頑固おやじ、更なる逃亡に巻き込まれる(朝川)
≪ 山波善郎視点 ≫
「あと、5分ほどしたらここへ到着するそうです」
携帯を切ったみのりが視線を向けてきた。
「え? もうですか? それはそれは……」
そんなことで大丈夫なのか、と内心で思うが口には出さない。みのりはそれをよそに無駄のない所作で腰を上げた。
「車で来るそうなので、玄関で待っていましょう」
「それはいささか目立つのでは……?」
善郎は居間を出ようとするみのりに懸念を示す。一抹の不安を胸に立ち上がると、みのりが自信たっぷりに断言してきた。
「大丈夫です。側近以外の囮を出したようなので、今はそちらを追っています」
そうか、それなら問題もなさそうだ。密かに胸を撫で下ろしていると、みのりが、それに、と微笑んでくる。
「黒い車だから目立ちませんよ」
「は、はあ……」
それではかえって目立つのではないだろうか。油汗をかきながらも直接異議を唱えることもできないまま、みのりの後についていく。玄関先へ行き、しばし無言のままみのりの側近たちが来るのを待った。
(く、空気が重い……)
話すこともなく沈黙を持て余す。と、ほどなくしてみのりの携帯が鳴った。
「もしもし、紅? ええ、わかったわ」
みのりが要件のみの短い会話を終え向き直る。
「山波さん、到着したようです。行きましょう」
「え? 俺もですかい?」
驚いているところへ、和子が台所から顔を出した。
「あら、もうお帰りですか? なんのお構いもしませんで」
「お邪魔しました」
みのりが丁寧にお辞儀をしたアド、薔薇のように華やかな笑みを見せてくる。
「もちろんです。このネバネバを成らせたのは山波さんなんですから」
「いやあ、こりゃまた……」
有無を言わせない微笑みに絡めとられ、善郎は語尾を濁した。まったく、厄介なことに巻き込まれてしまったものである。まいったなあ、と呟いていると、ふいにチャイムが鳴った。
「ちょっとご主人をお借りします」
「え? ええ、どうぞ」
みのりの言葉に、和子が首をかしげながらも承知する。そんな和子を尻目に善郎はゴム草履を履いて軽く声をかけた。
「じゃあ、行ってくる」
「はいはい」
返事をしてくる和子に頷いていると、みのりの携帯が再び鳴った。
『お嬢さま? 早く』
ドアの向こうと携帯から緊張を孕んだ声が聞こえ、ハウリングを起こす。みのりが「ええ、わかったわ、紅」と返答して、通話ボタンを切った。
「それでは失礼します。山波さん、急いでください」
みのりが勝手に引き戸を開け、腕を掴んでくる。
「は、はいぃ!」
善郎はそのまま引きずられるようにして外へ出ながら、玄関口で唖然としている和子へ向かい弱々しく手を振った。




