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第27話 真奈美とエレン、隣にある言葉

生成AI(Grok)による本文作成を行い、微調整しています。

苦手な方はご注意くださいませ。

 真柚は、しばらく黙っていた。

 ベッドの上で浅く息をするエレンと、その手を握ったまま俯いている真奈美。部屋の空気が、重く沈んでいる。窓の外では、秋の陽がさらに傾き、部屋の色をゆっくりと変えていく。真奈美は相手の次の言葉を待ちながら、自分の指先が冷たくなっていることに気づいていた。


「……一つ、話しておきたいことがあります」


 真柚が、静かに口を開いた。声は優しいままなのに、どこか遠い場所を見ているようだった。真奈美は顔を上げ、彼女の横顔を見つめる。


「天使は、人間を不幸にすると言われます。私はずっと、その言葉を引きずってきました」


 間が、落ちる。真柚はすぐに続けなかった。ベッドの上の娘に一度視線を戻し、それからゆっくりと真奈美の方を向いた。


「エレンの父親は、人間でした。私が傍にいたせいで、彼は幸せになれなかった。そう自分を責めて、今でも時々思い出すのです」


 真奈美は息を潜めた。真柚の声は、感情を抑えようとしているように聞こえた。


「父親が亡くなったのも、私が関わったからではないかと。そんな考えが、頭から離れなくて。ソフィーという名前で呼ばれていた頃から、ずっとそうです」


 ソフィー。真柚の本名が、ごく自然に会話の中に置かれた。真奈美はそれを受け止めながら、胸の奥がきゅっと縮むのを感じていた。長い時間、一人でそんな想いを抱えてきた人が、今、目の前にいる。

 真奈美はすぐに言葉を返すことができなかった。天使であることが、不幸を運ぶ。そんな風に思ってしまうほど、真柚は長く苦しんでいたのだ。自分が今、エレンの側にいることが、同じように誰かを不幸にしてしまうのではないか——そんな恐怖が、一瞬だけ胸をよぎる。でも、すぐに打ち消した。


「でも、それは違います」


 真奈美は、自分でも驚くほどはっきりとした声で言った。真柚がこちらを見る。真奈美は視線を逸らさず、言葉を探しながら続けた。


「エレンがいてくれたから、私は今、とても幸せです。助けられたことも、たくさんあって。文化祭のことも、普段の小さな時間も。全部、エレンがいてくれたから意味があったんです」


 声が、わずかに震える。それでも、言葉は止まなかった。自分の気持ちを、できるだけ正確に伝えたかった。


「もしエレンが悩むなら、私が守ります。私が、エレンのそばにいます。天使だから不幸になるなんて、そんなの嘘です。少なくとも、私にとっては」


 真柚は、静かに目を細めた。責めるでも、否定するでもない。ただ、真奈美の言葉を受け止めるような表情だった。しばらくして、彼女は小さく息を吐き、ベッドの上のエレンに手を伸ばした。


「……わかりました。あなたのその気持ちが、温かさが。ちゃんと伝わってきます」


 真柚の手が、エレンの額に触れる。薄い光のようなものが、一瞬だけ指先から滲んだ。真奈美は息を飲んでその様子を見守った。羽の気配が、わずかに安定したように見える。顔色も、ほんの少しだけ良くなった気がした。


「これで、少しは楽になるはずです。本格的な回復にはまだ時間がかかりますが」


 真柚は手を引き、ゆっくりと立ち上がった。


「私は一旦帰ります。目覚めたときに私がいると、エレンも気を遣うでしょうから。あとは、真奈美さんにお願いします」

「はい。わかりました」


 真柚は玄関まで歩き、靴を履きながら一度だけ振り返った。


「あなたがいてくれてよかった。エレンにとって、本当に」


 それだけ言って、静かに扉を閉めた。部屋に残された沈黙が、急に大きく感じられる。真奈美はベッドの脇に戻り、エレンの手を握り直した。もともと冷たい手だったが、今はさらに冷たく感じられる。真柚が力を使ってくれたあとでも、体温の低さは変わらなかった。


(いつもより、冷たい……)


 真奈美は少し迷ってから、自分もベッドに上がった。服の上から、そっと寄り添うように横になる。エレンの体が、すぐ近くにある。冷たい肩に、自分の腕を回す。自分が少しでも温もりを分けられればいい。そう思いながら、目を閉じた。疲れていた。心も、体も。それでも、側にいられることが、今は何より安心だった。



 ——二日後。

 薄い光が、まぶたの裏をくすぐった。

 エレンはゆっくりと目を開けた。天井が、見慣れたものではないことに気づく。体が重い。指先に力を入れようとしても、思うように動かない。隣に、誰かの気配がある。温かい。

 そっと顔を向けると、真奈美がすぐ傍で眠っていた。疲れた様子で、眉が少し寄っている。看病で、ほとんど休めていなかったのだろう。呼びかけても、すぐには起きそうにない。

