うぐいす、人間の父娘と出会う②(高木)
≪ 鶯木麗視点 ≫
「……というわけで、柚祈にある神社かなって思ってさ。」
飛田の話は寝耳に水だった。まさか梅宮の当主が一般人に、それも獣人も一緒にいる人間を使うなんて思いもしていなかった。なぜなら現当主の梅宮美都子は獣人たちを軽くみているからだ。そのせいで彼女が当主になってからは人間たちの差別が余計にきつくなっている。そんな彼女がなぜ獣人と一般人を使っているかと疑問に思った。
(変革のときがきたのかもしれないわね)
麗に天啓のような閃きが頭を掠める。
「あら、あら、まぁ、まぁ。まぁーくんったら随分面白いことに参加してるのね」
「遊びじゃねえ! これはみのりお嬢様の大事な試練なんだ! わかったら獣人は黙ってろ!」
「お父さん!!」
ワクワクと浮き立つ気持ちが隠しきれていなかったらしい。侮蔑したような目を山波が向けてくる。だが、そんなことで怯む自分ではない。これでも長老会の三人衆に席を置く身だ。麗は山波とその彼を諌めている芽衣子を無視して飛田を見た。
「そうね。確か霜山蜂万神社には、根合寺の青い梅が奉納されてるものね」
『霜山蜂万神社!!』
飛田の驚きを含んだ声と、それを上回る山波の声が重なり耳が痛くなる。
「あそこだとは思わなかったよ。そうか、霜山さまかあ!」
飛田は、麗が全面的に協力すると信じているようだ。
(まぁーくんったらまだまだね。そんなんじゃ、いいように扱われてしまうわ。どうでもいいけど、なんであの大声を隣で聞いて平気なのかしら)
こちらは未だに耳鳴りがしている状態だ。麗は、のん気な顔で頷いている飛田が不思議でしかたなかった。
「そ、それってどこにあるんだ!」
あれほど邪険にしていた山波が、飛田を押しのけて食いついてくる。あまりにもわかりやすい彼の行動に、麗は噴き出しそうになるのを必死でこらえた。
「あら、あら、子供みたいに。人間は人に物を頼むときにそんな横柄な態度で頼めと教えているの?」
山波の態度など気にしていないつもりだったが、思っていたよりも腹が立っていたらしい。
「ぐっ!」
山波が、一瞬言葉を詰まらせる。しかしすぐに立ち直ったみたいだ。
「……じゅ、獣人に言われる筋合いじゃねえや!」
言いたいことを言い終えると山波は、再びそっぽを向き黙り込んでしまった。
(まるで子供のケンカね)
山波のことを無視して先へ進んでもいいのだがそれでは自分が楽しくない。どうしたものかと思案していると、芽衣子が間に入ってきた。
「お父さん! 本当に、申し訳ございません! 頑固なのはいつものことなんですが、ここのところすごくすねちゃってて……」
必死で謝る芽衣子の姿に笑みがこぼれる。
(これじゃあどちらが親だかわからないわね)
「俺は子供か!!」
「子供と同じでしょうが!」
「なにおう!」
「何よ!」
親子ケンカに突入した芽衣子たちの間を飛田が右往左往する。麗は仲裁できない飛田を情けなく思い、肩を竦めた。
(立派な角を持つ雄鹿のくせに気弱なんだから……もう仕方ないわね)
ここは芽衣子の顔を立てることしよう。
「いいのよ。芽衣子ちゃん。お父様はきっと甘えたい年頃なのね」
「あ、甘えたい年頃……!」
これで終わりにしても良かったのだが、お灸を据えることにした。
「でもケジメは大切ですよ。それは獣人だろうが人間だろうが変わらないでしょう? そうですよ、ねぇ?」
口の開閉を繰り返している山波へ視線をやり、満面の笑みを浮かべる。
「まあまあ。それより麗おばさん。そこまで一緒に来てもらえないかなあ?」
飛田が八の字眉で懇願してくる。何が怖いことでもあったのだろうか。飛田の腰が微かに引けていた。こちらもいじりがいがありそうだ。どうやって飛田をからかおうかと考えるだけで顔がにやけてくる。自分でもたちが悪いとは思うが仕方ない。これも性分だ。麗は顎に人差し指を当てながら、飛田たち3人を見回した。
「どうしようかしらねー。そちらの方はあまり関わって欲しくなさそうだし」
「ぐ……!」
「ほら! お父さん!」
芽衣子につつかれ、山波が苦々しい顔でこちらを見てきた。
「くっ……! ……ど、どうか……教えていただけないで……しょうか……」
「あら、よろしいんですか? えっと、そういえば、お名前は?」
「さ、さっき聞いただろうが!」
「そうだったかしら? 娘さんとはちゃんと挨拶を交わした覚えがありますけど? それとも人間は他の人の口から自分の名前を言わせることが当たり前なんですか?」
「…………山波……善郎……ですが……」
この山波と言う男は、根はいい人間なのだろう。先ほどから嫌々ではあるが、きちんと返答してくる辺り嘘のつけない正直者だということを窺わせた。打てば響くといった彼の態度が面白くて、麗はついついイジワルなことを言ってしまう。
(きっと、生真面目で不器用な人間なのね)
山波のような人間が獣人の味方についてくれたらこれほど心強いものはないのに。そんな夢のような願望を思いついてしまう自分に麗は自嘲気味に笑った。
「ふふふ。ごめんなさいね、善郎さんと呼んでも? あなたがあまりにも素直で律儀な人だからついからかいたくなっちゃったって」
態度が急変したことに驚いたのかもしれない。山波は少し目を見開き呆けたような声を出した。
「は、はい……」
「私の知り合いなんて、一度拗ねたら3日は口も聞いてくれないものですから。ふふふ」
麗の脳裏に今日これから会う長老会の1人、狼谷朔太郎の顔がよぎった。




