お嬢さま、古文書を読む(高木)
≪ 梅宮みのり視点 ≫
梅の種から緑のほおずきを実らせた後、みのりたちは泊まっているホテルへと戻った。ひと心地つき、次のヒントを探すべく古文書の解読に勤しむ。目の前に影ができた。不思議に思い顔をあげる。紅茶のおかわりと紅のホットミルクを持ってきた碧が立っていた。
「次はどうなさるおつもりですか?」
碧はカップに注いだ紅茶をソーサーへ戻しながら、紅茶の横に置かれている箱へちらりと視線を向けた。みのりは抱えて読んでいた古文書を机に置き、箱へ手を伸ばす。
「このほおずきのペアになるものを捜すわ」
「ペア、ですか?」
「そうよ。ここを見て」
机に置いた古文書を碧へ見せるために引き寄せ、2つ目の文章を指差す。それは現代語とは違う独自の文字で書かれた文章だった。一族の人間ならば古文書の文字など、普通の文章を読むことと同じくらい簡単に読める。しかしながら自分は当主になりたくないが故に、その勉強から毎回のように逃げ出していた。そのためほとんど読むことができない。それでもなんとか最初の文章を読み解き、それをヒントに種を植え、ほおずきを取得することができた。このことからわかるように、次にどうするべきかは古文書に記されている。つまり2つ目の文章の通りにすれば良いというわけだ。
「もう解読できたのですか?」
やればできるじゃないですか、と言わんばかりの碧の口調に少しムッとする。だが、毎度のことだと自分に言い聞かせ、無視して先へ進むことにした。
「全部じゃないけど、2個目の文章はなんとなく読めたわ。要約すれば、種から発芽した物が集まれば次の道が開くって意味の文章だったわ」
碧はこちらの言葉に納得しつつ、でもと反論してきた。
「それだとペアではなく、種を新たに見つけて植えなければならないのではないですか?」
「そうとも言えるわね。でも、結局は同じことよ。種を一度発芽させた私には梅の香りを纏ってるはずだから、同じ梅の香りをした種を捜せば、おのずとそれがペアってことになるじゃないかしら?」
自信満々に応えると、碧が呆れたようにため息をついた。
「理屈的にはそうでしょうが、当てもなく闇雲に捜すおつもりですか? それがどんなに大変なことかお嬢様はわかった上でおっしゃっていると?」
嫌みったらしいが確かに碧の言う通りだ。だが、それ以外の方法が思いつかない。みのりは、彼を簡単に説得できる魔法の言葉を口にした。
「でもそれ以外に方法はないの。それにうちには紅がいるから大丈夫よ」
猪の獣人である紅は、普通の人間よりも鼻がいい。ほおずきのときも自分たちには感じ取れなかった匂いを感じ取り、種を植える場所を見つけてくれた。きっと今回も戦力になってくれる。みのりは期待していた。
「まぁ、僕の紅ですからね。もちろん大丈夫に決まっています」
紅さえ出せば、碧の懐柔などお手のものだ。先ほど自分が言ったことなど忘れたかのような彼の態度に内心でほくそ笑む。
「それで手始めにどこから捜すのですか?」
「とりあえず、明日もう一度墨良神社へ行こうと思うの。何かヒントを見落としているかもしれないでしょ。何より現場百篇って言うじゃない?」
「お嬢様、それは何の刑事ドラマですか」
ついこの間、テレビで言っていたのを思い出したから言ってみたのだが、碧はお気に召さなかったようだ。バカにするように、わざとらしく肩を竦めて見せる。そんな彼の態度に文句を言おうとしたが、紅の呟きに遮られた。
「現場百篇……お嬢さまカッコイイ」
今まで静かにホットミルクを飲んでいた紅が、瞳を輝かせてこちらを見ている。
「べ、紅? 今ののどこがカッコイイんだい?」
碧は、紅の思いもよらない発言に目を白黒させながら彼女へ詰め寄った。首をかしげて少しの間黙考していた紅が、ためらいがちに応える。
「……響き?」
「そ、そんなことでカッコいいと言われるのか……」
紅の回答に、碧はその場で膝をついてうなだれた。彼自身に向かって言われることのない言葉が、こんな簡単に聞けてしまうとわかれば無理もないだろう。いつも完璧な男が、10歳以上も年下の、しかも義妹である少女の言葉に翻弄されている光景はなかなかの見ものだ。
(いい気味だわ。すべてが自分の思い通りになんていかないんですからねーだ!)
みのりは、淹れて貰った紅茶を手に取る。カップの中を揺れる紅茶から爽やかなダージリンティーの香りが鼻孔をくすぐった。やけどしないようにそっと口に含む。突然碧が立ちあがった。
「それならば僕も!! ゥオッホン。あーあー。紅、現場百篇……。どうだい、カッコイイかい?」
落ち込むのも早いが、その分立ち直るのも早い。碧が、期待に満ちた眼差しを紅へ向けている。しかしみのりには紅の返答と、その後に続く彼の嘆きの声が容易に予測できた。
「兄さん、カッコワルイ」
「そ、そんなー、紅ー」
みのりは、予測通りに繰り広げられる二人のやりとりをBGMに、再び古文書の解読を開始させた。




