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第26話 真奈美とエレン、力の代償

生成AI(Grok)による本文作成を行い、微調整しています。

苦手な方はご注意くださいませ。

 朝の光が、カーテンの隙間から薄く差し込んでいた。

 真奈美は、自分がとても楽な呼吸をしていることに気づいて目を開けた。熱が、ほとんど残っていない。体の重さも、昨夜までの苦しさも、嘘のように消えていた。昨夜の記憶は曖昧で、誰かが側にいてくれたこと、冷たい手が自分の手を握っていたことだけが、ぼんやりと残っている。


(エレン……?)


 体を起こした瞬間、床に目が行った。

 ベッドの脇に、人が倒れていた。


「エレン!」


 声が、思ったより大きく出た。真奈美は慌ててベッドから降り、彼女に駆け寄る。エレンは横向きに倒れ、顔が青白く、額にはうっすらと汗が浮かんでいた。呼吸はしているが、浅い。いつもよりさらに冷たい手を握ると、ほとんど反応がない。


「エレン、エレン! 目を開けて!」


 呼びかける声に、まぶたがわずかに動いた。


「……真奈美、さん」


 掠れた声が返ってくる。意識はある。でも、体は全く動いていない様子だった。真奈美は彼女の肩を支え、何とかベッドへと引き上げた。体が意外なほど軽い。いつもより、ずっと軽い。

 ベッドに寝かせたあと、真奈美は枕元に座り込み、何度も名前を呼んだ。エレンは目を開けたまま、天井をぼんやりと見つめている。唇が動いて、何か言おうとしている。


「……大丈夫、ですか」

「私が聞くセリフだよ……! どうしたの。急に」


 エレンはゆっくりと、首を横に振った。それだけが、今の彼女にできる精一杯の反応だった。真奈美は彼女の額に手を当てる。熱はない。むしろ冷たい。昨夜まで自分が熱に浮かされていたのに、今は完全に逆転している。

 真奈美は、エレンの背中に、薄い光のようなものが揺れているのに気づいた。羽の気配。それは形のある羽ではない。光のような、淡い輪郭。

 昨夜、自分が楽になったことと、この状態が、すぐに繋がった。


(まさか、力を……使ったの?)


 胸の奥が、一気に冷たくなる。


「私のせいだよね……! 私が熱を出して、無理させて……」


 声が震えた。エレンは首を横に振ろうとしたが、うまく動かない。真奈美は自分の手が、ひどく冷たく感じられた。昨夜まで熱かった体が、今は平常に戻っている。その代わりに、彼女がこうなっている。


「ごめん。ごめんね、エレン」


 何度も謝る言葉が、喉から溢れた。エレンは苦しそうに目を細め、かすれた声で返した。


「……謝らないで。私、が決めたこと、ですから」


 それでも、真奈美の自責は止まらなかった。自分の体調管理の甘さ。文化祭で無理をしたこと。結果として、彼女にここまでさせてしまったこと。全部が、胸にのしかかってくる。


 その日は、一日中エレンの側を離れなかった。

 水を口に含ませ、汗を拭き、声をかけ続ける。返事はあるが、体はほとんど動かない。時折、薄く羽の気配が揺れる。それを見るたびに、真奈美の胸が痛んだ。天使の力を使った代償が、これほど大きいものだとは思っていなかった。


 夕方近くになって、真奈美は覚悟を決めた。

 もう連絡するしかない。この状態を、自分一人で抱えきれる自信がなかった。電話をする指が震える。相手は、天園真柚。エレンの母親であり、同じように特別な存在であることを、真奈美はぼんやりと理解していた。

 通話が繋がると、真奈美はできるだけ冷静に、昨夜からの経緯を話した。熱を出したこと。エレンが看病に来てくれたこと。容態が悪化したこと。そして、朝になって彼女が倒れていたこと。最後に、自分でも抑えきれずに「エレンが……」と呼んでしまった。

 電話の向こうで、真柚の呼吸が変わったのがわかった。


「……今から行きますね」


 短い言葉だけが返ってきた。


 真柚が到着したのは、一時間ほど後だった。玄関のチャイムが鳴った瞬間、真奈美は慌ててドアを開けた。そこに立っていた女性は、エレンに似て静かで、しかしどこか芯の強い目をしていた。

 部屋に通すと、真柚はすぐにベッドの側へ歩み寄った。娘の顔色を見て、額に手を当て、静かに目を閉じる。何かを確かめているような仕草だった。真奈美はベッドの少し後ろで、ただその様子を見守ることしかできなかった。部屋の空気が、張り詰めているように感じられる。

