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第6話「勇者と山賊」

 薄暗い部屋にろうそくの灯りだけが揺れている。

 勇者が椅子に座っており、肘掛けの代わりにテーブルを使っていた。すぐ脇にはアリス。

 その周りを村人たちがあるいは立ち、あるいは座り――座ると言っても椅子ではなく床の上に膝を折っている。老いも若きも男女の区別もなく、とにかく全員が集まっていた。

 勇者は機嫌が悪いことを隠そうともせず、むしろ見せつけるように椅子の上でふんぞり返っている。

 周囲をぐるりと囲む村人たちへ答えた。二度目だった。

「断る」

 場を取り繕うために笑顔を作っているアリスだがそれがなにがしか効果をなしているようには見えなかった。

 彼女は素早く振り返り小声で詰問する。

「どういうつもりですか。この人たちは困ってるんですよ!」

 魔王を討ち滅ぼすことが勇者の仕事ならば、人々を救うこともまた勇者の仕事である。

 だというのにそんなことが俺に関係があるのか、とでも言うように言い放つ。

「だから」

 アリスにも村人たちにも視線を向けない。

 勇者はテーブルをコツコツと叩く自分の人差し指の動きをじっと見ていた。

「ゴブリンや竜には情だなんだと言って人間は助けないつもりなんですか!」

 どうにか声を低く抑えているが今にも爆発しそうな強い語調だ。頬が紅潮している。

 勇者は一つ息を吐き、それから立ち上がった。

 目の前にたつアリスを押しのけ村人たちの間近に立つ。

ぐるりと彼らを見渡す。視線が彼に集まる。一瞬、静寂。

 そして、

「気に入らねえなあ! 山賊退治だあ!?」

 いきなり声を張り上げるものだから驚いて後ろへ退り、中には尻餅をつく者もいた。

「揃いも揃って被害者面しやがって!」

 勇者は手近にあった別の椅子を蹴り上げた。思いきり。壁にぶつかってバラバラに砕け散った。誰かが小さく悲鳴をあげる。

 勇者の顔に意地の悪い笑顔が浮かぶ。

「……まあ、どうしてもって言うんなら」

 テーブルに飛び乗ると村人たちを指差し始める。

「それとそれとそっちのも」

 年の区別なく女ばかりを選び、中には年端のいかない子供も選んでいる。

 不意に跳躍し、勇者は村長の目の前に着地した。

「この女どもを寄越すってんなら退治してやってもいいぞ、山賊をな」

 村長は言葉に詰まる。逡巡があった。。

 代わりに別の所から声があがる。

「この人でなし!」

 誰かが声をあげるとそれに釣られて次の声があがり、堰を切ったように非難が始まった。

「あんたそれでも勇者か」「鬼だよ」「恥知らず」

 声は声を呼び、とどまるところを知らない。そう思えた。

 しかし、

「うるせえ」

 それはひどく静かで落ち着いた声だった。だが体の芯から凍り付くような凄まじさがあった。

 途端に水を打ったように静かになる。

 黙ろうとしてそうなったわけではない。


 動かそうとしても口が動かないのだ。息をすることすら苦しく感じさせた。

「今さらなにを。山賊にやるのも勇者にやるのも同じ事だろう。違うか?」

 勇者の問いに答える者はいない。

 そもそも山賊と村の関係は用心棒のそれであった。

 山に魔物が住みつき、そのため山仕事ができず村人たちは途方にくれていた。

 そんなある日、彼らの前に現れた山賊が魔物を追い払うかわりに食料を、と持ちかけてきたのだ。

 村人たちは喜んでこれに応じ、山賊は見事魔物を追い払った。

 とはいえ彼らには不安がある。またいつ魔物が住み着くとも限らない。

 だから彼らは請うて山賊を引き留めた。

 酒食を与え、女を貢ぎ、山に住み続けるよう頼んだのだ。

 何年も、何十年も経ち代がかわっても彼らの関係は続いた。

 山賊は山から魔物を追い払い村人たちが山仕事をできるようにし、その見返りに村人たちは山賊の衣食を提供する。

 山賊も村人もない良好な関係だった。

 しかし魔王軍が起こり人間との戦争が始まると魔物どもは活発化し山賊の中にも戦いで死ぬ者がでてきた。

 だが山賊に比べ矢面に立たない村人たちはそうした変化に鈍感であった。死者がでれば式をあげ涙を流しこそすれ、それ以上でも以下でもない。

 次第に山賊たちの不満はつのり、とうとう爆発すると彼らはさらなる見返りを要求する。 これまで以上の食料、酒、女。

 しかし鈍感な村人たちにはそれがあまりにも突然かつ傲慢な要求に思えた。対する山賊たちにとっては仕事に対する当然の要求である。

 しょせん魔王軍と人間との戦いなど遠い西の国での出来事でしかない村人たちにとってそれに伴う凶暴化が理解できるはずもなく両者の認識に大きなズレが生じていたのだ。

 ここまでならあるいはほかの道もあったかもしれない。

 しかし折しも山賊の頭は変わったばかりであり、逆に村の実力者は先代の時と変わっていなかった。

 そのことがよくない結果をもたらしたと言えよう。

 互いの要求について話し合いの場が持たれることになった。


 山賊の新しい頭領マシーアスは部下二人を引き連れ山を下りた。どちらも彼とそう変わらない若い男だ。

 マシーアスが村に着くとさっそく話し合いが始まる。

 日暮れまで続いたにも関わらず平行線のまま何も変わらなかった。

 魔物に対する認識の違いというより村長たちには変わったばかりの新しく若い頭領マシーアスを軽んじているところがあったし、またマシーアスも交渉が下手で退くということを知らなかったから進展のしようもない。

