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第24話 真奈美とエレン、文化祭の栄光

生成AI(Grok)による本文作成を行い、微調整しています。

苦手な方はご注意くださいませ。

 拍手はなかなか止まなかった。

 真奈美はステージ 袖に消えたエレンの姿を、しばらく目で追っていた。頰を伝った涙の感触は、もう乾き始めている。それでも胸の奥に残った熱は、容易に冷めそうになかった。隣で詩歩が小さく息を吐き、奏海が静かにプログラムを閉じる。三人とも、しばらくは言葉を失っていた。


「……すごく綺麗な歌声だった」


 詩歩が、ようやくぽつりと言った。


「うん。本当に」


 奏海も短く頷く。他には言葉などいらないように。真奈美はそれに応えることもできず、ただ手元のハンカチを握りしめていた。さっきまでの光景がまぶたの裏に何度も蘇る。ドレス姿のエレン。自分に向けられた小さな笑顔。そしてあの歌詞。

 心の中で返した答えが今も静かに残っていた。


 結果発表までの時間は意外と短かった。

 司会者が再びマイクの前に立ち、会場が徐々に静まっていく。出場者たちがステージ袖から戻り一列に並ぶ。エレンの姿もその中にあった。淡い色のドレスのまま、赤いリボンをつけたまま少し緊張した面持ちで立っている。真奈美は後方の席からその姿をまっすぐ見つめていた。


「それでは、本日の『ひと声の贈り物』の結果を発表します」


 会場がさらに静まる。


「優勝は……」


 一瞬の間。


「天園柚香さんです」


 次の瞬間体育館が大きな拍手と歓声に包まれた。

 真奈美は自分が息を吸うのを忘れていたことに気づいた。周囲の生徒たちが立ち上がって拍手を送る中、ステージの上のエレンが、驚いたように目を見開いている。ほぼ全ての票を集めての優勝だったという。司会者がそれを告げると、さらに拍手が大きくなった。

 エレンは戸惑ったように一度だけ客席を見渡した。その視線がまた真奈美のところへ届く。目が合った瞬間、彼女の表情がわずかに緩んだ。安堵と信じられないような喜びが、同時に浮かんでいる。

 クラスメイトたちが先に動き出した。

 詩歩が「柚香ちゃん!」と手を振り、奏海も笑顔で拍手を続ける。他のクラスの生徒たちも、次々と祝福の声を上げている。ステージを降りたエレンの周囲に自然と人が集まっていく。誰もが彼女の歌に心を動かされたのがわかった。

 その輪の端で、エレンがきょろきょろと周囲を見ている。自分を探しているのだと真奈美にはすぐにわかった。自分が立ち上がった瞬間エレンの目がこちらを捉えた。

 次の瞬間、彼女が走ってきた。

 ドレスの裾をわずかに手で押さえながら、人を避けてまっすぐにこちらへ向かってくる。真奈美はその姿を見たままで動けなかった。名前を呼ぶことも手を伸ばすことも、今はしない。ただ近づいてくる彼女を、受け止める準備だけをして。胸の奥で何かが熱く溢れてくる。今日一日で溜め込んだもの全部が、一度に表面へ浮かび上がってくるような感覚だった。


「真奈美さん……!」


 声が少し上ずっている。エレンが目の前で立ち止まった。頰が赤い。息がわずかに乱れている。優勝の余韻と緊張が解けた直後の動揺が、彼女の全身から溢れているようだった。大きな拍手がまだどこかで続いている。祝福の声も聞こえる。でも真奈美の意識は目の前の彼女だけに集中していた。

 真奈美は何も考えずに腕を伸ばして。

 強く、抱きしめた。

 エレンの体が一瞬硬直する。すぐに小さく震えるような吐息が聞こえた。真奈美は腕に力を込めた。離したくなかった。今日という日のすべてを、この腕の中に収めたかった。歌も、涙も、視線も、あの小さな笑顔も。全部を、今この場所で確かめたかった。


「すごいよ。本当に、すごい」


 声が自分でも驚くほど優しく、そして熱を帯びていた。


「綺麗だった。声も、全部。私、ずっと見てた。聴いてたよ」


 エレンの額が、真奈美の肩に触れる。小さな声で、何かが聞こえた気がした。あの、とか、恥ずかしい、とか。言葉にはなっていない。ただ彼女の耳が一気に赤くなっているのが間近でわかった。背中に回した手がドレスの生地を通して小さな震えを拾う。恥ずかしさが最高潮に達しているのが伝わってくる。それでも逃げようとはせずに、真奈美の腕の中で小さく縮こまるようにして、その場に留まっている。むしろ、わずかに顔を寄せてきたようにすら感じられた。

 真奈美は、さらにそっと抱き寄せた。


(よかった)


 心の中でそれだけが繰り返される。無事に歌い終えてくれたこと。自分のところまで走ってきてくれたこと。こうして確かに腕の中にいること。全部が今は尊くて仕方なかった。周囲の視線も、祝福の声も、今は遠のいている。今はただこの子の体温と、残っている緊張と、解け始めている安堵を肌で感じたかった。


