お嬢さま、合流場所へ到着する(高木)
≪ 梅宮みのり視点 ≫
「みのり様? ご無事ですかい?」
山波が、前方から走ってくる。みのりは崩れ落ちるように車から降りた。
「し、死ぬかと思った……」
地面に四肢をつけたはずなのに、まだ揺れている気がする。込みあげてくる吐き気をなんとかやりすごし顔をあげ、目をつむる。頬にあたる風が気持ちいい。
(なんなのよ、あの人の運転は!)
運転をする前はあんなにもおどおどしていた男がアクセルを踏んだとたん豹変した。高速道路を走っているのかと問いたくなるようなスピードでカーブを曲がり、何台もの車を追い越し続けたのだ。飛田の運転に比べれば追っ手から逃れたとき碧の運転など、安全運転の部類に入るに違いない。
(碧の運転って丁寧だったのね。あれで慎重って絶対何かの間違いよ)
思い出しただけでムカムカしてくる。
「す、すみません!」
みのりは、運転席から出た飛田へうろんな目を向けた。
(本当、人を見た目で判断しちゃダメね。まぁ、期待を裏切らないやつもいるけど……)
碧の焦りを帯びた声が聞こえてきた。
「紅、僕の紅はどこだい。山波さん僕の紅に変なことしなかったでしょうね?」
紅のこと以外は何が起きても平然としているくせに不思議なものだ。こちらは腰が抜けて立てないというのに、なぜ普通に歩けるのだろう。やはり好きな人がいるというだけで違うのだろうか。
(どうせ、私には好きな人なんていませんよーだ)
主人を省みない側近の態度にやさぐれていると、紅がこちらへ近づいてきた。
「お嬢さま。顔色悪い」
丸い目を潤ませてこちらを見つめる。小動物のような愛らしい顔を見ているだけで、すさんだ心が癒される。
「大丈夫よ、紅。無事だったのね、良かった」
目線を合わせるようにしゃがみ込んだ紅の頭をなでる。突然、山波の素っ頓狂な声が聞こえてきた。
「お、お前! どうしてここに!」
不思議に思い立ちあがると、山波が飛田へ指を差したまま固まっていた。わけがわからず事の成り行きを見守っていると、バタンという車のドアが閉まった音が響き渡る。
「お、お父さん! どうしてここに?」
自分たちの車を乗ってきてくれた芽衣子の言葉に、気分が悪い事も忘れ驚く。だがそれは、紅と碧も同じだったようだ。
『えっ? お父さん?』
「芽衣子!」
「お義父さん! なぜこんなところに!」
「うるさい! お前にお義父さんと呼ばれる筋合いはないわ!」
山波は、『お義父さん』と呼んだ飛田へ詰め寄る。そして飛田を一方的に攻め立てるような言い争いが始まった。呆気にとられながら眺めていると、いつの間にそばにきていたのか碧が小声で話しかけてくる。
「もしかしたらって思っておりましたが、やはり山波さんの関係者でしたか」
「どうやらそうみたいね。でも、なんでケンカしてるのかしら?」
先ほどまで山波が優勢に立っていたが、気づけば飛田を守るように芽衣子が間に立っている。
(このままだと目立っちゃうわよね)
さすがにこのままではまずい。しかし仲裁に入る事もできず悩んでいると、紅に袖をひっぱられた。バランスを崩したたらを踏んでいるとそのまま車の陰に押しやられる。
「どうし」
「声、ダメ」
口に人差し指を当てながら、紅が小声で遮る。だが彼女の視線はこちらにはない。みのりは紅の行動を訝しく思い、彼女が見ている方へと視線をずらした。
(え、あれって、小越先生?)