 そのうちに六人の中の誰かが声を荒げた。誰が、どうして、それを覚えている者はいないし、今となっては意味がない。

 瞬く間に話し合いは口論に変わる。 村長たちは勢いに任せてマシーアスをひどく叱責した。

「先代の時はこんな横暴なことはなかった」「若いくせに欲をかいて」「山賊風情がお上に睨まれずにのうのうと暮らしていられるのは誰のおかげだと思っている」

 勢いにまかせてまくしたてた彼らは激昂した様子で話し合いの席を立つ。

 しかし侮辱されたマシーアスの憤慨はその比ではない。

 村人たちが寝静まった夜半、マシーアスは手下と共に村を急襲した。

 これまで魔物との戦いで死んだ仲間と同じになるように八人だけ殺すと彼らは引き上げた。

 報復。短慮な報復である。

 しかしこれで引き下がらず、いよいよ両者の溝は埋めがたく決定的な対立となったのだ。

 明けた朝、ひとりの村人が勇者たちを連れて帰ってきた。山賊を退治させるために。

 話し合いのそれより前に彼らは次の手を打っていたということだ。

 これが事実であり、勇者たちが聞かされていたものとは大きく異なる。一方的な虐殺と聞いていた。

 だから怒っているのかと言えばそういうわけではない。

 さんざん利用して最後は都合よく悪者に仕立て上げ、のみならず自らの手は汚さない。

 その姿勢が気に入らないのだ。

「そういうわけだ。じゃあな」

 背中を向けて立ち去ろうとする勇者の前に少年が腕を広げ立ちふさがった。

「なんでだよ、勇者なんだろ! あいつらをやっつけてくれよ」 必死に訴える子供にまるで関心を示さずに横を通り抜けかけた勇者の足が止まる。

「父ちゃんと母ちゃんの仇を討ってくれよ!」

 わずかだが勇者の目の色が変わった。

 振り返り少年を見据える。

「仇討ちってのは他人にやってもらうもんじゃあねえだろ」

「だけど相手は大人で、俺には力がない。でもあんたなら」

 十になるかならないかの少年である。相手は大人であり戦いになれた山賊なのだから彼の言うとおり自分で仇討ちをするのは難しい。

 それでも勇者は厳しかった。

「今日が無理なら明日。明日もだめなら明後日。そうやって機会を待つのが復讐なんだよ」 しゃがみこみ目線を少年と合わせる。

「力がないだの言い訳する前に自分で、自分の手で殺してやろうって気概はねえか」

「ある」と答えかけた少年が思わず口をつぐんだのは勇者の鋭い目があまりにまっすぐに自分を見ていたからであった。大人からこれほど真剣な目を向けられたことはない。

 なまなかの覚悟で答えるべきではないと少年は思った。

 殺したいという思いと、殺すという行為には天地以上の差がある。

 ほとんどの人間が抱いたことのある感情だが、ほとんどの人間はそれをしたことがない。

 それはその感情がそこまで切迫したものではないということもあるだろうが、殺すことへの畏れが思いとどまらせるのだ。

 法や良識ではなく恐怖が殺しをさせないたがとなる。

 事実、少年には畏れがあった。

 少年に力はない。が、それは口実である。

 例え親の仇だろうと自分の手で殺すことの恐怖が勝っていた。だから言い訳をして人に頼んだのだ。

 それを勇者に見透かされていた。

 少年は考える。これでいいのか、と。

 仇も討てず、まして恐怖に負けて逃げたことすら自覚しない言い訳に頼って、それでのうのうと生きていくのか。

 首を振る。顔をあげまっすぐ勇者の目を見返した。心底から覚悟がこみ上げてきた。

「俺が、俺の手で、マシーアスを殺す」

 勇者は少年の目からその覚悟を読みとるとかすかだが口の端を持ち上げた。

