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第21話 真奈美とエレン、ひと声の約束

生成AI(Grok)による本文作成を行い、微調整しています。

苦手な方はご注意くださいませ。

 人手不足の波が一度落ち着いたあと、午後の半ばに再び忙しさが戻ってきた。

 団体客が立て続けに入りテーブルが次々と埋まっていく。詩歩が声を張り上げて対応し、奏海が冷静に指示を飛ばす中、真奈美とエレンも再び接客に加わった。メイド服の裾をわずかに翻しながら、オーダーを取り、トレイを運び空いたテーブルを整える。

 午前中ほどではないにせよ、手は離せない状態が続いた。忙しさの中でも、二人の動きには自然な呼吸があった。真奈美が目配せを送るとエレンはすぐに意図を汲んで動く。言葉を多く交わさなくても次に何をすべきかがわかる。準備の期間に一緒に過ごした時間と、先ほどまでの共同作業が、こうして体に染み付いているのだと感じられた。


 その波が本当に引いたのは、午後もかなり遅くなってからだった。

 真奈美とエレンは教室の隅でようやく肩の力を抜いた。メイド服のまま壁に背を預け、並んで立つ。袖のフリルがわずかに重なり、お互いの体温が近い距離で感じられる。客の流れはまだ完全には止まっていないが、詩歩と奏海が「もう大丈夫」と声をかけてくれたことで、ようやく呼吸を深くできるようになった。真奈美は軽く目を閉じ、午後の光がまぶたの裏に落ちるのを感じた。二度目の忙しさを一緒に乗り越えた余韻が、体の芯に残っている。


「……疲れたね」


 真奈美が小さく呟くとエレンはこくりと頷いた。それ以上の言葉はなく、ただ隣に立っている時間が流れた。エレンは俯きながら、耳の赤みを隠すように少しだけ顔を背けている。その仕草を見ていると、胸の奥がまた優しく温かくなった。非日常の衣装を着て、非日常の忙しさを共有したことが、二人の距離をまた少しだけ近づけているように感じられた。


「少し、外に出ない?」


 真奈美が提案するとエレンは顔を上げた。疲れているはずなのに、その瞳には静かな光があった。真奈美は続けた。午前中に回りきれなかった場所もあること、そして何より少しだけ息を整えたい気持ちがあることを。エレンは短く応じ、静かに微笑んだ。その笑顔がメイド服の中でいつもより柔らかく見えた。


 二人は教室を出て、再び校内へと足を向ける。秋の陽射しはすでに傾き始めており、廊下に長い影を落としていた。文化祭の熱気はまだ続いているが、午前中ほど混雑してはいない。ゆったりとした空気の中を、二人は並んで歩いた。特別な目的があるわけではない。ただ、隣にいる時間が欲しかった。真奈美は自分でもそう自覚していた。文化祭という限られた時間の中で、エレンと過ごす瞬間がどんどん大切なものに変わっていっている。


 中庭を横切る頃、掲示板の前で足が止まった。

 色とりどりのポスターの中に、一枚だけ少し控えめなデザインのチラシが貼られている。真奈美は何気なく目を走らせ、そこに書かれた文字を読んだ。


『ひと声の贈り物』

 文化祭歌唱コンテスト

 最終日 午後四時より 体育館にて


「……歌唱コンテスト?」


 真奈美が小さく呟くと、隣にいたエレンの動きがわずかに止まった。風が吹き掲示板の端がかすかに揺れる。真奈美は振り返った。エレンは掲示板から視線を逸らし静かに俯いている。赤いリボンが夕光の中で小さく揺れていた。いつもの控えめな仕草なのに今日はどこか違う空気が混じっている。その違いを真奈美は敏感に感じ取った。


「最終日にあるんだ。柚香、知ってた?」


 沈黙が落ちた。エレンは唇を噛むようにして、しばらく何も言わなかった。真奈美は急かさず、ただ隣で待った。校内のざわめきが遠くに聞こえ、秋の風が二人の間を優しく通り抜ける。周囲にはまだ生徒の姿がある。完全な二人きりではなかった。それでもこの瞬間の空気は、どこか私的な色を帯びていた。

