頑固おやじ、角と行動をともにする(朝川)
≪ 山波善郎視点 ≫
「おい、いるか?」
自宅の戸を開け妻に声をかけると、ほどなくして、はい、と奥から声が聞こえてきた。みのりたちと別れた後、善郎は芽衣子たちと神社を目指した。だが、肝心の古文書が手元にないことに気づき、一度我が家へと引き返したのである。
「会長からあずかった本を持ってきてくれ。紫の風呂敷に包んであるやつだ。卓袱台の上に置いてあると思うんだが」
善郎は和子が顔をだす前に用件を叫ぶ。しばらくすると、はいはい、と答えた和子が、紫色の風呂敷包を持って出てきた。
「これでいいんですか?」
尋ねながら風呂敷包を渡してくる和子に、善郎は頷く。
「ああ、すまん」
「卓袱台にはありませんでしたよ。座布団の横に置いてありました」
「……そうだったか? すまんな」
間違いを正されしかたなく素直に謝ると、妻がふふふ、と笑い声を洩らした。
「まだどこかへ行くんですか? 夕ご飯はどうします?」
重ねて問いかけてくる和子に、善郎はああ、と肯定する。
「ちょっと野暮用でな。夕飯までには戻る」
「はいはい」
答えながら、和子が玄関から外を覗き込んだ。車の中から顔を出して様子を窺っていたらしい飛田が、頭を下げる。その後ろからは助手席にいる芽衣子が軽く手を振っていた。
「あらあら、ずいぶんと仲良くなられたんですねえ」
「なってねえよ。成り行きだ」
つっけんどんに答えると、和子が口元に笑みを浮かべてくる。善郎はいってらっしゃい、とお辞儀をする妻へ小さく鼻を鳴らし、芽衣子たちの待つ車へと向かった。
「で? 俺たちはどこに向ってるんだ?」
河間の不知から川沿いに下へと向かって走る車の中で、善郎はおもむろに口を開いた。
「そうですねえ。とりあえず、まだ使われていなさそうな神社へ向かおうと思うんですけど」
カーブを曲がりながら答えてくる飛田の運転には、危なげな様子が少しもない。
(気に食わんな……)
角があるくせに芽衣子より運転が上手いとは。善郎は徐々に高度を下げていく窓の景色を眺めた。
「お義父さんはどこだと思うんですか?」
「そうだなあ。神社なんて梅願さんか墨良さんくらいしか思いつかん」
腕を組んで唸ったところではたと気づく。
「おい、角! 俺はお前の父親じゃあねえぞ!」
「え? だ、だから、それはですね」
「認めん! 断じて認めん!」
「そ、そんな、横暴な……」
飛田が耳をぴくぴくとさせながら不満げに言葉を詰まらせる。それでも再度口を開こうと息を吸う飛田の頭を見ながら、善郎は、上等だ、と構えた。
「もう! 2人ともいいかげんにしてよ! 今はそれどころじゃないでしょ!」
ずっとだんまりを決め込んでいた芽衣子が一喝してきた。善郎は呻いて、ミラーごしに睨んでくる芽衣子に詫びる。
「悪かった。お前の言う通りだ。角、お前の知ってる神社に案内しろ」
「わかりました。……て、あの、でもちょっと問題があるんですけど……」
「あん?」
言い辛そうに語尾を濁す飛田の言葉に、善郎は片眉を上げる。
「言ってみろ」
「言ったら怒りませんか?」
「言わなきゃ話が進まんだろうが!」
「……はい」
おどおどとする飛田へ一喝すると、飛田が重い口を開いた。
「今向かってるところは柚祈なんです。僕が知ってる神社って、そこらへんにしかないもので。……つ、つまりその……」
「な、なんだって!」
言葉を詰まらせる飛田を前に、善郎は絶叫する。
「す、すみません!」
飛田が車を急停止させる。
「柚祈って言ったら獣人の住処じゃねえか! 冗談じゃねえ!」
善郎は車を降り宣言した。
「お、俺は帰る! 帰るぞ!」
降りてきていた坂を上ろうとしたところで、腕と肩を強い力で掴まれる。
「お、落ちついてください!」
「そうよ、お父さん! 今可能性があるのは行ったことのない場所なんだから!」
2人が必死に追いすがり説得してきたため、余計に怒りが増した。
「ええい! 離せ! 離すんだ!」
善郎は力の限り叫び、これでもかと身を捩る。
「お父さんってば!」
「うるさいうるさい!」
車の前で必死に抵抗を試みていると、上空から小さく黒い影が走った。