学校で授業しているはずの彼女がなぜこんなところにいるのだろうか。みのりの眼前を、紺色のスーツを着た副担任、小越麻里が何かを探すように辺りを見渡しながら歩いていた。
(大変。こんなところで見つかってしまったら強制送還確実よね)
みのりは機転を利かした紅へ感謝しつつ、固唾を呑みながら副担任が去って行くのを待った。
(なんとか見つからずに済んだようね)
こちらに気づくこともなく麻里が去って行ったことに胸をなでおろす。
「そ、そんなことより、これはどういうこと? お父さん、あの鉢植は?」
「う、いや、それがな……」
どうやら山波親子のケンカも終息したようだ。みのりは、こちらを見てくる3人の視線に戸惑いつつも返事をした。
「えっ、なんですか?」
周囲に注意しながら立ちあがり、彼らの元へ近づく。山波が困り顔で後頭部をなでた。
「じ、じつは、あの鉢植に種を植えたのは娘でして……その……」
「そういえば、そのようなことを最初におっしゃっていましたね」
あとをついてきた碧が、思い出した、と手を叩く。
「は、はあ……。その、面目ないです……」
「そうだったわね。突然の土下座に衝撃を受けて忘れてたわ」
「お、お恥ずかしい……」
何も考えずに出た言葉に、山波が顔を赤く染めた。
「お父さん、土下座なんかしたの!」
「うるさい! 誰のせいだと思ってる!」
山波はコメカミの血管を浮きあがらせ怒鳴り散らす。
(失敗したわ。お姉さんの前で言うべきではなかったわね……)
今にも山波の血管が切れてしまうのではないかと、見ているだけでハラハラする。自分の責任だ。早く彼らを止めよう。みのりは、こちらに注意をひくため山波を押しのけて芽衣子の前へ立った。
「お姉さん、いえ芽衣子さんでしたか、ありがとうございます」
「あ、はい。いいえ、とんでもございません」
芽衣子の手を握り、激しく上下に振る。
「あなたのおかげで最初の関門を突破できました」
彼女が種を植えてくれなければ、きっと今頃途方に暮れていたに違いない。それを考えると、芽衣子の突飛な行動に感謝してもしきれなかった。
「は、あ。そうなんですか? なんか照れちゃうなあ、あは」
「さすが僕の芽衣子ちゃんだ」
照れくさそうに頬をかく芽衣子のそばへ飛田が寄り添う。惚れ直したと言わんばかりに、熱いまなざしを彼女へ向けていた。
「いやだ。飛田君たら!」
芽衣子と飛田は、一瞬にして2人の世界へ入り込む。
「そこ! くっつくな! 見つめ合うな! 離れろ!」
人目も気にせずイチャイチャし始めた彼らには山波の声は届いていないらしい。みのりが口を開け呆けていると、碧が近づいてきた。
「お嬢様、そろそろ次へ進みませんと時間もなくなりますよ」
「えっ、あ、あぁ、そうね。山波さん、そろそろ」
「あ、はい。そうでしたな!」
山波を促し芽衣子たちへ別れを告げようと口を開く。だが未だに恋人たちの世界にいる2人に話しかけることができず右往左往していると、碧が口を挿んできた。
「どうせでしたら、飛田さんと娘さんにもご助力を願ってみてはいかがでしょう」
満面の笑みを浮かべる碧の提案に、何か企んでいるのかと訝しむ。しかし良く考えてみれば、人手は多いに越したことがない。しかもそれが山波の娘とその恋人だ。まだ山波自身をこちらの味方だと信じきれてはいないが、獣人の彼氏を持つ芽衣子が本家の手の者だとは考えづらい。ならば、答えは1つだ。
「それはいい考えね。芽衣子さんと飛田さん、このあと時間ありますか?」
みのりは二人の間に割り込み、恋人たちの時間を強制的に終わらせた。現実に戻ってきた芽衣子と飛田が、恥ずかしそうにこちらの質問に首を縦に振って応えた。それに対して山波が嫌そうな顔をする。
「2人にですかい?」
「えぇ、大勢いた方が知恵もそれだけ集まりますし」
娘と一緒に行動するのがそんなに嫌なのだろうか。なかなか了承しない山波に首をかしげていると芽衣子から先に承諾を得た。
「みのりお嬢様がそうおっしゃるなら」
父親の意見など聞く気はないようだ。みのりは、親の目を気にすることなく自分の意見を言える芽衣子をうらやましく思った。
(今まではそうでも、これからは違うんだわ)
そのために家出をし、黄金梅の種を植えたのだ。みのりは卑屈になった思考を良い方へと切り替える。すると、飛田の声が聞こえてきた。
「僕も、芽衣子ちゃんが手伝うって言うなら」
飛田が芽衣子へ微笑む。みのりは彼らがまた二人の世界を作り出す前に話を進めた。
「それじゃ、お願いします。よろしいですよね、山波さん?」
「けっ!」
山波は面白くない、というようにそっぽを向いてしまった。
「えっ、ダメですか?」
ここで山波に臍を曲げられてしまったら困る。みのりは、両手を組み上目づかいで彼を見た。
「……まあ、みのり様がそうおっしゃるんでしたら……」
不承不承といった形ではあるが山波の言質は取れた。体内を、ひと仕事終えたような充足感がめぐる。
「よかったですね、お嬢様。それでは行きましょうか。ふふふ、娘を持つお父さんは大変ですね」
「はあ……」
からかいを含んだ碧の問いかけに、山波が罰の悪い顔をする。
(うわー、碧ったら大人気ないわね。さっき紅のことを反対されたからって、年上相手によくやるわ)
執念深い側近に呆れながらも、自分へとばっちりがこないよう聞かなかったことにして根合寺の中へ足を踏み入れた。




