お嬢さま、助けを求める①(高木)
≪ 梅宮みのり視点 ≫
「あー、心配だ」
「うるさいわよ。それよりもこっちも早く行かないと」
碧は、紅たちの姿が見えなくなると急にソワソワし始めた。みのりは冷ややかな声を出し、キッと睨みつける。現状を思い出したのかすぐさまいつもの彼へと戻った。
「そうでした。とりあえず我々は反対側へ向いましょう」
河間の不知には入り口が2つある。1つは今、自分たちが入ってきた場所をユーターンする形で紅たちが走って行った。もう1つは反対側に位置する。根合寺へ向かうには少し遠回りになってしまうが仕方ない。追っ手をかく乱するには、その方が良いだろう。
「わかったわ」
碧の言葉に頷くと、一台の白い軽自動車が走ってきた。そのまま通りすぎるかと思ったその車は、自分たちのすぐそばで停車する。
「ねぇ、あの人たちに根合寺まで乗せてもらうって手もあるわよね」
碧がこちらの言葉に顎へ手をやり、ちらりと丸みを帯びた豆腐のような車へ視線を向ける。
「そうですね。その方がカモフラージュになるかもしれません」
彼の言葉にみのりは早速停車したばかりの車へ、走り寄った。
「あの、ちょっとすみません」
中には自分よりも年上の1組の男女がいた。助手席に座っている清楚な可愛らしい女性と目が合う。
「え?」
「ん? どうしたの? 芽衣子ちゃん」
彼女の目線がこちらを見ていることを不思議に思ったのだろう。水色のシャツを着た男性が、振り返った。みのりが軽く会釈すると、気弱そうな顔をした男が釣られるように返してくる。
(人の良さそうな顔してるからこの人たちなら大丈夫かも)
まさか自分が突然知らない人に声をかける日がくることなど想像もしていなかった。今まではいつも誰かの用意した道を歩くだけだった。自分から率先して行動することなど、紅を碧の義妹にしたとき以来だ。
(ある意味これも、お母様のおかげって言えるのかしら?)
そんなことを考えて、くすりと自嘲気味に笑う。しかしそれでも気分は良かった。
「何か?」
パリっとした紺色のスーツを着こなした芽衣子という女性が怪訝そうにこちらを見ている。彼女の物言いに対し男性の方が、どこかおたついてるようにも見えた。
「すみません。私たち今、人に追われてて」
みのりは、できるだけ彼らの同情をひくように弱々しい声を出した。
「ええ! 大変! こんなかわいい子を襲うなんて! なんて悪党なの!」
何事も冷静に対処しますと言ったふうの女性が、突然鼻息を荒くする。まさかこんな簡単に信じて貰えるとは思ってもみなかった。あまりにも呆気なさすぎる展開に目を丸くする。
「お嬢様、誤解されてしまいますから」
「えっ? あぁ、でも事実じゃない」
彼女たちに聞こえないようにポツリと呟く。こちらの都合のいいように誤解してくれるのなら、願ったり叶ったりだ。だが、世の中そう簡単には行かないらしい。今までオロオロしていた男性が、おもむろに口を開いた。
「あの、追われてるっていうのは?」
(草食系男子みたいな顔してるくせに、抑えるところは抑えるなんて……やるわねこの男)
内心で舌打ちをしていると、碧が前へ出てきた。
「申し訳ありませんでした。わたくし、こういった者です」
「え!」
碧から名刺を受け取った男のアーモンドのような瞳を大きく見開いた。
「どうしたの? 飛田君」
芽衣子が固まったまま動かなくなった男、飛田の手元を覗き見る。
「ええ! 梅宮さん? 本当に?」
「え! えー!」
芽衣子の素っ頓狂な声を引き金、に飛田が再び声をあげる。それと同時に、彼の前髪の生え際から何かが勢いよく飛び出してきた。
「きゃー! えっ? あなた獣人なの?」
それは子供の腕くらいはあるだろうか。太い幹のような角が幾重にも枝分かれしていた。車に収まりきらなかった角が窓から少しはみ出ている。あの角を支えるだけでかなりの重労働だろう。それほど大きくて立派な角だった。
(鹿の獣人だったなんて……。本当に草食系男子だったのね)
「これは、これは」
自分を守るために前に立っている碧が、感嘆しながら角を見ている。だが、その目は何か悪巧みをしているようにも見えた。
(ああいうのを、捕食するハンターの目って言うのかしら?)
しかし、飛田はそんな碧の様子など気づくこともなく慌てふためいていた。
「あ、ああ! す、すみません! つい興奮して!」
手で角を隠そうとするが、明らかに手に収まりきれていない。そのたびに身体が揺れ、窓枠にゴツゴツと角が当たっていた。
「いえいえ、良いのですよ」
飛田のことは碧に任せよう。みのりは噴き出しそうになるのを必死でこらえながら、助手席で口を開いたまま動かない芽衣子へ視線を向けた。
「すみません。申し遅れました。初めまして梅宮みのりと言います」
「い、いえ、初めまして。私は山波芽衣子と申します」
(山波? あの小父さんの血縁者? それともただの偶然?)
脳裏に、もう一人の側近、紅と一緒に根合寺へ向かっている人物がよぎった。碧も同じことを思ったのだろう。目が合う。だが彼はそのことには触れず、自分と同じように挨拶をした。
「お嬢様の側近させていただいております。梅田碧という者です。それにしても立派な角ですねー」
「い、いや。お恥ずかしい。私はこういう者です」
飛田は完全にはしまいきれていない角が碧へ当たらないように、上手に動かしながら名刺を差し出してきた。




