頑固おやじ、複雑な思いに囚われる(朝川)
≪ 山波善郎視点 ≫
狭い路地を走り、追っ手を撒く。獣人化した紅が黒服たちを牽制してくれたおかげで、善郎はなんとか無事に根合寺の近くまでやって来ていた。だが、善郎は紅へ素直に礼を言う気にはなれずにいる。紅が獣人だったという事実が、どうにも納得できないのだ。
「まさかあんたが獣人だったとはなあ」
苦々しく告げると、紅がちらりと振り返った。
「何か問題?」
冷めた目で見てくる紅に、善郎は吠える。
「問題って! そりゃあんた、獣人と俺たちゃあ仲良くはねえだろうが!」
鼻息を荒くして紅へ捲し立てるのへ対し、紅が冷静に答えてきた。
「おじさん守る。お嬢さまの命令。危害加えない」
冷え冷えとした瞳で告げてくる紅に、善郎はさらに苛立つ。
「ったりめーだ! そんなことを言ってんじゃねえよ! 気持ちの問題だ! 気持ちの!」
胸を指差して主張すると、これだから人間は嫌いだ、という紅の呟きが聞こえてきた。善郎はぐっと言葉を詰まらせる。だが、ここで負けるわけないはいかない。善郎は視線を外し、しかも、と批判を続けた。
「あんた、どう見ても鶯とかの梅宮家子飼の獣人たちとは違うみてえだし」
「関係ない」
「関係ない訳ないだろうが! 獣人だぞ! 獣人っていやあ、あれだよ! 角だろうが!」
言い訳がましいとは思ったが、どうしてもここは譲れない。善郎は仁王立ちで怒鳴る。だが、紅は心底面倒臭そうに溜め息を吐き、話を転じてきた。
「そんなことより、この坂のぼる。すぐ根合寺」
「そんなことよりってなんだ! そんなことじゃあねえだろうが!」
「おじさん、口より足。早く」
善郎は地団駄を踏んで自論を貫くが、紅は無視してさっさと歩き出してしまう。
「俺のどこがちんたらしてるってんだ! ええ?」
後ろから喰ってかかると、紅が振り向きもせずに短く告げた。
「おじさん、兄さん以上にうるさい」
「おう! うるさくて何が悪い! 俺はな、うるさくてなんぼなんだよ!」
低い後ろ頭に向って声を張るが、紅にぴしゃりと言い放たれる。
「意味わからない。静かに、追っ手くる」
紅が小さく吐息を吐き、それに、と続けた。
「アタシ、角ない」
紅の言葉に善郎は瞳をまばたく。
「なに? 角はないのか?」
「当然。猪に角ない。あったら邪魔」
尋ねた言葉に淡々と事実を告げられ、善郎は額を叩いた。
「そうかあ、そうだったのかあ! いや、悪かった! そうか! 角はないのか! いや、こりゃめでたい!」
紅が階段の前で立ち止まり、首をかしげる。
「おじさん変」
「まあまあ、いいってことよ!」
善郎は紅を促しながら階段を上った。
「わかった」
律儀に頷く紅へ微笑み段を上がると、やがて根合寺の門扉が見えてきた。
「お嬢さま、来るまで待つ」
紅の言葉に、そうか、と同意する。そのまましばらく待っていると、2台の車がやってきた。紅が車に駆け寄っていく。
「おう。みのり様たちも無事に着いたようだな。ってあれ? 一台多くないか?」
善郎は疑問に思いながらも紅へ続いて車へ近づくと、目前で2台の車が急停車した。




