ドジっ娘、上司から話を聞く②
「黄梅市では、雪姫という雪を操る天女がいた、と信じられている。その天女がどんな願いでも叶うと言われる『黄金梅』という梅の実をもたらし、人々を守ってきた、と。まあ、そんな理由からだ。そこまでは君ももう知っているだろう」
「はい」
麻里は高松の言葉に首肯した。
「だから人々は『黄金梅』を護る一族、つまりは梅八家のうち、とりわけ雪姫の生まれ変わりと呼ばれる梅宮の長女を特別に信仰しているんだ」
「はい、存じております」
返答すると、高松は硬い表情で頷いた。
「つまり、黄梅市は『黄金梅』という妄執にもう何百年も囚われたままだということなんだよ」
「はあ……」
本当にそうだろうか。自分が見た限りでは、街の人々や学園の生徒たちもみな幸せそうに見えた。高松の話を聞きながら小さく首をかしげていると、高松がさらに言葉を続けてきた。
「とりわけ、あの梅宮の次期当主は心配だ」
「梅宮みのりがですか?」
眉を潜めると、高松は窓辺に目をやる。
「彼女が一番の犠牲者だと私は思う。彼女も『黄金梅』に疑問を抱いているのだろう。だからこそ、家出を決行したんだよ。私には彼女の痛みがよくわかる」
「はあ……」
高松の言葉へ、麻里は曖昧に頷いた。彼に複雑な乙女心がわかるとは到底思えないが。それでも、何かに必死で耐えている様子のみのりと今の高松の表情は、よく似ている気がする。
「つまり、梅宮みのりを助け出すことこそが真の目的というわけですか?」
尋ねると、高松がかぶりを振った。
「それだけでは駄目だ。あの市を解放し、市民をあの悪習から目を覚まさせなくてはならない」
「それはつまり、『黄金梅』を失くす、ということですか?」
ためらいがちに尋ねると、高松は窓辺から視線を移してきた。
「いや、そうじゃない。ただ梅の実信仰はあくまで過去のものだとわからせなければならないんだよ」
麻里は返答に困って沈黙した。なぜ梅の実信仰を過去のものとすることが、梅宮みのりの幸福に繋がるのだろう。返事に窮していると、高松が微笑した。
「俺は君なら梅宮みのりの気持ちを汲み、彼女を孤独から救い出すことができると確信しているんだよ」
眼鏡越しに柔らかく細められた瞳を見て、麻里はまばたきを繰り返す。
「私が、ですか?」
「ああ。君ならできる」
力強く頷いてくる高松に、麻里はしばし黙考した。
(私が、あの子を孤独から救い出す?)
正直、よくわからない。第一、梅宮みのり本人がそんなことを望んでいるかどうかも定かではないのだ。
「彼女を孤独から救い出すのならば、やはり『黄金梅』を失くす必要があるのではないでしょうか?」
戸惑いがちに尋ねると、高松は首を左右に振ってくる。
「それは良くない。私は黄梅市の人たちが自由に、そして今よりもっと豊かに暮らせるよう、その手伝いをしたいんだよ。そのためにはあの街の鎖国状態を解除し、『黄金梅』を失くすのではなくより良く利用するのが一番なんだ」
高松が真剣な面持ちで答えてくる。麻里はその瞳をじっと見つめ返した。
「わかりました。私はまだ覚悟が足りなかったようです」
麻里は上司を見つめたまま、はっきりと自らの意志を告げる。
「これからは室長のおっしゃる通り、梅宮みのりを救うことを目的として動くことにします。彼女に寄り添い、『黄金梅』をよりみなの幸福のために使用すべきだ、ということを理解してもらえるよう努力したいと思います」
姿勢を正し一気に決意を語ると、高松は重々しく頷いた。
「よろしく頼むよ。彼女を、そして黄梅市を救うことは君にしかできない」
「はい」
麻里は答えて一礼する。そのまま退出しようと踵を返した時、ふと小さな疑問が湧いた。
「あの……」
