お嬢さま、追われる(高木)
≪ 梅宮みのり視点 ≫
先頭を行く山波のあとを紅が、最後尾を碧が務めた。みのりは、二人に守られる形でその間を歩いている。人ひとりがやっと通れるくらいの路地だ。その上、薄暗いため足元を見て歩かないと何かに躓いてしまう。
(これって本当に道なの?)
日が当たらないジメジメとしたこの場所から早く抜け出したい。追っ手から逃げることよりも、そちらの気持ち方が強くなっていた。しかし、殿を務めている碧は違うみたいだ。
「できるだけわかり難い道をお願いいたします」
こういうところが自分には足りていないところなのかもしれない。碧との違いを改めて知り、少しだけ気分が滅入る。
「はい。お任せくださいや」
少し開けた道に出た。追いかけてくる黒服たちの足音が徐々に大きくなって行く。
「いたぞ! あっちへ回り込め」
「おっと! そうはいかの塩辛っとね」
先ほどよりもさらに狭い路地へ入った。
「いかの塩辛? お嬢さま、どこ?」
山波のつまらない親父ギャグが紅には通じなかったらしい。真剣な面もちで振り返ってきた。
「紅、違うのよ。あの人は駄洒落を言ったの」
苦笑しながら答えてやると、紅が眉間に皺をよせた。
「駄洒落? なんのため? 必要ない」
普段、感情の起伏が少ない紅が珍しく苛立っている。みのりは、目を丸くして驚いた。それは碧にも言えた。紅のことなら即座に反応するはずの碧が、こちらの様子に反応することなく辺りを見回している。
「このような道があったとはー」
山波に連れてこられた場所は碧も知らなかったようだ。探検している子供のような顔つきになっていた。
「まあ、ここはガキの時から変わってませんからね。庭みたいなもんです」
自慢気に話す山波の足が突然止まる。そして前方から見えないようブロック塀に体を張りつけた。彼に倣いみのりも壁に張りつく。同時に、数人の走り去る靴音が聞こえてきた。
「どこだ、こっちへ出てくるんじゃなかったのか」
男たちの荒々しい声に息を呑む。
(見つかっちゃう!)
戦々恐々としていると、バタンというドアの閉まる音が耳に届いた。
(お願い、早く行って)
みのりは口に手を当てたまま、車が発進する音を待ちわびた。どのくらい経っただろうか。静寂さが戻り、みのりは抑えていた息を盛大に吐き出した。無意識に身体を固くしていたようだ。節々がギシギシする。山波が、そんなこちらを置いて再び動き出す。
(そんな急に動きだして大丈夫なの?)
みのりは強張った身体をほぐしながら慌てて山波の後を追いかけた。曲がり角を曲がったかと思うとまたすぐに別の路地へと入る。そこへ足を踏み入れたとたん碧が、感心したような声を出した。
「なるほどー。こんなに狭いと車じゃ中々入れませんね」
人ひとりがやっと通れるくらいなのだから当たり前だろう。それよりもいつまで歩かなくはいけないのか。みのりが疑問を口にする前に山波が応えてくれた。
「もうすぐです。この路地を抜ければ……」
彼の言う路地の終わりが見えてくる。しかしそれと同時に黒服の姿も見えた。
「しまった!」
山波は鋭い声をあげる。すぐ、他所の家の垣根に隠れるよう促した。車が走り去ったときに本家の者たちから逃げ延びたと思い込んでいたが、そうではなかったらしい。
(嘘でしょう)
男たちの気配が近づいてくる。みのりの頬を嫌な汗が伝った。やりすごすことはできないのだろうか。手足は急激に冷え、心臓の音がやけに早く聞こえてくる。
「ちくしょう! 先越されちまった!」
(これまでなの……)
膝をついてしまいたくなる気持ちをこらえていると背後にいた碧が、優しく左肩に手を置いてきた。
「お嬢様、僕と紅が囮になります」
緊張で冷たくなった身体にじんわりと碧の温もりが広がっていく。諦めるのは早いですよ、と言われているようだ。みのりは背後にいる碧に頷いて見せた。
(そうね。まだ、諦めるには早いわ)
心配そうにこちらを見てくる紅へ向かって微笑みかけた。
「お願いね」
「はい、お嬢さま」
みのりは着ている白いドット柄のついたブルーグレイのパーカーを脱ぎ、紅へと渡す。気休めかもしれないが、本家の者たちを欺けられるかもしれないと考えたのだ。ジーンズのロールアップを直しパーカーを着込んだ紅の姿は、さっきまでの自分と同じ格好になった。
「山波さん、お嬢様のことをよろしくお願いいたします」
洋服を交換している間に碧が垣根から前方を窺っている山波へと近づき、直角に腰を曲げた。彼の目が零れ落ちんばかりに開かれる。しかしすぐに背筋を伸ばし、お辞儀をしている碧へペコペコと頭を下げ始めた。
「は、はい! それはもう!」
碧は何度も頭を下げ続ける山波をそのままにして紅の手を取る。そして、では、と言い残して黒服に見つかるように路地へ出て行った。彼らが走り去ってできた風のせいか、あるいは独りになった寂しさからか。みのりは寒さを感じ、レースのついた白いチュニックの袖越しに腕を抱え込むようにさすった。
(捕まったらただじゃおかないんだからね)
みのりはだんだんと小さくなっていく彼らの足音を聞きながら心の中で強がりを呟いた。
「いたぞー」
どうやら目論見通りになったみたいだ。こちらへ近づいていた足音が止み、碧たちを追いかける音に変わった。