「そうだ。その覚悟があるのなら俺は力を貸そう。有象無象の山賊ばらを打ち倒し、お前の眼前へその男を引きずりだしてやる」

 村人たちには気が狂っているとしか思えなかった。年端もいかない子供に殺人を強要しているのだから。

 当然、『常識』のある彼らから罵声が飛ぶ。

「なにを考えているんだ」「なにが勇者か」「気が触れてるよう」

「黙れ!」

 それは勇者の声ではなかった。彼が口を開くより早く少年が叫んでいた。

「俺が決めたんだ。俺が俺のために仇を討つって。たとえ手を汚したってやらなきゃあいけないことなんだ」

 きっぱり言い切られてしまえば大人たち返す言葉はなかった。


/*/


 勇者たちは少年の家に集まっている。見張りをしていたサシャたちも戻ってきていた。

「まず敵を知らなきゃあならない」

 そう言うと少年に目配せして話を促す。

「山賊は三十人くらいいるよ」

「三十人も」と驚くアリスを勇者は鼻で笑う。

「ものの数じゃねえよ」

「そんなこと言ってゴブリンにはびびっていたじゃないですか」

「あれはやり合う気がなかっただけだっつうの」

「言い訳ですか?」

「ああ!」

 なぜかにらみ合い火花を散らす二人。

 というのもアリスは反対だった。

 村人は助けないのに仇討ちになら手を貸す勇者の思想にも、少年が手を下すことにも。

「仇討ちは権利じゃあない。義務だ!」

「そんな古い考えのために子供に人を殺させるんですかっ」

「歳や性別の問題じゃあない。誇りの話だ」

「それが古いって言うんです。傷つけられから傷つけ返す。そんなことをしたってまた自分に帰ってくるだけじゃないですか」

「なら魔族を殺すのをやめろ。それができないなら綺麗事を言うな」

「それは……」

 一瞬言いよどむ。が、振り払うように声を張り上げる。

「関係ないじゃないですか。人間の話をしているんですから」

「都合のいい理屈を!」

 いつにない本気の口論だった。

 言い争うことは珍しくもなく、アリスが怒って声を荒げることも度々あった。

 しかし勇者のほうは冷静というか、ふざけているというか。なんにせよ同じように大きな声をだすということはなかった。

 だのに今回はむしろ彼のほうが熱くなっているよう見える。

「やって後悔するかもしれない。だが、仇を討ちもせず家族の誇りを取り戻さないまま目を背けて生きていくことが正しいと言えるのか」

「やって後悔すればいいですむ話じゃないから!」

 ますます加熱し、もはやいつ手がでてもおかしくない状況になれば仲裁するしかない。

「落ち着けよ、二人とも」

 サシャが割って入った。

「アリスだって山賊を野放しにしておく気はねえんだろ。ならその話はあとだよ、あと。こうしているうちにまた襲ってくるかも知れねえだろ」

 アリスは山賊退治自体を反対しているわけではないのだからサシャにそう言われれば矛を収める。

 二人の話を黙って聞いていた少年が言う。

「アリスさんの言うことも頭ではわかります。でも今はやらないと前に進めない気がするんです。だから力を貸してください」


/*/


 山に入るとすぐ山賊たちが襲ってきた。

 おそらく見張りを立て村を監視していたのだろう。勇者がやってきたことを知った彼らは打ってでるよりも戦い慣れた山中で陣を張って待ちかまえていたのだ。

 が、奇襲であったにもかかわらず勇者らに一太刀も浴びせることができず、逆に十余名のうちのほとんどが勇者一人に斬り倒された。

 その剣術の早業といったらアリスたちには途中白刃が何度か煌めいたのが見えるのみでいつ抜刀し、どういう軌道を描き、いつ斬ったのか、それら何一つわからないほどであった。

