頑固おやじ、角に恐怖する
そわそわとしながら玄関の扉を開けると、和子が洗濯物籠を持ってやってきた。
「あら、今日は早いですねえ」
目を丸くして問われ、善郎は視線を逸らす。
「おう。そ、そうか?」
靴を脱ぎながら尋ねると、細君が含み笑いで答えてきた。
「ええ。うふふ」
「何がおかしい!」
照れ隠しに怒鳴りつけたが、和子は訳知り顔で首を振ってくる。
「いいえ、なんでもありませんよ。今お昼の支度してますから、もう少し待っててくださいな」
「お、おう」
くすくすと肩を揺らす妻を前に、善郎は顔を上気させて居間へ向かう。気を落ちつかせようと庭に出て、趣味である盆栽の手入れを始めてみた。近所に住む「黄金梅の実を守る会」の会長、赤里行次郎の勧めで三年ほど前からやり出したのだが。これがなかなかに奥が深い。今では盆栽をいじっている時が一番の憩いとなっている。
「うーん、ここをもう少し短くして……」
右手にハサミ、左手に盆栽を持って呟いていると、聞きなれたインターフォンが家に鳴り響いた。
「はーい」
細君が玄関へ出ていく。しばらくして、かしましい笑い声が聞こえてきた。
(なんだかやたら和やかじゃないか)
善郎は後ろを向いたまま、聞き耳をたてる。
「あら、飛田さんたら顔が赤いわよ? 風邪でもひいた? それとも花粉症?」
「いえ、今日は外回りだったものですから」
「あらやだ、そうなの? じゃあお水を用意しましょうねえ」
芽衣子の連れてきた男へ親しげに話す和子の様子に、善郎は小さく臍を噛む。
(あいつ、俺より先に知ってたな!)
まったく油断も隙もない奴らだ。飛田という名前らしいが、外回りということは営業職かなにかだろうか。軽く腹を立てながらも深く落ちついた声音の持ち主に、興味はますます深まっていく。
(いったいどんな男なんだ。最初はやっぱり厳しくしておいた方がいいのか?)
切りバサミをつかんだまま、善郎は対応に悩んだ。何事も最初が肝心だというが、何ぶん初めての経験で勝手がわからない。
(近所の評判ではかなりいい男だってことだが。いやいや、もしかしたら顔だけってこともあるしな……)
態度を決めかね固まっていると、背後から声がかかった。
「あの!」
おもいきったように声をかけてくる飛田に、善郎は振り返るタイミングを失う。しかたなく黙ってその場に佇んでいると、庭へ出てきた飛田が言葉を続けてきた。
「あ、あの、あの、あの!」
先ほどの落ちついた声音はどこへやら。うわずったように声を裏返す飛田に、善郎は内心で溜め息を吐く。
(俺の時のほうがまだしっかりしたもんだったぞ)
なんとなくふがいない奴だが、悪い人間ではないようだ。
(しかたねえなあ)
善郎は背後で、あの、と繰り返し言い続けている飛田の顔を拝もうと振り返る。と、飛田が音速とも思われる勢いで一礼してきた。
「娘さんを僕にください!」
刹那、彼の頭から鋭く重い幹のような何かが顔面へ迫り、左手に持っていた盆栽が割れた。
(なんだ、これは!? 角? 角ってことは獣人か!)
善郎はともすれば停止しそうになる頭で必死に状況を把握し、飛田を睨みつけた。
「お、お前! 俺を殺す気か!」
善郎が絶叫すると、飛田も顔を上げて否定する。
「殺す気だなんて! そんなつもりはありません! お義父さん! 僕はただ!」
飛田が感情のままに訴えかけてくるが、その度に角が振り回され善郎に襲いかかった。
「ふざけるな! お前のような獣人風情にお義父さん呼ばわりされたくないわ! 今すぐここから出ていけ!」
角を避けながら道路を指さすと、横合いから声がかかった。
「ひどいわ! 父さん! 飛田君になんてこと言うのよ!」
芽衣子が拳を握りしめながら詰め寄ってくる。消沈している飛田の背中へ手をあて庇うように前へ出てくる芽衣子に、善郎は喰ってかかった。
「うるさい! お前も一緒に出ていけ! お前らのような奴は顔も見たくない!」
怒りにまかせて捲し立てると、芽衣子の瞳にうっすらと涙が浮かぶ。
「何よ! そんなに言うならお父さんが出ていけばいいじゃない!」
一歩前に出て道路を指差す芽衣子に、怒りが頂点へ達した。
「なにおう!」
「何よ!」
仁王立ちしたまま睨み合っていると、飛田が困ったように間へ入ってきた。
「まあまあ、お二人とも、少し落ちついて……」
「お前に言われたくないわ!」
善郎は原因になった男へ一喝すると、踵を返し屋内に戻る。
「あら、もう食事できましたよ?」
和子が瞳をしばたたいて尋ねてきた。善郎は怒りにまかせて居間を突っきり、妻へ告げる。
「いらん! 出てくる!」
「そうですか。はいはい」
別段気にもとめていない態の和子に苛立ちながら、善郎は玄関で愛用のゴム草履を履き外へ出た。