「……っ、真奈美さん」


 エレンの声が、肩のところで小さく潰れる。


「あ、あの……は、恥ずかしいです……本当に」

「いいでしょ。このくらい、させて」


 真奈美は静かにそう答えた。腕の力は緩めなかった。もう少しだけこのままでいたかった。今日という日が特別すぎた。この抱擁がその特別さを身体で受け止めるための、必要な時間のように感じられた。

 周囲から、温かい拍手と温かい笑い声が漏れた。


「おお……」

「いいなあ」


 詩歩が「よしよし」とでも言うように手を叩き、奏海は穏やかに微笑んでいる。他の生徒たちも二人の様子を微笑ましそうに見ていた。祝福の輪が自然と二人を中心に広がっていく。その中で真奈美は、ようやくゆっくりと腕を解いた。

 エレンは俯いたまま顔を上げられなかった。耳だけでなく首筋まで赤くなっている。目元をわずかに潤ませているように見えたのは、気のせいではなかったと思う。真奈美はその姿を見て、胸の奥がまた優しく熱を帯びた。


「……すごい恥ずかしいです」


 小さな声でようやくそれだけ言った。声が少し震えている。


「ふふ、ごめんね。でも、今日の柚香は本当に素敵だったから」


 真奈美がそう言うとエレンはさらに小さくなった。それでも、唇の端がわずかに緩んでいるのが見えた。恥ずかしさと喜びがせめぎ合うように混ざっている。その複雑で正直な反応が、何より愛おしかった。


 祝賀の時間がしばらく続く。

 クラスメイトたちが次々と声をかけ、他のクラスの生徒からも「歌声が印象に残った」「また聴きたい」といった言葉が飛んでくる。エレンは一つ一つに丁寧に頭を下げながらも、時折真奈美の方を窺うように視線を送ってきた。そのたびに真奈美は小さく頷いて応えた。さっきの抱擁の余韻がまだ腕の内側に残っている。離したあとも、彼女の体温を覚えているような気がした。


 やがて人の波が自然と引いていく。

 体育館の照明が少しだけ落とされた。最終日の文化祭はまだ終わっていない。最終日だけは遅くまでやっている出し物もある。真奈美はエレンの横顔を見て静かに言った。


「もう一度、回らない?」


 エレンが顔を上げる。まだ耳は赤い。でも瞳はもう落ち着きを取り戻しつつあった。さっきまでの恥ずかしさが少しだけ和らいでいる。


「……はい。真奈美さんと一緒に回りたいです」


 二人は体育館を出た。

 秋の夜の空気が、意外なほど冷たくて澄んでいる。校内の照明がところどころに灯り、残った出し物の明かりが遠くに見える。人出は昼間より減っているが、それでも最終日の熱は完全には冷めていなかった。

 並んで歩く肩が、時折触れそうになる距離。せっかくだと、ドレスのままになっているエレンが、少しだけ居心地悪そうに裾を摘まんでいる。真奈美はそれを見て自然と口元を緩めた。強く抱きしめたこと。彼女が逃げずにそこにいてくれたこと。その事実が夜の空気の中で、静かに大きくなっていく。


「似合ってたよ。本当に」

「……もう、言わないでください」


 恥ずかしそうに俯く姿が愛おしかった。真奈美はそれ以上は言わず、ただ隣を歩き続けた。言葉にしなくても胸の奥には確かなものが残っている。

 今日という一日で二人の間に流れたもの。歌と、視線と、温もりと、涙。それらがすべて混ざり合って、今までにない温度で心を満たしていた。

 中庭のベンチに少しだけ腰を下ろす。

 遠くからまだ営業しているクラスの声が聞こえる。風が吹きエレンの髪がふわりと揺れる。赤いリボンが、夜の照明を受けて小さく光った。真奈美はその横顔を、そっと見つめた。さっきまで自分の腕の中にいた人が、今、隣に座っている。その当たり前のような光景が今日に限って、特別に感じられた。


(好き、という言葉はもう、遠くにはない)


 心の中で静かに確認する。今日歌の中で聴いた言葉。自分の中で返した答え。それが今はもう否定できない所にまで来ている。相手も同じ温度を持っていることを今日の歌で知らされた。それでも今はまだ、それを口に出す必要はない。ただこの温かな余韻の中に、しばらく浸っていたかった。彼女の感触がまだ身体に残っているうちは、特に。


「真奈美さん」


 エレンが、小さな声で呼ぶ。


「ん?」

「……今日は、本当にありがとうございました」

「こちらこそ」


 短い言葉の交換。それだけで十分だった。あの感触がすでに多くの言葉を超えてしまっている気がした。


 二人は再び立ち上がり校内をゆっくりと歩き始めた。残った明かりを頼りに、静かな出店の前を通り過ぎる。甘い匂いがどこからともなく流れてくる。最終日の夜はどこか優しくて、少しだけ寂しい。でも隣にいる人がいるだけで、その寂しさは温かなものに変わっていた。腕の中に収めた感触を真奈美は何度も思い返した。


 文化祭は、やがて終わる。

 でも、二人の間に生まれたものは、終わらない。今日という日が静かに、しかし確かに何かを変えてしまったことを、真奈美は感じていた。胸の奥に溢れる想いを、無理に整理しようとはしなかった。ただ今は、それを抱えたまま隣を歩き続ける。

 夜風が優しく二人を包んでいた。

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