 端から見ている彼女たちすらわからないのだから斬られた本人にわかるはずもなく断末魔の声をあげる者はなかった。

 どうにか勇者の剣を免れた二、三人が脇目もふらず山の奥へ逃げていく。

 それを追いもせずに懐紙で刀を拭う勇者に苛立ってサシャが言う。

「追わねえでいいのかよ!?」

「奴らは案内役だよ。砦までのな」 いくら村人たちが少し前まで山賊どもと仲良くしていたとはいえ彼らが山中に築いた砦の場所までは知らない。

 だからあえて全員を殺さずに逃がし残りの仲間がいる場所まで案内させようと言うのだ。


/*/


 逃げた割には、というより逃げたからこそ慎重になっていた。

 勇者たちが追ってこないのを幾度も確かめ、なお道を変え入り組んだ山中を進んでいく。

 だがやはり逃げる者の心情として、

「早く早く」

 気の急くものがある。それが勇者たちの追跡を見逃させていた。

 当然だが彼らの尾行が上手いということもあり、結局山賊は知らず知らずに勇者たちを案内することとなった。



/*/


 山中に築かれたその砦は田舎山賊が作ったとは思えぬ立派なものであった。

 太い木を切り出し丸太にし、それを並べて立て砦壁とした。高さが五メートルほどあり飛び越えることはできず、壁の内側には通路があって常に歩哨が見下ろしているため取り付いてよじ登ることも不可能だ。

 門は砦壁と同じ丸太で作られていて、それが唯一の出入り口となっている。砦内側に設置された巻き上げ機を回すことでしか開かないため外からこじ開けることは難しい。

「どうすんだよ」とサシャが訊く。

 勇者たちは遠くから砦の様子をうかがっていた。

「そこで見てろ」

 勇者は立ち上がると木々の間を抜けて歩き出した。。

 無論、敵に見つかるのだがそれを気にすることなく平然と進む。

「きたぞー!」

 歩哨の内の誰かが合図をあげ一斉に矢を射かけた。

 ひやうど放たれた十人十矢が一直線に彼を襲う。

「当たった!」

 と見えた矢が次々と叩き落とされていく。

「ええい! もう一度だ」

 二射、三射と続けざまにうった矢もまた勇者を射抜くことなく地面へ落ちた。

 その間に勇者はあっさりと門にとりついた。

 彼は左の手のひらをぴたりと門に押しつけた。その手は魔力が集まって青い光を帯びている。

「破あっ!」 気合声と共に魔力が魔法へと変わる。

 轟音と閃光をともなり手から生じた爆発的な衝撃波が重量の門を吹き飛ばした。

 山賊どもは想像もしなかった光景に茫然自失の体のまま固まってしまっている。

 その隙をついて勇者は砦の内へ乗り込み、サシャたちも続いた。

 あとはもう一方的であった。

 砦の内に残っていた二十余名のほとんどが力の差を知り抵抗をあきらめた。中にはやけくそに剣を振り回し暴れる者もいたが、そういう輩から真っ先に、容赦なく斬り倒され、仲間の戦意をますます削ぐことになった。


/*/


 約束通り山賊の頭領マシーアスだけは生きたまま少年の前に引きずりだされた。

 とはいえ無傷ではない。脾腹を強打されうずくまっている。

 勇者は少年に小刀を手渡し、

「好きにやれ」

「う、うん」


/*/


 返事をした声が裏返っている。

 当然であろう。覚悟を決めたとはいえいざ、となればまた恐怖がこみ上げてくる。

 特に刀など持ったことがないのだからなおさらであった。

 少年は刀を構えたまま動かない。呼吸が荒い。

 頭の中を思考がぐるぐる渦巻いて考えがまとまらない。

 怒りも恨みもある。むしろ目の前にしてより強く燃え上がっているというのに刀を持った腕が動かない。

 心底からもっと別のものが沸き上がってくるのだ。

 切っ先が下がった。


/*/


「もういい」

 勇者は決めつけるよう言った。

「ま、待ってくれよ」

「お前には無理だ」

「そんなこと!」

「というより必要がない」

 仇を目の前にしてなお決意が鈍るということは復讐なぞしなくても生きていける種類の人間。

 つまりまともな精神を持っているということだ。

 少年はがっくりと肩を落とした。

「別にうなだれることはないんじゃねえか。お前が村を出る前に言ったろう」

 やらなければ前に進めない、と。

「そういう人間もいる。怨念が凝り固まって妄執にとりつかれた人間も。お前みたいに手を下さなくてもそれを取り払える人間もいる」

「そんな立派なものじゃない! 俺は」

 少年は顔をあげ勇者に向かってなにか叫ぼうとするがそれが言葉にならない。

「なんだっていいさ。どっかの馬鹿いわく復讐には何の価値もないそうだ」

 言ってアリスを横目で見た。

 少年から刀を取り上げると、その小刀でマシーアスの首を落とした。

 勇者は血で濡れた刀を拭いもせず、どこか遠くを見つめている。その胸中には苦い記憶が去来していた。

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