うぐいす、人間の父娘と出会う①(高木)
≪ 鶯木麗視点 ≫
その日も鶯木麗は散歩と称して上空をウグイスの姿で飛んでいた。折り返し地点でもある溿鎮と柚祈地区境を滑空していると、眼下から話し声が聞こえてくる。
「お前がこっちに行くといいっていうからついてきたんだろうが!」
ずんぐりとした男に若い男が一方的に詰め寄られていた。
(こんな獣道しかないような場所を車で来るなんて変ね)
興味深げに旋回していると、若い方の男が知り合いだと気づく。麗は、鳥の姿のまま白い軽自動車の屋根に降り立った。
「あなた、飛田さんちのまぁーくんじゃない? こんなところでどうしたの?」
白いシャツを着た頼りなさそうな顔した若い男、飛田へ話しかけると、彼は目を丸くしてこちらを見た。
「麗おばさん!」
「あ、羽!? 空飛んで!!」
飛田に詰め寄っていた男が、腰を抜かさんばかりの勢いで指を差してくる。
「あら、珍しいこんな山奥に人間が来るなんて」
ここいら一帯は獣人の住む地区として有名だ。そんな場所に人間が入ってくることなどないに等しい。麗は飛田と一緒にいる人間がなぜここにいるのか不思議で仕方なかった。
「来たくて来たんじゃねえや! おい! 芽衣子! 帰るぞ!」
嫌悪感をあらわにしている男以外にも人間がいたようだ。社会人だろうか、スーツ姿の可愛らしい女性が男の後ろに立っている。
「何言ってるのよ! みのりお嬢様に言われたでしょう!」
「この人間たち、まぁーくんのお知り合いなの?」
諍いを始めた人間たちを放って飛田へ声をかけると、彼は顔を赤らめ後頭部へ手をやった。
「あ、はあ。その……僕の、僕のお嫁さんになる人……っていうかなんていうか……」
飛田の声が聞こえたのか、男のそばにいた女性がこちらを振り返る。そして、深々とお辞儀をした。
「山波芽衣子と申します」
「こら! 俺は許してねえぞ!」
彼女の言葉に麗は、がなるように喚く男を無視して手を叩くように翼を羽ばたかせた。
「あら、あら、まぁ、まぁ、そうなの? まぁーくんのお嫁さん。しかも人の子の」
麗は、はしゃいだ声でさえずりながら、芽衣子の周りを飛び回る。
「あ、はい。でも彼女は獣人に対してとても理解のある人なんです」
飛田が自慢気に胸を反らした。麗は褒めてと言わんばかりの飛田の肩に降り立ち、翼を広げて頭をなでてやった。
「それは、それは。あ、初めまして芽衣子さん。こんな格好で失礼しましたね」
麗は飛田の肩から飛び降り、人型に戻る。
「麗さんはとてもきれいな飛び方をなさるんですね。あ、すみません! 突然ぶしつけなことを!」
千鳥柄の江戸小紋が入った萌黄色の着物と茶緑色の短い髪が崩れていないことを確認し、芽衣子の前に立つ。
「あら、嬉しい。最高の褒め言葉だわ」
恐縮するように慌てて頭を下げてくる芽衣子を可愛らしく思い、麗は自然と微笑んでいた。しかし後方にいる男だけは、おもしろくなさそうに無言でそっぽを向いている。無作法な態度の彼を見て、芽衣子が申し訳なさそうに頭を下げた。
「す、すみません……」
「いえいえ、いいんですよ。それでこちらの方は? お父さんかしら?」
目線だけをちらりと男の方へ向ける。
「は、はい。父の善郎です」
「初めまして、鶯木麗と言います。こんな山奥までようこそ」
麗は芽衣子の父である山波に向いお辞儀をした。
「こちらこそ。お初にお目にかかります」
こちらを見ようともしない山波に代わり、芽衣子が挨拶を返してくる。彼女に言ったわけではないのだが気を使ってくれたのかもしれない。芽衣子は山波の横に立ち、肘で彼の脇腹をつついていた。
「けっ!」
山波は、これ以上反らせないというくらい顔を背けている。それを麗は眺めていた。
(あの人のような態度が当たり前なのよね)
数十年前までは人間たちと共存していた。しかしいつしか人間は、獣人を忌み嫌うようになった。今では、共存を願っているはずの獣人たちの中でさえ人間を嫌う者たちが増えてきた始末だ。恋人同士である飛田や芽衣子の方が珍しい。昔の話ではあるが、過激な人間に襲われたことがある。それに比べたら山波の態度など可愛いものだろう。けれども面と向かって無礼な態度を取り続ける山波に苛立ちを覚えたのも事実だ。麗は、意趣返しをしたくなった。
「うふふ。お父様は照れ屋でいらっしゃるのね」
「て、照れ屋!?」
目を剥いて見てくる山波に、溜飲が下がる。麗は晴れやかな気持ちで飛田へ顔を向けた。
「それで、まぁーくんのお家はここからでは随分遠いようだけど?」
「麗おばさん、僕たちすごく困ってるんだ。相談にのってくれないかな?」
人間と一緒いるだけで興味がそそられる。黙って見すごすなんてことは、もったいなくてできるはずもなかった。
「何かしら? 私でわかることなら任せて」
麗は沸き立つ心を抑え、真摯な態度に見えるよう顔を引き締めた。
「実は……」
こちらの様子を疑うこともなく飛田が、ここへ来た経緯を語り始める。