「何かな?」
デスクに座りかけていた高松が顔を上げる。
「室長はなぜそこまで梅宮みのりと黄梅市のことをご存じなんですか?」
素朴な疑問に対し、高松が長い溜め息を吐いた。
「そうだな。あそこの一族とは少しばかり繋がりがあるんだよ、とだけ今は言っておくかな。いずれわかる時が来るだろうからね」
「はあ」
麻里は首をかしげて高松を見つめる。だが、そのまま口を閉ざしてしまった上司を前に、それ以上の詮索は無駄だと思い直した。
「では、失礼いたします」
麻里は今一度礼をし、視線を逸らして遠い目をする高松を残して、室長室を後にした。
廊下を歩いていると、携帯が鳴った。液晶の表示を見て眉を顰める。それは今の今まで会っていた人物、高松室長からのものだった。麻里は訝しみながらも着信を取る。
「はい」
警戒しながら返答すると、携帯の向こう側からいつもの声が聞こえてきた。
『やあ、すまないね』
「なんでしょう? もう一度お部屋へ向かったほうがいいですか?」
来た道に目を向けて問うと、高松が否定してきた。
『いや、大丈夫だ。それよりも肝心なことを言い忘れていてね』
もったいぶった言い回しに、少しだけいらつく。
「なんでしょう?」
極力平静を装って尋ねると、高松が苦笑の混じった声音で言葉を紡いだ。
『いや、実はね。本家や学校に仕込んでおいた盗聴器が何者かによってすべて無効化されてしまったんだよ』
上司の言葉に麻里は息を呑んだ。学園に盗聴器を仕掛けたのは他ならぬ自分である。
「すみません」
素直に詫びると、怪訝そうな声が返ってきた。
『なぜ謝るんだい?』
「学園に盗聴器を仕掛けたのは私ですから。できるかぎりばれないようにと用心したつもりだったのですが甘かったようです」
反省を込めて返答するが、ああそれか、と高松が口を開く。
『君が仕掛けた分なら、初日にすべて無効化されてしまったよ。だから問題はない』
さらりと告げられ、一瞬思考が停止した。
「そ、それは本当ですか?」
慌てて問うと、ああ、とあっさり肯定される。
『まあ、前回のも今回のも、おそらく梅宮みのりの側近あたりにやられてしまったのだろうから、しかたがない。あの学園は梅八家にとっても重要な場所だから』
「はあ……」
もしかして、慰めてくれているのだろうか。
(まさかね)
何度も失敗ばかりしている自分を慰めても、なんの得にもなりはしないだろう。むしろ呆れすぎて、もはや叱る余力も残っていないというほうが頷ける。
(怒られているうちが花って言うものね)
肩を落としながら上司の言葉を待つと、高松がとにかく、と言葉を続けてきた。
『盗聴器が無効化されたおかげで、今現在梅宮みのりの消息は完全に途絶えてしまったと言っていい』
「はい。あの、ではいったいどうすれば……」
ためらいがちに尋ねると、上司は愉快げな声で問いに答えた。
『実はそれに関しては一つだけ秘策があるんだよ』
「え?」
高松の言葉に麻里は眉根を寄せる。
「それは、いったいどのような?」
首をかしげなから尋ねると、高松が、たいしたことじゃないよ、と告げてきた。
『要するに、私の気持ちを受け取ってもらいたいだけだから』
「はあ……?」
気持ち、とはどういうことなのだろう。眉間の皺を深くしていると、高松の失笑が聞こえてきた。
『深く考える必要はないんだ。君はいつも通りにすごしてくれ。くわしいことは寮に戻ればわかるだろうから』
「……わかりました」
釈然としない気分のまま答えると、それじゃあ、と高松が通話を切ってきた。
(もっとちゃんと言ってくれればいいのに)
本当にうちの上司は人が悪い。麻里は溜め息を吐いて携帯を胸ポケットにしまうと、オフィスを目指して歩き出した。




