主婦、庭いじりをする②
(何かあったのかしら?)
可愛らしい顔をした女性が、短い髪を振り乱しながら辺りをキョロキョロと見回している。誰かを捜しているようだが、見つからなかったらしい。肩を落として来た道を戻って行ってしまった。
(もしかして、別れた彼氏を追いかけにきたとか? いやーん、ロマンチック。あっ、もしかしてさっきの若い男の子が彼氏だったりして。年下の彼氏ね。てことは、あの子は登校拒否じゃなかったのね)
諦めきれないのだろう。着た道を戻りながらもまだ捜し続けているみたいだ。
(彼氏が通ったことを教えてあげた方が良いかしら? ああ、でも突然知らない人間に声をかけられたら不信に思う可能性もあるわよね)
門扉に手をかけて躊躇していると、家の中から電話の音が聞こえてきた。
「あー、もう! こんなときに電話なんて……。でも同じ方向へ向かっているんですもの、きっと会えるわよね」
律子は、そう結論づけ、手袋を外しながら家の中へ入る。
「はい、もしもし」
『もしもし、律ちゃん?』
受話器を取ると、柔らかな女性の声が聞こえてきた。声の主は、キツネの獣人の家へ嫁いだ夫の姉、狐塚直実だ。
「あ、お義姉さん!! この間は土、ありがとうございました」
彼女こそがガーデニングに目覚めたキッカケを作ってくれた人であり、師匠とも言える人だ。初めて義姉に会ったのは、誠と結婚すると報告しに行ったときだった。誠と婚約するまで獣人の知り合いがいなかったため、黄梅特有の風習から獣人という種族を敬遠していた。しかし、義姉夫婦に出会いそれが覆される。彼らは自分たちとなんら変わらないと知ったのだ。確かに人間とは違う容姿をしていたり、獣の耳や尻尾突然出現させたりして驚かせる。だけどそれは個性として捉えることができる範疇だ。人間だってみんなが同じではない。そのことに気がついたとき、律子は今まで自分がしてきた行動を恥ずかしく思った。
(それでも大っぴらに獣人の親戚がいます。なんて言えないのが少し切ないわよね)
他の場所に比べ獣人たちの差別が少ない根株でさえ、獣人を敬遠している者がいると聞く。義姉夫婦のように獣人と人間の異種族婚でできた家族が多く住んでいる根株の西側はそうでもないようだが、自分たちの家がある東側には、黄金梅を守っている梅宮が経営している私立黄梅学園がある。そのため当主がいる梅宮家や梅八家と呼ばれている分家筋を崇めている人も少なくない。学園や梅宮が先導して獣人を差別的に見ているわけではない。現に、郵便事業や救命関係、それ以外にもたくさんの職種に獣人たちの手を借りている。それなのに黄梅市には獣人たちを忌み嫌う風習が未だに根強く残っていた。ご近所と上手くつき合うためには、この手の話題には触れないほうがいい。地域特有の暗黙のルールに顔をしかめていると、受話器から不安げな声で名前を呼んでくる義姉の声が聞こえてきた。
『……律ちゃん?』
義姉と電話中だったことをすっかり忘れていた。律子は慌てて言葉を紡ぐ。
「お、お義姉さんにもらった土に変えたとたん、うちのお花さんたちがすごく元気になった気がします」
『本当? それなら良かった』
嬉しそうな義姉の声に、眉間の皺も取れた。きっと受話器の向こう側で、自分が憧れてやまない栗毛色のふわふわな髪の毛を揺らしながら笑っているのだろう。
「はい! 本当にありがとうございました」
義姉の家の庭には絵本から飛び出したかのような、色とりどりの花々が咲き乱れている。中肉中背の自分より一回り以上小さい彼女のどこにそんな体力があるのかと不思議に思うほど、彼女は可愛い見た目に反してパワフルだ。
『実はね、あの土の中に、阿田御神社の清め土が入っているの』
「へぇ、そうなんですか。だから、お花さんたちが元気になったんですね。すごいなぁ、清め土」
義姉の言う清め土とは、願い事が叶うと言われている黄金梅がある森の土と同じくらい神聖なものだ。そんなご利益のある土だからこそ、花たちも元気になったのかもしれない。
「あ、そうそう、さっき植え替えした鉢の中にその土を入れたんですよ」
『そうなの? じゃぁ、そろそろ土もなくなるんじゃない?』
「あー実は、そうなんです。今日使い切っちゃって……」
言っている途中で新しい土を強請っているように感じ、声が先細る。
『だったらちょうどいいわ。清め土もうちにまだあるし、敬暁さんの実家からお野菜たくさん頂いたの。近いうちに遊びに来て』
強請るつもりはなかったのだが、もらえるとなると話は別だ。律子は直実の言葉に飛びついた。
「いいんですか!! わぁ、ありがとうございます。近いうちに必ず」
鼻息を荒くして応えると、くすくすと楽しそうに笑う義姉の可愛らしい声が聞こえてきた。




