ドジっ娘、種を送られる
「小越さん。梅宮家及び梅八家はね、我が校のすべてを束ねているだけでなく、この街のすべての機関を担っているんだよ。彼女たち、特に現当主の美都子理事長はあらゆる方面において遣り手でね」
「それは、例えばどんなことですか?」
息を吐く松波を前に首をかしげると、今度は相田が口を開いた。
「つまり、この街の中枢機能はすべて彼女が掌握しているのよ。早い話が、美都子様について行けばこの先も黄梅市は安泰ってわけ。でも、やり方がたまに強引でね。もし、少しでも美都子様や彼女の一族に不利なことが起こったら、その原因となる人物や事物は完膚なきまでに叩きつけられることになるわけ。だから、美都子様の一人娘で、なおかつ次期当主であるみのりさんに注意したり近づいて親しくしようなんて人間は、この街にはいないのよ」
肩を竦める相田へ同意するように、松波や横澤が深々と頷く。
「でも……」
それではみのりがあまりにも孤独なのではないのだろうか。ふと、先刻会った上司の言葉が頭をよぎる。
『梅宮みのりを救うことが市民を古い因習から解放することになるんだ』
高松の言いたかったことはこのことなのだろうか。
(あの娘、今ごろどうしているんだろう?)
麻里は手元のグラスを見つめながら梅宮みのりのことを思っていると、斜め前のテーブル席からひどく耳障りな音が聞こえてきた。
「最近の若ぇ奴は何を考えてるのか、とんっとわかりませんなあ~! え~? 会長!」
黒塗りのテーブルを高く打ち鳴らしながら、背の低い壮年の男性がわめいている。
「善さん、もうそれくらいにしたほうが……」
会長と呼ばれる男性の手が、宥めるように上下していた。だが、七三分けの髪を振り乱した初老の男性は、その手を払い仏頂面の顔を寄せる。
「会長! 俺はね、ずーっとあれの幸せだけを願ってきたんですよ! なのにおかしいじゃないですかあ! 角ですよ? 角!」
「あーまあなあ……。けど、芽衣子ちゃんもお年ごろだからねえ」
「年頃も糞もないですよ! でしょう? 会長!」
黒いハイネックのシャツで涙を拭い酒を手酌でつぎ足しながら、男性は毒づく。ちくしょうこの野郎、とクダを巻き続けるその姿はなんとも哀れで。
「やあねぇ、酔っ払いは」
隣の相田が露骨に顔を顰めて同意を求めてくる。
「ええ」
麻里は彼女の言葉へ頷きながらも、どっちかと言うと彼と同じ気分だな、と密かに思った。
「うー、飲みすぎたあーははははは! 足、なんかふわっふわするう!」
爆笑しながらくてくてになって寄りかかってくる相田を、麻里は必死で支える。小柄な自分の身長では、長身の相田を受け止めるのはかなり難しい。
「しっかりしてください、相田さん!」
「んー、らいじょうぶうー!」
酔っ払いは嫌と言っていたはずの相田がこんなに酒癖が悪いとは。「花米」の扉からなんとか脱出したもののこれからどうしたらいいものか、と悩んでいると、背後から横澤の声がした。
「あの、よかったら送って行きましょうか?」
勢い込んで尋ねてられた言葉へ、麻里は咄嗟に首を横に振る。そうですか、と眉を下げる横澤を見ながら、横に振ってしまったことを後悔した。
(しまった! つい条件反射で!)
自己嫌悪に陥っていると、横澤が肩を落として、それじゃあ、と帰っていく。
「横澤先生……、もしかして相田先生のこと……」
もしそうだったら、自分はとんだ邪魔をしてしまったのかもしれない。それに何より、この困難極まりない状況から逃れられる絶好の機会だったのに。溜め息を吐いて駅までの道をなんとか歩く。生活費には少々響くがしかたないと腹を決めタクシー乗り場まで行くと、開かれたドアから相田を押し込みタクシーへ乗り込んだ。
相田を無事家まで送り届け、麻里は寮までの道のりを運転手に告げる。坂の手前で降ろしてもらうとお金を払ってから寮に戻った。郵便受けを覗こうとしていると、背後の小さな受付から寮母さんが顔を出してくる。
「小越さん、お帰りなさい。あなたに荷物が届いてますよ」
「え? そうなんですか?」
いったい誰からだろう。
首をかしげていると、手のひらサイズの小包を持って寮母さんが戻ってきた。
「はいこれ。郵便受けに入らなかったからって言われたから預かったんですけどね」
事情を説明しながら小包を手渡してくる。まばたきを繰り返しながら受け取り目を瞠った。宛名のところに、達筆な文字で高松悟と上司の名が記されている。
(もう、なんでこんな回りくどいこと……)
麻里は内心でぼやき、心の底から深い溜め息を吐いた。
重い足を引きずりながら、部屋に帰る。小包を一まずテーブルの上に置いて、風呂へ直行した。今日できてしまった心の澱は、ぜんぶ洗い流してしまおう。麻里はたっぷり一時間をかけて全身を磨く。風呂場を出て髪を拭きながら腹を括って小包を開けると、中から小さな青い箱と書類が出てきた。
「なんだろう? これ」
訝しみながら、青い小箱を開ける。するとそこには、親指の爪くらいの大きさをした種が入っていた。麻里は種を取り出すと、おもむろに光へかざす。種は角度によってその色を変えた。
「梅の種……よね?」
色のことは謎だが、その形は確かに梅の種そのものだ。麻里はひとしきり観察すると、今度は書類に目を通す。そこには、この不可思議な種の活用法が事細かに書いてあった。麻里は書類を読み切って、がっくりと肩を落とす。
「また厄介な物を……。さっきの秘策って、これのことだったのね」
せっかく風呂に入ってリフレッシュしたのに台なしだ。麻里は種を横目にテーブルへ突っ伏して、自身の不幸を嘆くのだった。