 しばらくして、真柚が目を開けた。


「天使の力を使いすぎていますね。しかも、とても深く」


 その言葉が、静かに落ちる。真奈美は胸の奥が冷たくなるのを感じて、思わず前に出た。


「私のせいです。私が熱を出して……無理をさせてしまって」


 声が、わずかに上ずる。真柚はすぐに否定しなかった。一度、娘の寝顔に視線を戻し、それからゆっくりと真奈美の方を向いた。声はしっかりとしているが、言葉の選び方は柔らかい。


「いいえ。これは、エレンが自分で選んだことです」


 静かに、しかし優しく首を振った。その仕草には、責めも、慰めも、どちらでもない、ただ事実を受け止めるような落ち着きがあった。真奈美は何も言い返せないまま、唇を噛んだ。

 真柚は少し間を置いてから、真奈美を見た。


「『エレン』と呼びましたね」


 その一言で、真奈美は自分が正体を知っていることを、相手に悟られたのだと理解した。隠し通せるはずもなかった。

 真柚は責める様子もなく、むしろ優しい顔をした。静かに、でもはっきりと、真奈美の目を見て言った。


「エレンは、真奈美さんを信じて打ち明けたのでしょうね。自分のすべてを、委ねてもいいと思える人に出会えたのだと。だから、私もお話しします。過去のことを」


 真奈美はベッドの脇に座り直した。真柚の声は、静かで、丁寧で、どこか遠い場所を見ているようだった。それでも、その言葉の端々に、娘への深い慈しみが滲んでいた。


「昔、エレンは近所の猫を助けようとしました。病気で、もう長くないとわかっている猫でした。毎日のように様子を見に行って、どうにかしてあげたいと思っていたようです」


 真奈美は息を潜めて聞いた。真柚は少し間を置いてから、続けた。


「エレンは天使の力を使い、何とか治そうとしました。でも、人間の病と同じで、動物にも限界があります。どれだけ想っても、届かないものがある。それでもエレンは、諦められなかった」

「……そう、だったんですか」


 真奈美が小さく呟くと、真柚は優しく頷いた。


「そのとき、エレンの羽が姿を現してしまいました。抑えることができなかったのでしょう。その時、周囲の子どもたちに、見られてしまったんです」


 真奈美の手が、膝の上でぎゅっと握られた。


「みんな、怖がって離れていきました。昨日まで一緒に遊んでいた子たちが、エレンを見る目を変えて。『化け物』という言葉も、聞こえたようです」


 胸の奥が、きゅっと縮む。真奈美は俯き、唇を噛んだ。想像するだけで、痛かった。


「エレンはその時天使の力を使いすぎて、しばらく昏睡状態になりました。一週間ほど。目を覚まして学校に戻ったとき、友人たちの態度は一変していました。誰も、以前のように接してはくれなかった。それからエレンは、自分が化け物なのだと思い込むようになったのです」


 真柚の声が、わずかに沈む。それでも、優しさは失われていなかった。


「それから、エレンは塞ぎ込むようになりました。誰とも深く関わらず、できるだけ目立たないように。天使の力を使うことも、極力避けて。それが、エレンの生き方になったんです」


 真奈美は、自分の目の奥が熱くなっているのを感じていた。涙が、抑えきれずに溢れてくる。今まで一人で抱えていたもの。友人に捨てられ、自分が異質な存在だと信じ込み、それでも今日まで生きてきた時間。それを知りながら、自分は彼女に力を使わせてしまった。


「……ひどい。そんなの、ひどすぎます」


 声が詰まった。真柚は何も遮らず、ただ静かに真奈美を見ていた。真奈美は頰を伝う涙を拭うこともせず、ベッドの上のエレンを見つめた。青白い顔。薄い羽の気配。昨夜まで自分を案じてくれていた人が、今は動かずに横たわっている。


「それでも、エレンはあなたのために天使の力を使いました。過去の痛みを知りながらでも、あなたが元気になってくれるように。願い。求め」


 真柚の言葉が、胸に落ちる。真奈美は俯き、何度も首を横に振った。悔しさと、悲しさと、エレンへの想いが、一度に溢れてくる。今まで一人で抱えてきた夜が、どれほど長かったのか。それを想像するだけで、胸が潰れそうだった。

 ベッドの上で、エレンがかすかに眉を寄せた。意識はまだ、遠いままなのだろう。真奈美は彼女の冷たい手を握り直し、額をそこに寄せた。


「ごめんね。本当に、ごめん」


 繰り返す言葉が、部屋の静けさの中に小さく消えていく。真柚は何も遮らず、ただ二人の様子を見守っていた。窓の外では、秋の陽がすでに傾き始めている。

 真奈美は涙を拭いながら、強く心に決めた。

 もう、一人にさせない。

 エレンが抱えてきたものを、少しでも分けてほしい。

 そして、二度と、こんな顔をさせたくない。

 その想いだけが、熱く胸に残っていた。

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