主婦、お世話をする①
直実との電話を終え、律子は再び庭へ出た。置きっぱなしになっていた残りの草を、ピンクのスコップを使い袋の中につめ始める。
「これでおしまいっと」
そろそろ子供たちが帰ってくる頃だろう。つめ終わった袋を結び、スコップを片付けようと手にすると、「ただいまー」と言う息子の声が聞こえてきた。律子は、スコップを持ったまま彼らを出迎えるべく門扉へと足を進める。
(いつものことながら、今日もすごい汚れっぷりね)
帰ってきた翔の出で立ちに目を丸くする。ボタンが外された桜色のブレザーからは茶色く染まったシャツが見え隠れしていた。ズボンにいたっては、砂にまみれて白くなっている。長女の萌のときは、こんなに制服を汚して帰ってきたことはなかった。やはり男の子だからだろうか。
(洗濯のしがいがあるってもんね)
スコップを物置にしまい、玄関へ足を踏み入れたところで後ろからついてくる息子たちを止める。
「あっ、あんたたち、そのままお風呂へ直行しないさい。太一君の着替えもちゃんと置いておくから、洗濯カゴに入れておくのよ」
あんな格好で部屋へ入られたらたまったものではない。律子は、二人の返事を聞く前に、急いで家の中へ入った。エプロンを外しながら洗面室へ向かうと、もうすでに子供たちが入った後だったようだ。ドアが閉じられていた。
「失敗したわ先に手を洗わせてもらえばよかった……」
耳を扉にくっつけ、中の音を聞く。
(あの子たちの着替えだって用意しないといけないのに……まぁ用意といっても、翔の服なのでジャージを出すくらいなのだけど)
自分で自分に突っ込みを入れ苦笑していると、風呂場のドアが閉まった音が聞こえてきた。
「入るわよー」
脱衣場にもなっている洗面室に聞こえるように声をかけながらそっと洗面室の扉を開ける。近頃無断に中へ入ろうとすると、本気で怒ってくるのだ。
(まったく誰がおむつを換えてあげたと思ってるのかしら?)
そういう年頃になったのかと、息子の成長を嬉しいと思う反面、少し寂しさも感じてしまう微妙な母心だ。律子はそんな気持ちを洗い流すかのように、石鹸で手を洗った。
「さて、あとは急いでホットケーキを作らないとね」
早くしないと、お腹をすかせた子供たちが風呂から出てきてしまう。着替えとタオルを籠の中に入れて洗濯機を回し、足早に台所へと向かった。
食器棚にかかっているエプロンを身につけ、常備してあるホットケーキミックスを取り出す。作り慣れているため、すぐにできるだろう。ボールに材料を入れかき回し始める。あっという間にタネができた。あとは焼くだけだ。フライパンを火にかけ、バターを落としてホットケーキを焼き始める。甘い香りが鼻をくすぐった。キツネ色に染まったホットケーキを3枚ずつ皿に乗せ、テーブルへ置く。ほどなくして翔たちが出てきたようだ。息子の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「お母さん、太一の腹がうるさいから、このホットケーキ食べてもいい?」
からかいを含んだ翔の声を追いかけるように、太一の腹の音が鳴り響く。
(太一君の腹の虫はすごいわね)
ずっと鳴り続けている太一の腹の音に感心しつつも、律子は顔を赤くしている彼が可愛らしく見えて我慢できずに笑ってしまった。調理道具の片付けを終え、夕飯を何にしようかと考えていると洗濯乾燥終了のアラーム音が耳に届く。皺になる前に洗濯物を取りに行こう。律子が、エプロンを外しながら洗面室へ向かおうとすると『ごちそうさま』という子供たちの声が聞こえてきた。
(あらやだ、もう食べ終わっちゃったの? 足りたかしら?)
不安に思い、子供たちのいる食卓のほうへ向かう。だが、それは杞憂だったようだ。紺色のジャージを着ている太一が幸せそうな顔をしてお腹に手を当てていた。その姿に笑みがこぼれる。その横を、ダークグレイのジャージを着た翔が横を通り抜けた。食べ終えた食器を片付けに行くのだろう。
「翔、お皿は流し台に置いておくだけでいいわよ」
わかった、という息子の声を聞き、律子は太一へ視線を向ける。手持ちぶさたになったのか、こちらを見ている彼と目が合った。
「太一君、お腹いっぱいになった?」
「うん。おばちゃんの作ったホットケーキはおいしいね」
市販の物を使っているため、厳密には混ぜて焼いただけだ。誰が作ったとしても同じ味が出せる。それでもおいしいと言われると嬉しいものだ。律子は満面の笑みを太一へ向けた。
「ありがとう、太一君。翔なんて、『おいしい』なんてなかなか言ってくれないのよ」
大人気もなく不貞腐れるように言うと、太一が困ったような笑みを浮かべる。
「あ、ごめんごめん。そんなこと言われても困っちゃうわよね」
何も考えずに出してしまった愚痴を、愛想笑いで誤魔化した。
(翔の友達に愚痴ることじゃないわよね)
心の内で反省していると、翔が戻ってきた。
「太一、俺の部屋に行こうぜ!」
用は済んだとばかりに太一を連れてさっさと出て行こうとする息子の姿に、目を見開く。
(いつもなら自分の部屋なんて行かないで、私のそばにいるのに。友達がいるからってかっこつけるのかしら)
あまり見ることのない息子の姿に、自然と顔をほころばせた。律子も洗濯物を取りに彼らの後をついていく。階段をあがっていく太一の後ろ姿に声をかけた。