 エレンはしばらく、その寝顔を見ていた。自分が力を使ったこと。倒れてしまったこと。それでも、彼女は離れずに側にいてくれた。その事実が、胸の奥に熱く沈む。

 ゆっくりと上体を起こす。ふらつく。それでも、真奈美の額に顔を寄せることはできた。唇が、そっと触れる。ごく短い、触れ合うだけのキスだった。真奈美は小さく眉を動かしたが、目は開けなかった。


「……ありがとう、ございます」


 声に出さない感謝を、額に残してから、エレンは静かに体を戻した。



 しばらくして、真奈美がゆっくりと目を開けた。ぼんやりとした視線が、こちらを捉える。次の瞬間、彼女は慌てて体を起こした。


「エレン……! 目が覚めたの? いつ起きたの?」

「はい。さっき、からです」

「どうして起こしてくれなかったの……?」

「疲れていらしたので。もう少し、休まれた方がいいと思いました」


 真奈美は安堵したように息を吐き、すぐに彼女の手を握った。もともと冷たい手だ。今日に限ったことではない。なのに、今はそれがひどく愛おしく感じられた。


「……迷惑を、かけました」

「迷惑なんかじゃない。心配したよ。すごく。でも、起きてくれてよかった」


 エレンは俯いた。自分の行動が、結果として彼女を不安にさせてしまったこと。力を使いすぎたこと。全部が、胸に重い。それでも、側で見守ってくれていたという事実が、その重さを少しだけ和らげていた。


 その日は、一日中、真奈美の家でゆっくりと過ごした。

 無理に動かず、静かに並んで座る。時折、短い会話を交わす。窓の外では、秋の風が木の葉を揺らしている。学校を二日休んでしまった事も、今はあまり重要ではなかった。ただ、こうして側にいられる時間が、何より尊く感じられた。


 午後の光が、部屋の色を少しずつ変えていく頃。

 エレンは、自分の髪に触れた。いつもの赤いリボンが結ばれている。子供の頃から、ずっとそうだった。真奈美がその仕草に気づいて、静かに見守っている。


「……このリボン、実は二本で一組なんです」


 エレンが、小さな声で言った。


「母からもらったものです。子供の頃に。『お守りだよ』って言われて。特別な日だったかどうかは、もうあまり覚えていないんです。でも、そのときの母の声だけは、今も残っています」


 真奈美は何も言わず、ただ聞いている。エレンはリボンの片方をゆっくりと解いた。赤い布が、指の間で小さく揺れる。指先で端をなぞるようにしてから、続けた。


「一人でいるときも、怖いときも、これに触れていると、少しだけ落ち着くんです。母が傍にいてくれるみたいで。だから、ずっと手放せませんでした」


 少し間を置いて、俯きながら言う。


「今回のことでも、力を使ってしまって。それでも、真奈美さんは側にいてくれました。だから……。……これの一本を、受け取ってほしいんです」


 差し出したリボンを、真奈美は両手で受け取る。布の感触が、思ったより柔らかかった。いつもエレンの髪についていたもの。それを、今、自分の手の中にしている。


「いいの? 大切なものなんでしょ」

「はい。だからこそ、です。真奈美さんになら」


 真奈美はしばらく、そのリボンを見つめていた。それから、自分の髪——エレンがいつもつけているのとは反対側——に、ゆっくりと結ぶ。きつくはない。ただ、確かにあるという感覚だけが残る。


「わかった。大切にする」


 少し間を置いて、真奈美は続けた。


「これからは、私が守るよ。エレンのことも、このリボンのことも」


 その言葉が、静かに落ちる。エレンは目を見開き、それから深く俯いた。耳まで赤い。でも、逃げなかった。ただ、小さく頷いた。


「……はい」


 安心するような、安堵するような、そんな吐息が漏れた。真奈美はその様子を見て、自然と口元を緩めた。髪に結ばれた赤いリボンが、午後の光をわずかに反射している。

 夕方近く、エレンはようやく自分の足で立てるようになった。完全ではない。でも、歩ける。真奈美が「送っていく」と立ち上がったとき、エレンは首を横に振った。


「大丈夫です。一人で帰れます」

「でも」

「真奈美さんこそ、休んでください。もう、十分にしてもらいましたから」


 真奈美は少しだけ唇を噛んでから、ようやく頷いた。玄関まで並んで歩き、扉の前で立ち止まる。秋の空気が、隙間から流れ込んでくる。髪に結んだリボンが、わずかに揺れるのを感じる。


「また、学校で」

「はい。無理は、しないでくださいね」


 短い約束を交わして、エレンは家を出た。背後で扉が閉まる音がする。秋の空気が、頰に冷たい。それでも、胸の奥は温かかった。

 力の代償は、まだ体に残っている。

 それでも、失ったものより、得たものの方が大きい気がした。

 真奈美さんの側で、また普通の朝を迎えられること。

 彼女の髪に残した赤い感触とともに、それだけで、十分だった。

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