お嬢さま、再び二手に分かれる(高木)
≪ 梅宮みのり視点 ≫
「僕としてもそうしたいのは山々なんだけど、女の子同士だと危険なんだ」
碧にしては珍しく、心底困ったというような顔になる。そんな彼をよそに山波が首をかしげたままこちらへ話しかけてきた。
「どっちかがわざと捕まるってことですかい?」
だがそれは、みのりにとって禁句とも言える言葉だった。
「捕まるって何よ! 捕まったらそこで終わりなのよ! そんなこと絶対させませんからね」
これは自分の人生をかけた戦いなのだ。事情を何も知らないからと言って、簡単に捕まるなどと言って欲しくない。
「い、いや、俺は単に事実を言っただけでして……」
こちらの怒気にたじろいだようだ。山波の腰が少し引けていた。それでも興奮覚めやらず、みのりはなおも言い募る。
「物には言っていいことと、言ってはいけないことがあるんです。この場合は、言ってはいけないことなんですよ」
「い、いや、しかしですねえ、みのり様……」
鼻息を荒く、両手を腰にあて山波を見据える。向かいで紅へ懇願している碧の姿が映った。
「わかってくれ紅。僕だってあんな親父の元へ君を行かせたくはないんだ」
紅がちらりと山波の方へ視線をやる。しかしため息をつくと、すぐに視線を戻してしまった。
(紅ったらあんなあからさまに嫌そうな顔しちゃって……)
だがそんな彼女の態度に、山波は気づいていないようだった。
「お、親父って……」
碧の口から出てきた言葉がよほどショックだったのだろう。山波はブツブツと小さな声で何やら呟き続けていた。その間にも紅と碧の会話は続く。
「兄さん」
「紅」
見詰め合っていたかと思えば、急に碧が紅を抱きしめようと両手を広げた。しかし、いつものようにそれを紅が拒絶する。碧から逃れようと、必死に両手で押し返していた。
「……近すぎ」
「紅ー」
みのりは、普段通り収拾のつかなくなった彼らの会話に割って入ることにした。
「決めたわ! 絶対に捕まらないように私の護衛には碧。山波さんの護衛には紅がついてちょうだい」
「お嬢さま」
紅が嫌がるような眼差しをこちらへ向ける。胸の前で両手を握りしめ、小さく首を左右に振る姿があまりにも庇護欲をそそった。一瞬、考えを翻そうかとも思ったが心を鬼にする。
「ごめんね、紅。でも紅にしか頼めないことなの。お願い。山波さんを無事に根合寺までつれてきてちょうだい」
彼女の手を両手で挟みこむように掴み、そのままじっと見つめた。
「……はい」
しばらくして紅が小さく呟く。山波が訝しげな表情を彼女へ向けながら近づいてきた。
「彼女がですか? 大丈夫なんですかい?」
あと少しで紅の眼前に立つといったところで碧が、それを邪魔するかのように立ちはだかった。
「山波さん、いいですか? 僕の紅に変なことをしないでくださいね」
「しませんよ、貴方じゃあるまいし」
紅のこととなると毎回これだ。みのりは、別人のように変わる碧を微笑ましく思う半面、面倒にも感じた。
「本当ですか? そんなこと言って根合寺で会ったとき紅が泣いていたら覚悟してくださいね」
さっきから碧のせいで一向に話が進まない。みのりは半ば無理やり、碧の体を押しやった。山波の疲れ果てた顔が見え、申し訳なく思う。みのりは、碧のことは気にしないで貰いたいという意味を込めて話を進めた。
「そのへんは安心してください。紅は、碧同様私のボディーガードでもあるんですよ」
紅が無言で山波へ会釈する。
「よ、よろしく……」
山波も彼女に倣う形で、頭を下げた。しかしそれは、どこかしぶしぶと言ったふうだった。きっと自分の娘、もしくはそれよりも若い女の子に守られるということが彼にとって理解しがたいことなのだろう。辺りに気まずい空気が流れる。その中を、碧が空気を読まずに割って入ってきた。
「あー、心配だ。やっぱり僕と紅が一緒に……いや、僕が山波さんを連れて行った方が……」
「俺は変態ですか! 年端もいかない子に懸想なんざしません!」
碧のしつこい言動にいい加減腹が立ったのかもしれない。山波が吠えた。だが碧にはなんの効果もないようだ。
「何を言ってるんですか、紅の魅力にかかれば男は皆いちころなんですよ」
山波が、軽蔑の目で碧を見る。みのりは、この不毛なやり取りを終わらせるべく彼を諫めた。
「碧、私が決めたことよ」
「お嬢様」
「兄さん、うるさい」
反論してこようとする碧を紅が遮った。彼女に叱られ、碧は膝を抱えいじけ始める。
「あーもう、碧なんて放っておいて紅と山波さんは先に根合寺へ向かってください」
すっかり借りてきた猫のように大人しくなってしまった彼を構うだけ時間の無駄だ。みのりは、紅と山波を根合寺へと促した。
「はい、お嬢さま」
「はい! では、みのり様もご無事で!」
「紅、気をつけてね」
自分で決めたこととはいえ、他者と接したことがほとんどない紅に山波を任せてしまったことを少しだけ後悔する。それでも彼女ならきっとやり遂げてくれるはずだ。みのりは、側近であり妹のような親友の目を見つめる。紅がその目に応えるように力強く頷いた。
「山波さん、紅のことよろしくお願いいたします」
「お任せください!」
山波へ視線をずらすと、胸を張りドンと叩く。その目には、先ほどまであった懸念がなくなっているように見えた。
(これなら大丈夫そうね)
不安が安堵へ変わり、自然と笑みがこぼれた。
「紅。山波さんに何かされたらあとでちゃんと報告するんだよ。いいね」
「だから、しませんって!」
しゃがみ込んでいじけていたはずの碧がいつの間にか復活していた。このままではまた同じ事が繰り返されてしまう。それだけは回避せねばと、碧へ近づき彼の足を思いっきり踏んだ。偶然か、それともいつも通りゆえの結果か。紅も同じことを思っていたらしい。
『兄さん(碧)、うるさい』
紅と同時に叫んだ後、みのりは山波へ頭を下げた。彼らが走り出す音が聞こえ、顔をあげる。みのりは、華奢な背中の後ろを必死で追う山波の背中を見つめながら、彼らが無事に根合寺へたどり着けることを祈った。




