頑固おやじ、感動する(朝川)
≪ 山波善郎視点 ≫
(まるでばあさんに叱られたような気分だ……)
遠い昔の祖母との出来事を思い起こし、善郎は頭を掻きながら頭を下げた。
「こちらこそ申し訳ない。少し思い違いをしていたようです」
「いいんですよ」
麗が屈託のない笑顔を向けてくる。
「面目ない……」
本当にまったく情けない気分だ。深い反省を込め心から詫びると、麗が口元に手をやり話題を変えた。
「えっと、それで霜山蜂万神社の行き方でしたよね?」
「うん。そうなんだよ」
麗の問いに飛田が答える。
「この道だとつかないわよ。少し前に分岐点があったでしょう?」
「分岐点?」
指摘する麗へ飛田が目を瞬いた。地元のくせに知らんのか。善郎は怒鳴りたい気持ちをぐっと抑え、2人の会話を見守る。
「えぇ、そう。……いいわ、私が先導してあげるから車に乗ってついてらっしゃい」
言うが早いか麗がやにわに鳥の姿になって、旋回し始めた。
「あ、待ってよ!」
叫んで車に乗り込む飛田に倣い、善郎も後部座席に座り込む。 助手席に芽衣子が乗り込んだのを合図に、飛田が車を発進させた。
ひたすら鶯になった麗を追って先へと向かう。やがて見えてきた鳥居の前で、麗がボンネットに飛び乗った。
「ここが、霜山蜂万神社よ」
羽を広げて麗が神社を示す。 不意に馴染みのない冷気を感じて、善郎はぶるりと身を震わせた。
「な、なんか寒くないか?」
「そうですか? うーん、確かに涼しいかな?」
飛田が停止させた車のキーを抜きつつ、首をかしげる。
「上着着ていこうかな?」
芽衣子が手に持っていたスーツを着て外へ出るのを合図に、善郎も扉を開けた。ひんやりとした空気に、一瞬怯みそうになる。
「まぁ、名前に『霜』って文字がついてるくらいですだからね。毛のない人間にはちょっと寒いかもしれないですね」
肩に乗ってきた麗がもっともらしく頷くのを尻目に、神社の鳥居を潜り固まった。
「な、なんじゃこりゃ!!」
鳥居を境に水晶のように輝く砂利道を見て善郎は叫ぶ。
「霜山蜂万神社ですけど?」
しれっとして答えてくる麗を横目に絶句する。
「こ、氷? 飛田くん! この砂利氷でできてるわ!」
芽衣子が地面の砂利を手に取り叫んだ。
「あ、うん。そういえばそうだって聞いたことあったなあ。誰からだったっけ? 覚えてないけど」
飛田が顎に手をあてて考え込んでいると、肩口にいた麗が人型になった。
「人間の住む神社にはこういう神社はないんですか?」
「あ、ありませんー!」
心底不思議そうな麗を前に、芽衣子が頭を振る。
「そうなの。それはつまらないわね」
麗が残念そうな面持ちで感想を述べてくるの聞きながら、善郎はそっと氷の砂利道に足を踏み入れてみた。
「ぬわ! す、滑る!」
「お父さん大丈夫? って、きゃっ!」
心配げに尋ねてきた芽衣子が隣で盛大に尻餅をつく。
「だ、大丈夫? 芽衣子ちゃん! お義父さん!」
「お、お前にお義父さんと言われたくない!」
善郎はここぞとばかりに義父呼ばわりしてきた飛田にきっちり否定したが、その反動で足が滑った。
「いたたたたっ」
前のめりに転んでしまい、決まりが悪い。
(ちくしょう! なんだってこんな目に……)
内心で悪態をつき、なんとか起き上がろうと苦心していると、後方から声がかかった。
「あら、あら、大丈夫ですか? でもここは、雪姫様がいらしゃった由緒正しき神社なんですよ。だから、ここがこんなに寒いのもその名残なんです」
麗の言葉に驚いて振り返ると、頬に手をあて悲しげに眉を寄せている麗の姿が見える。
「ゆ、雪姫様の?! そ、それはそれは……」
本当にそうならとんでもないことだ。善郎は手で氷の砂利を撫でる。雪姫は自分たち黄梅の人間にとって特別な存在である。彼女がいなければ今の自分たちはいなかったに違いない。自分たちの女神にまつわる神社が獣人の居住区にあったとは。
「なんともったいない……。それは夢のように美しい光景でしょうなあ……」
冷たい氷の砂利さえも愛おしい。善郎が夢心地で呟いていると、麗がぐいっと肩を鷲掴んできた。
「そうなんです!! 善郎さんにもわかりますか!!」
目を輝かせてくる麗を前に、善郎も大きく頷く。
「ええ! ええ!! わかりますとも!! いやあ、こんなところで同じ心持の方とお会いできるとは!!」
「えぇ、えぇ、私もです。本当にこれも雪姫様のお導きですね」
こんなところで同じ志の者と出会えるとは思わなかった。 本当に感激だ。目を潤ませていると、麗ががしっと手を握ってきた。
「麗さん!」
善郎も力いっぱい麗の手を握り返す。感激に浸っている横では芽衣子が驚きの声を上げていた。
「雪姫さまって本当にいたの!」
芽衣子の疑問に飛田が答える。
「さあ? でも僕たちはそれを信じてるから」
戸惑った口調の飛田の発言にも無視して麗と喜びを分かち合っていると、急に飛田が慌てたような様子で叫んできた。
「……ってそんなことより種ですよ! 植えないと!」
急かしてくる飛田に麗が目を向ける。
「あら、まぁーくん、ダメよ。雪姫様がいらっしゃったからこそ私たちは人の姿になれるのですよ。そのおかげで、まぁーくんは芽衣子ちゃんと恋ができたのよ。何より二人がこうして出会えたのだってすべて雪姫様のおかげなんですからね」
目を上げ諌めるように語る麗へ、飛田が困ったような顔をした。
「そんなこと言っても麗おばさん。これはその雪姫さまのご子孫から頼まれたことなんだから……」
「そういえば、そんなことを言っていたわね。でも今の当主がなぜ獣人のいる神社になんか?」
握っていた手をほどき麗が立ち上がる。善郎も麗に倣ってゆっくりと身を起こしていると、飛田が弱り切ったように溜め息を吐いた。
「今の、じゃなくて、次期なんだよ、おばさん」
「次期? 次期当主と言えば、獣人の側近がいるみのり様?」
瞳を瞬かせる麗の言葉に、芽衣子が小さく叫ぶ。
「え? そうなの?」
「さ、さあ?」
芽衣子の質問に飛田が肩を竦めた。善郎は滑らないようしっかり足場を確保し、麗を見た。
「その通りです。彼女は猪でしたな」
「そう、みのり様の……」
腕を組んでみのりの側近である紅を思い出していると、麗がしばし下を向く。考え込むように小さく唸った後、麗が目を向けてきた。
「じゃぁ、まぁーくんたちはみのり様のお使いってわけね」
「はあ、そんなところです。しかし、こんな寒いところじゃ植えてもならないでしょうなあ……」
悪戯っぽい目で問われ、善郎は氷に覆われた地面を眺める。小さく吐息していると、麗が目を剥いてきた。
「植える? 植えるって善郎さん、もしかして種をお持ちなんですか?」
突然の権幕に、善郎は目をしばたたく。
「は、はあ。これです」
ためらいがちにポケットの中からビロードの箱を取り出し見せると、麗がまあ、と口に手をあてた。




