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第28話 エレンと真奈美、ゆきみのいる場所

生成AI(Grok)による本文作成を行い、微調整しています。

苦手な方はご注意くださいませ。

 体調が戻ってからの朝は、いつもより静かで、穏やかだった。

 エレンは約束の時間より少し早めに、いつもの空き地へ向かった。校門から離れた細い道の先。草が少し伸びた場所に、白い影がすでにいた。ゆきみだ。こちらに気づくと、小さく鳴いて足元へ寄ってくる。


「……おはよう」


 膝をついて、頭を撫でる。柔らかい毛並み。いつもと変わらない感触が、指に伝わる。文化祭のあと、力を使いすぎて倒れてからの数日間を思うと、こうして普通に朝を迎えられていることが、少し不思議に感じられた。

 ゆきみは喉を鳴らして、エレンの膝に頭を押しつけてくる。その様子を見ながら、彼女はゆっくりと座り込んだ。今日は、誰も来ない時間帯だ。真奈美が来るまでの短いあいだ、一人でここにいられる。


(ここが、最初だった)


 初めて声をかけられた場所。ゆきみと戯れているところを見られて、慌てて立ち上がった日のこと。あのときの自分は、人と関わることを極端に避けていた。保健室で過ごす時間の方が長くて、教室にいることすら、少し苦痛だった。

 それが、今は違う。

 真奈美と並んで登校するのが、当たり前になっている。隣の席で過ごす時間が、一日の中で自然な位置を占めている。力を使って倒れたときも、側にいてもらえた。冷たい手を握ったまま、ずっとそばにいてくれた人がいる。


「ねえ、ゆきみ」


 小さく呼びかけると、ゆきみはゆっくりと瞬きをした。理解しているのかどうかはわからない。それでも、彼女は続けることにした。誰かに聞いてもらう必要はない。ただ、言葉にしてみたかった。


「私、変わったと思う。あの人と出会ってから」


 指でゆきみの顎をくすぐる。猫は目を細めて、身を委ねてくる。


「最初は、怖かった。近づいたら壊してしまうんじゃないかって。でも、真奈美さんは怖がらなかった。羽を見ても、『きれい』って言ってくれた」


 風が、空き地を優しく通り過ぎる。草の匂いが、薄い。


「文化祭でも、歌った。本当は、あんな場所に立ちたくなかった。なのに、真奈美さんにもう一度聴いてもらいたくて。届けたくて」


 ゆきみが小さく鳴く。エレンは苦笑するように、唇を緩めた。


「……私が倒れたときも、側にいてくれた。私が迷惑をかけたのに」


 言葉が、少しずつ熱を帯びていく。胸の奥で、長いあいだ名前をつけずにいたものが、形を持ち始めている。

 ふと、あの曲の一節が頭に浮かんだ。文化祭で歌った歌。真奈美さんに届けるために選んだ、あの言葉。

 小さく、唇を動かす。声にならないくらいの、吐息のようなメロディー。


『好き、という言葉は——』


 ゆきみの頭に、額を寄せた。白い毛が、頰に触れる。


「好き、という言葉は」


 小さく、呟く。


「もう、ここにある」


 続けて、ほとんど聞き取れない声で言った。


「私は、真奈美さんが、好き」


 声に出した瞬間、胸の奥が震えた。誰にも聞こえないはずなのに、自分の耳にははっきりと残る。逃げずに、認めてしまった。この感情に、ようやく名前がついた。

 そのときだった。


「なに?」


 背後から、いつもの声がした。

 エレンは弾かれたように顔を上げた。真奈美が、道の向こうからこちらを見ている。少し首を傾げて、不思議そうな表情だ。今の言葉を、どこまで聞かれたのだろう。心臓が、大きく跳ねた。


「っ……な、何でもないです」


 慌てて立ち上がる。ゆきみが驚いて一歩下がった。真奈美はゆっくりと近づいてきて、足元の猫に手を伸ばす。


「ゆきみと話してたの?」

「……はい。少しだけ」


 うまく説明できない。頰が熱い。耳まで赤いのが、自分でもわかった。真奈美はそれ以上深く聞かず、ゆきみの頭を撫でながら小さく笑った。


「そう。仲良しだね」


 安堵と焦りが同時に胸を満たす。伝わっていない。よかった、のか。残念な気もする。自分でも、どちらとも言えなかった。ただ、今はこれでいい。この想いをまだ言葉に出す必要はない。

 真奈美が立ち上がり、髪に手をやる。赤いリボンが朝の光を受けてわずかに揺れた。エレンがつけているのとは反対側に、同じ色が結ばれている。それを見て、胸の奥がまた優しく温かくなった。


(同じものを、身につけている)


 母からもらったお守り。二本で一組だったリボンの、もう一本が、今は真奈美の髪にある。倒れてしまったあと、受け取ってほしいと差し出したときのこと。彼女が「大切にする」「これからは私が守るよ」と言ってくれたときの温度が、鮮やかに蘇る。


「行こっか」

「はい」


 二人は空き地を離れ、校門の方へ歩き出す。ゆきみが後ろから少しだけついてくるが、途中で止まった。いつものことだ。エレンは一度振り返って、小さく手を振った。

 並んで歩く。肩が時折触れそうになる距離。髪に結んだリボンが、風に揺れるたびに視界の端に入る。真奈美の方も、同じように揺れているのがわかった。


(好き)


 心の中で、もう一度確認する。もう、遠くにはない。ここに、確かに在る。伝えないまま、抱えたままでもその温度だけははっきりと感じられる。


「今朝は早いね」


 真奈美が、横から言った。


「少し、先に来ていました。ゆきみに会いたくて」

「そうなんだ。私もちょうどいい時間だった」


 何気ない会話。それでいい。特別なことを話さなくても、隣にいるだけで十分な朝がある。支えて、支えられてリボンを分け合い、こうしてまた同じ道を歩けている。その積み重ねが、今の自分を作っていた。


 校門が見えてくる。生徒たちの姿が徐々に増えていく。日常が、静かに始まろうとしている。

 エレンは、真奈美の横顔をそっと見た。赤いリボンが朝日の中で小さな影を落としている。


(今日も一緒に)


 心の中で、そう呟いた。

 好きという気持ちを、まだ言葉にはしないまま。

 ただ、確かにここにあるものとして、胸に抱きしめて。

 二人は並んだまま、校門をくぐった。

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