頑固おやじ、青い実を探す(朝川)
≪ 山波善郎視点 ≫
「お嬢様、まずはどこから捜しますか?」
碧の問いかけにみのりが答える。
「やっぱり『青い梅』の木かしら?」
きょろきょろとあたりを見回しながら告げるみのりへ、芽衣子が尋ねた。
「『青い梅』なんてあるんですか?」
「えぇ、このお寺にずっと青い実のままの梅の木があるそうなんです」
「みのり様、目の前にあるあれではないですか?」
芽衣子に答えるみのりへ向かい、善郎は目前に見える梅の木を指差す。
「本当だ……以外と小さいのね」
みのりが落胆したのかぽそりと呟いた。
「なんかあまりに普通な気が……」
「でも、確かに梅の実は成ってるわね」
飛田とみのりが口々に感想を述べ、碧が梅の木に近づき口を開いた。
「一応、色づいてはいないようですが……」
「これがずっと青い実のままなの? 違いがまったくわからないわ」
眉を顰めて梅の実を確認する碧の横で、みのりが腕を組む。
「『青い梅』と書いてあるのですから、きっと青い実のままなんでしょうね」
憤慨した様子のみのりを宥めるように、碧が苦笑した。その横で、飛田が軽くその場の匂いを嗅ぎ、でも、と首をかしげる。
「でも、少しだけ猛々しい香りがするような……」
「本当。いい匂い」
紅が飛田に倣い香りを探り、うっとりと告げた。
「えっ? 本当に?」
みのりが梅の実に鼻を近づけたが、しばらくして小首をかしげた。どうやら普通の梅の香りしかしなかったようだ。善郎は、次期当主へいいかげんなことを言った飛田に腹が立った。
「なんだなんだ! また余計なことを……!」
正直に苛立ちを口にすると、芽衣子が目を剥いてくる。
「余計って何よ!」
「余計は余計だ!」
飛田の肩ばかり持つ愛娘が実に憎らしく、善郎は芽衣子に噛みついた。
「ちょ、ちょっと、2人とも落ち着いてください!」
割って入ってくる飛田を睨んでいると、緊張を孕んだ声が飛んできた。
「兄さん」
「みのりお嬢さま、追っ手が近づいてきてるようです」
紅の言葉に、碧が即座に反応する。善郎は芽衣子とともに目を剥くと、みのりが代弁してくれた。
「えっ! どうするのよ」
非難がましい声を上げるみのりに対し、飛田が狼狽える。
「ど、ど、どうするんですか!」
太い枝のような角を出しおろおろとする飛田を、善郎は押さえつけた。
「バカ! しまえ! しまえ!」
飛田が、痛い、と不平を漏らすのも構わず、角をぐいぐいと押し込む。角と格闘しているのをよそに、碧がみのりへ向かい冷静な声音を発した。
「ここは隠れて、やり過ごしましょう。ちょうど大きな石碑もあることですし」
碧が梅の木の横に聳え立つ石碑を指差し、みのりへ進言する。
「兄さん、もうすぐ来る」
迷っている態のみのりをよそに、紅が緊張を強めた。
「さぁ、お嬢様。みなさんも、一緒に……」
「は、はい」
みのりの背中を押しながら促してくる碧に、善郎は頷く。飛田と芽衣子を引きつれ、石碑の裏へ回った。
「あっ、ここにも文字が」
みのりが石碑を凝視し、小さく声を上げる。
「文字?」
「どこです?」
善郎は目をまたたかせて問う芽衣子に倣い、石碑を見あげた。
「お静かに!」
碧の鋭い声に首を竦めていると、みのりがそっと石碑の文字を指差してくる。指し示された指の先へ目をやったところで、数人の足音が聞こえてきた。黒服の男たちが数人で境内を探し回っている。善郎は彼らに見つからないよう身を縮めつつ、石碑に刻み込まれた文字を眺めた。
「こりゃ……何かの手がかりのようですな」
声を顰めて答えると、芽衣子が小声で問いかけてくる。
「お、お父さん、こんなの読めるの?」
善郎は驚きを多分に含んだ質問に答えようとして、やめた。
「おい、いたか?」
「いえ、こちらには……」
黒服の男たちがイヤホン越しに会話を続けているのが目に入り、知らず背筋が凍りつく。横では飛田が、聞こえてきた声に反応してますます角を出してきた。
「あちらへ回り込むか……」
善郎は飛田の角を押さえつけながら、近づいてくる足音に反応して息を詰める。ふいに、男の1人が携帯を取り出した。
「はい、こちらA班」
話し出した男を尻目に、善郎はみのりたちへ尋ねた。
「こ、このままじゃ埒が明かないんじゃないですかね?」
こんな無理な態勢でいては、見つかってしまうのも時間の問題だ。どうにかして先手を打つべきだろう。善郎は自らの懸念を込めて碧を見るが、返事はない。その間にも、男の通話は続いていた。
「お嬢様たちの車が藤端へ? ですがこちらにも同じ車種が……」
男がサングラス越しにちらりと門扉へ目をやる。
「えぇ、いや、しかし……はい。わかりました。こちらもそちらへ合流いたします」
小さく礼をして、男が携帯をしまい込んだ。不満げな息をついた後、諦めたように口を開く。
「おい、おまえ達、車へ戻るぞ」
短く宣言して、男が踵を返した。
「はっ」
釈然としない様子ながらも先に引き返した男に続き、男たちが退散していく。
(どうなってるんだ?)
善郎は去っていく追手の姿を息を詰めて見守りながら、内心で首を捻った。どうやらみのりが藤端にいる、という偽情報が流れているらしいが。いったい誰が、と眉根を寄せていると、背後で碧が口を開いた。
「お嬢様、もう良いですよ。みなさんもお疲れ様でした」
「ふぅー、一時はどうなるかと思ったけど……」
みのりが軽く肩の力を抜き碧へ微笑む。
「し、死ぬかと思った……」
芽衣子も大きく息を吐き、敷き詰められた石畳に腰を下ろした。
「芽衣子ちゃん、ちょっと大げさだよ」
苦笑しながら芽衣子へ手を差しだす飛田にむっとして、善郎は飛田の手を払う。
「おい、お前! うちの芽衣子に文句があるってのか?」
「と、とんでもない! 誤解です!」
「ふん!」
慌てて両手を左右に振る飛田に対し、善郎はありったけの不満を込めて鼻を鳴らした。そっぽを向いてみのりに目をやると、あちらでは紅がみのりの手をそっと握っている。
「お嬢さま大丈夫。アタシ守る。必ず」
「紅、ありがとう」
みのりが礼を言いながら手を握り返し、口元を綻ばせる。微笑み合う2人を引き裂いたのは、碧だった。
「まぁまぁ、落ち着いてください。お嬢様も僕の紅の手を握らない」
みのりを押し退けさりげなく紅の肩を抱いた碧が、硬い声音でみのりに告げる。
「追っ手がいなくなったとはいえ、いつまた現れるかわかりませんよ」
軽く諌めるような口調の言葉に、みのりの頬が少し膨れた。
「わ、わかってるわよ。今始めようと思っていたところだったのよ」
失態を指摘されたと思ったのだろうか。みのりが何かをごまかすように慌てて石碑の文字を見た。
「みのり様たち、あの『青い梅』に用事があるんですよね?」
芽衣子が尋ねると、みのりが頷く。
「えぇ。……たぶん」
自信なさげなその様子が儚げだ。無理もない。
(なんせまだお若くていらっしゃるのだからな……)
善郎は内心で頷き、なんとしても次期当主の力にならねば、と決意を新たにした。




