少年、朝からママとランデブー①
吉田太一は水色のパジャマ姿のままダイニングに入った。部屋に差し込み始めた日差しが、洗ったばかりの顔を照らす。寝癖だらけの頭を気にもせず、太一は朝食の準備を始めた。ドーナツのような形をしたお気に入りのシリアルに牛乳を注ぐ。独特の甘い香りが鼻孔を刺激した。
(もう! チャンネル変えておいてねって言ったのに……)
太一はリモコンを片手に、映像を切り替える。
(良かった。間に合った)
可愛らしくデフォルメされた12の星座が画面の中でくるくると回っていた。それほど占いを信じているわけではないが、毎朝このコーナーを見ているせいだろう。見ないで一日を過ごすとなんとなくしっくりこないのだ。
『今日のおうし座さんは何をやっても上手く行く日。でも調子に乗りすぎると失敗するかもしれないから気をつけてね!』
(やった! 今日の運勢1位だ)
「太一、おはよう」
テレビの画面に夢中になっていると、背後の扉が開くともに母親の声が聞こえてきた。太一は、朝から元気な声を出す母、一美とは反対にシリアルを口に含んだままおざなりに挨拶を返す。
「うはよう」
「もう、口に食べ物が入った状態でしゃべらない! それに朝の挨拶は『元気良く』でしょう」
近づいてきた一美へと視線を移すと、キレイに着飾った母親と目があった。腰に手を当ててこちらを睨みつけている一美に向かって、太一はもう一度朝の挨拶をする。今度は口の中のものを飲み込み、母親の希望通りにした。
「はい、おはよう。ってまだ、パジャマじゃない。早くしないと遅刻しちゃうわよ!」
満足気に頷くのもつかの間、一美がせわしなく移動しながら小言を言ってくる。しかし毎朝のように言われていることなので、太一は気にもしなかった。
「まだ7時半だから大丈夫」
遅刻しそうになれば、車で送ってもらえばいい。太一が呑気にそんなことに思っていると、一美が釘を刺してきた。
「そんなこと言って後で『ママ、送ってー』なんて言っても知らないからね」
「えー」
不平を言おうとしたが一美と目が合い、太一は続きの言葉を飲み込んだ。
(この顔はママが本気で叱るときの顔だ)
朝から説教などされたくはない。太一は半分以上残っている食事のスピードを速めた。
共働きをしている両親は何かと忙しい。外科医の父親、大は当直で昼頃帰ってくるのだろう。今朝は家にいない。昔から医療事務員として働いている一美とは、勤務先の病院で知り合ったと聞いたことがある。
(なんであんなに動けるんだろう?)
一美は太一に言いたいことだけを言うと、再び部屋を出て行った。仕事へ向かう前に家のことを済ませておきたいらしい。
「ふぁぁぁ、眠い」
太一は朝が苦手だ。今もできることなら、もう一度布団の中に入りたいと思っている。だから、朝からコマネズミのように働いている母親に毎日感心してしまう。牛乳でふやけきったシリアルをスプーンでつつきながら、そんなことを考えていると再びドアの開く音が聞こえてきた。太一は急いで、残りのシリアルを飲み干した。一美が出て行ったと同時に食事の手が止まっていたと、知られようものなら今度こそ頭に拳骨が落ちるだろう。それだけは回避したい。太一は、やっと食べ終えたと見せかけながら、母親の動向を探った。
(バレませんように)
しかし一美は、不安でドキドキしているこちらのことなど気にもしてないようだ。それどころか大事なことを言い忘れたと慌てた口調で話しかけてきた。
「太一! 今日おばあちゃんのお見舞いに行くから、学校が終わったら翔君の家で待っててね」
太一には、野木崎翔という親友がいる。小さい頃から家族ぐるみのき合いをしているため、双子の兄弟みたいな存在だ。
(カケルの家で待ってるの?)
学校の帰り道は、しょっちゅうカケルと寄り道をしながら帰る。だから、家に着くのはいつも遅い。だが、両親の方がそれを上回っているため帰宅時間が遅いことは知られていないはずだ。それなのにどうしてすぐに帰って来いと言うのではなく、カケルの家で待っていろと言うのだろうか。太一は母親の言葉に首をかしげながら、一美の言葉を繰り返した。
「ばぁちゃんところに行くのに、カケルの家に行っていいの?」
「だって、あんたたちいっつもグランドで遅くまで遊んでるそうじゃない? 翔君の家にお邪魔してれば、りっちゃんがいるし。安心だもの」
どうやら、帰りが遅いことを知られていたらしい。太一は内心、怒られるかなとビクビクしながら母親の顔色を窺った。
「ママが何も知らないと思ったら大間違いよ。下校時間をすぎてもいいけど、暗くなる前には必ず家に帰ること! いいわね」
「うん……わかった」
「よし」
一美は寝癖のついた太一の頭をくしゃくしゃとなでる。豪快になでられ、頭がもげそうだ。それでも構ってもらえて太一は嬉しかった。
「あっ、いっけない! 早く洗濯物を干さないと! そういうわけだから、今日は16時半までには翔君の家にいてね」
太一は、走り去るように食卓から出て行く母親の背中に向かって了承の意を唱えた。




