頑固おやじ、車酔いになる(朝川)
≪ 山波善郎視点 ≫
(面倒なことになったなあ……)
後部座席から碧の後頭部を眺め、善郎は内心でぼやいた。隣に座っていたみのりが、紅が乗り込むのを確認し宣言する。
「碧、出してちょうだい」
「行き先は、根合寺でよろしいのですね」
碧が頷き、ミラー越しに尋ねてきた。
「えぇ、お願い。山波さんもそれでよろしいですね?」
小首をかしげつつ問われ、善郎は逃げだしたい衝動を必死で抑える。はあ、と曖昧に答え、面倒事から足を洗いたい一心で意見を述べた。
「あの、根合寺までだったら徒歩で行っても近いのではないですかい?」
ここから二本先の道を左へ曲がれば、目的地まではすぐそこだ。だが、その疑問に碧が首を横に振る。
「まぁ近いと言っても1kmくらいはありますし。車のほうが色々と便利なのですよ」
したり顏で応じた後、おもむろにスピーカーのつまみを押す。
『A班は引き続き徒歩で捜索。B班、C班は駅前近辺を捜せ。D班は周辺の道路を……』
流れ出したのは明らかに追っ手とやらの無線だった。よく見ると前座席の真ん中には、黒くごつごつとした無線機らしきものが装備されている。
(無線の傍受までしてるのか。なんだかやたら本格的なんだなあ)
次期当主になるための試験とはいえ、何もそこまで本格的にやらなくとも資質は見抜けるのではないか。などと思ったが、口にはせず腕を組む。
「なるほど。追っ手のこともありますな」
「ところで山波さん、根合寺までの道に裏道はありますか?」
なにげなく話を変えてきた碧の言葉へ、善郎は素直に乗った。
「はい。ございますよ。少し遠回りにはなりますがね」
「そうですか。でしたら、その道をお教えください。このまま大通りを抜けると追っ手に見つかってしまうようですから」
大通りをいけないとなると、 一度小道を下ってから登って行ったほうがいいだろう。口を開きかけると、横合いからみのりの非難げな声が聞こえてきた。
「ちょっと大丈夫なの!」
みのりの懸念はもっともなことで、善郎にも追っ手を完全に振り切る自信はない。だが、焦るみのりに対し、碧が飄々とした声で応じる。
「大丈夫ですよ、お嬢様。僕を誰だとお思いで?」
どうやらこの碧という青年は思った以上にたぬきらしい。善郎はしばし考え、それから碧に告げた。
「わかりました。では、まずその横丁を左に曲がってください」
「ありがとうございます、山波さん。左ですね」
確認してくる碧へ、善郎は頷く。
「はい、すぐそこの道です」
車が細い通路を左へ曲がる。と、すぐに黒い車体が見え前方を塞いだ。
(読まれてたか!)
万事休すだ。
咄嗟に目を閉じると、碧の冷静な声が耳に届く。
「申し訳ありません、お嬢様。少しスピードを出しますよ」
車をバックさせ、さらに横道へと入る。
「ちょっと、碧どういうこと?」
前の座席を掴みながら喰いつかんばかりの勢いで尋ねるみのりをよそに、碧が脇道をひた走る。右へ左へと回りながら、根合寺よりさらに奥へと入っていった。
(どこが『少し』だ! 目が回る~!!)
山道でドリフトまでキメる碧の運転に、体調はすでに最悪だ。
「お嬢様、ドライブですよ。ドライブ」
「ド、ドライブ、ですか?」
吐き気を催しながら訊く真横で、金切り声が耳をつんざく。
「何がドライブよ! このままだと溿鎮に行っちゃうじゃない!」
みのりの言葉に、善郎は息を呑んだ。
(そ、そいつはいけねえ!)
溿鎮は獣人の住む地域であり、普通の人間には入ることなど許されない未開の地である。
「あ、碧さん! そ、そりゃいけねえって!」
善郎は席を立つ勢いで前の座席にしがみついた。
「そこまでは行きませんから……っと、ここもだめか」
短的に告げてきた碧がまたしても行く先を変えた。どこへ向かっているのかと苛ついていると、徐々に河原が見えてきた。
「か、河間の不知?」
茫然と呟くと、車が一軒の宿屋の前で急停車した。よく「黄金梅を守る会」の会合でも使う釜の屋だ。
「お嬢様、申し訳ありません。車を乗り捨てたほうがよろしいようです」
簡潔に結論づけ、碧が無線機のつまみを押す。
『お嬢様たちを発見しました。場所は溿鎮方面。繰り返します……』
なんだか思った以上に事は深刻なようだ。
(試練というよりは逃亡と言ったほうが近い気がするなあ)
これでは大分話が違うじゃないか。善郎は喚き出したい気持ちをどうにか堪え、溜め息に変えた。
「はあ~! ほんっとうに本格的ですなあ……」
後ろ頭に手をやって、軽く薄毛を摩る。先刻の乱暴な運転のせいで何度も天井に頭がつき、なんとなく頭皮がじんじんとしていた。
「なっ、まっ、待ってよ。乗り捨ててどうするのよ」
悪びれない碧に対し目一杯抗議したのはやはりみのりだ。だが、碧も碧で、いつものように落ち着き払った口調で応じてくる。
「先ほどのように二手に別れて、根合寺で落ち合ったほうがよろしいかと」
「二手に? ということはまた碧と紅が囮になるってこと?」
両目をしばたたき問い正すみのりの横で、善郎は口を挟んだ。
「それだとどちらかが捕まってしまいませんかね?」
「えぇ、おそらく……」
重々しく頷く碧に、それまで沈黙を守っていた紅が口を開いた。
「アタシ。お嬢さま、守る」
握り拳を作り、静かな決意のこもった声音で告げてくる。
それは無理だ。 善郎は別の提案をするべく口を開いたが、碧がそれより先に潤んだ瞳で紅を見つめた。




