の眼差しを向けてくる麗を前に、善郎はむずがゆい気分で頬をかく。
「いやいや、たいしたことないですよ」
本心から答えると、後ろに控えていた芽衣子が、確かに、と頷いてきた。
「こういう時はちょっと尊敬しちゃうかも」
「なんだ、それは。いつも尊敬しろ、いつも」
茶目っ気を含んだ瞳で嬉しげに目を細めてくる芽衣子に、善郎は照れ隠しの悪態をつく。そっぽを向いていると、くすくすとした笑い声が響き飛田が話題を変えてきた。
「それより、これからどうします?」
尋ねてくる飛田に対し、善郎は腕を組む。
「うーん、そうだなあ……。腹もすいたし、一度家に帰るか?」
提案すると、芽衣子が頬に手をあて頷いた。
「そうねえ。あ、お母さんに連絡しないと」
携帯を探してポケットを探る芽衣子の横で、麗が不満げな声を上げた。
「えー、せっかくお会いできたのに、もうお別れなんて寂しいですわね」
着物の裾を掴んでパタパタと手を振ってくる麗に、善郎は頭を下げる。
「お名残惜しいですが……」
せっかく同じ志の人間に会えたのに、とは思うが、そろそろ仕事が気にかかる。何より、妻の和子も心配している頃だ。帰宅の合図を送ろうと芽衣子たちを見ると、芽衣子の隣にいた麗がもう一度ぽん、と手を打った。
「そうだわ。これからお茶会があるんですけど皆さんもご一緒にどうですか?」
思いがけない麗の申し出に善郎は目をまたたく。
「え? いいんですかい?」
先ほどまでの懸念を頭の隅に追いやり尋ねると、麗がこれまた魅力的な提案を口にしてきた。
「ええ。もちろんです。雪姫様のことを語り合いましょうよ」
「ぜひ! いやあ、これはありがたい!」
善郎は間髪を入れずに首肯した。敬愛する雪姫様のことを思いきり話す機会など、「梅の実を守る会」でもほとんどない。期待に胸を踊らせていると、麗が力強く頷いてきた。
「ふふふ。美味しい和菓子が用意されていますよ。今日はさつきやのどら焼きだったかしら?」
「さつきやのどら焼きですか! いいですなあ!」
夢見心地とはこのことだ。善郎は感激して麗の手をとると、麗が頬を緩めた。
「お茶会と言っても、私を含めて3人しかいないんですけどね」
楽しげに告げる麗の言葉に、飛田が目を剥く。
「それってほかの長老さまたちのこと? いいのかい? 麗おばさん」
非難げに茶々を入れてくる飛田にむっとしていると、麗が肩をすくめた。
「構わないわよ。いっつもお茶を飲んで、お菓子を食べてるだけなんだから」
「で、でも2人は仮にも人間なわけだし……」
言い辛そうに言葉を紡ぐ飛田に対し、麗が、それに、と反論する。
「雪姫様のことを一緒に語り合いながら、お茶を飲めるのよ。あー想像しただけでうっとりしちゃうわ」
「いいですなあ! 最高ですなあ! さっそく行きましょう! さあさあ!」
善郎は麗の言葉に感激し、彼女の手を取り歩き出した。後ろからついてきた飛田が、小さくぼやく。
「いいのかなあ……」
「麗さんが言うんだったらいいんじゃない? 飛田くんも行きましょう」
及び腰の飛田に対し、芽衣子はすっかり乗り気のようである。さすが我が娘、と悦に入っていると、横で麗がふと息を吐いた。
「大丈夫よ。でも確かに行くまでが大変よね……わかったわ! 今日のお茶会は邦ちゃんの家にしてもらいましょう」
「麗おばさんがそういうならいいけど……」
妥協案を示した麗に対し、飛田が歯切れの悪い返答をする。この後に及び水をさす気か。善郎は立ち止まって振り返り、飛田を睨む。だが、口を開くより先に、麗が再度飛田へダメ押しした。
「根株なら人間とハーフが入り混じってるから、まぁーくんも安心でしょう?」
「あ、うん。そこなら……」
渋々ではあるものの麗の言葉を受け入れた飛田に満足していると、芽衣子が見つけた携帯を耳にあてていた。
「ちょっと遅くなるから。うん。じゃあね」
和子に連絡を入れていたらしい。芽衣子が通話を切ったのを合図に、麗が手をやんわりと振り解いてくる。
「じゃぁ、私は一足お先に邦ちゃんたちに知らせてくるわね。まぁーくんも邦ちゃんの家なら知っているでしょう?」
かわいらしく首をかしげる麗を前に飛田が苦笑した。
「わかったよ。じゃあ、いきますか? お義父さん」
水を向けてくる飛田に、善郎はおう、と頷く。
「だが義父ではないぞ!」
「もう、お父さんたら……」
しっかりと釘を刺すと、芽衣子の呆れ返ったような声が聞こえた。自分でも往生際が悪いとは思うが、そう簡単に認めてしまっては激励してくれた麗にも申し訳ない。
「それじゃぁ、向こうで待っているわね」
言うが早いか麗が鳥に変身し、街のほうへと飛び去っていく。
「うん。気をつけて」
善郎は軽く手を振った飛田に倣い車に乗り込むと、根株へと向かった。