 やがて、エレンが小さな声で口を開いた。


「私……出ます」


 真奈美は瞬きをした。言葉の意味がすぐには頭に入ってこなかった。エレンが人前に立つイベントに出る。普段、できるだけ目立たないようにしている彼女が。教室でも、できるだけ端の方にいる彼女が。最終日にステージに立つという。


「……本気?」

「はい」


 エレンはゆっくりと顔を上げた。その瞳にはいつもの不安と、それとは違う静かな決意のようなものが同居していた。昨日実行委員から声をかけられたこと。そのときはまだ答えを出せなかったこと。そして今日、自分の中で決めたこと。それらを丁寧に、しかし簡潔に話した。

 真奈美はただ彼女を見つめていた。胸の奥で何かが強く揺れている。


「どうして?」


 真奈美の声は、自分でも意外なほど静かだった。

 エレンは少しだけ視線を泳がせてから、答えた。周囲に人がいることを意識してか、声はさらに小さかった。


「真奈美さんに、もう一度聴いてもらいたくて」


 その言葉だけではまだ足りないように感じられた。真奈美が黙って待っていると、エレンは俯いたまま少しずつ言葉を足した。


「誕生日に歌ったときのこと、覚えています。真奈美さんが……泣いてくれたこと。あのとき、私の声が、ちゃんと誰かに届いたんだって、初めて思えたんです」


 風が二人の間を通り抜ける。エレンの声は震えながらも、途切れなかった。


「私、人前で何かをするのは、本当に苦手です。今も、怖いです。でも……真奈美さんにはまた聴いてもらいたい。特別な日じゃなくても、こうして普通の文化祭の日に、私の声を届けられたらって。それが、今の私にできる、精一杯の……贈り物だと思ったんです」


『ひと声の贈り物』。

 そのコンテストの名前が、急に重い意味を持って胸に落ちてきた。エレンは勝ちたいわけでも、注目されたいわけでもない。ただ自分の声を、真奈美に届けるために怖い場所へ踏み込もうとしている。

 真奈美は息を吸った。うまく言葉が出てこない。驚きと、嬉しさと、何か大切すぎるものを預けられたような感覚が、一度に押し寄せてくる。胸の奥が熱く、そして優しく痛んだ。


「……すごい」


 ようやく絞り出せた言葉は、それだけだった。けど、それだけじゃない。本当にすごいよ、と続けながら、真奈美は自分の気持ちを整理しようとした。普段できるだけ目立たないようにしている彼女が、こうして一歩を踏み出したこと。それが自分のためにだったこと。その重みが徐々に実感として降りてくる。


「嬉しい。すごく嬉しい。また聴けるなんて、本当に」


 エレンが顔を上げる。瞳が少し潤んでいるように見えた。真奈美は彼女から目を逸らさず、はっきりと言った。絶対に聴きに行くこと。その声を受け止めること。周囲の目を少し意識しながらも、気持ちは隠さなかった。

 エレンはしばらく何も言えずにいた。それから小さく、でも確かに頷いた。その仕草の中に、安堵と、まだ消えきらない緊張が混じっているのがわかった。

 二人はそのまま、しばらく掲示板の前に立っていた。周囲の生徒たちが行き交う中で、自分たちだけが少し違う時間の流れにいるような気がした。真奈美は胸の奥で静かに深呼吸を繰り返した。驚きはまだ残っている。でもそれ以上に強い感情が、胸を満たしていた。エレンが自分のために一歩を踏み出してくれたこと。声を届けようとしてくれていること。その事だけが何よりも大きかった。


 その後、二人は約束通り家庭科部のスイーツを買いに行った。小さなシフォンケーキを分け合いながら、中庭の比較的静かなベンチに並んで座る。甘い香りと、秋の風と、遠くから聞こえる音楽。いつもと同じような時間なのに、今日は何かが違って感じられた。周囲に人が少なくなったことを確認してから、真奈美は声を落とした。


「ねえ、エレン」


 二人きりだと判断した空間で、初めて名前を切り替えた。エレンがこちらを見る。真奈美は少し照れくさそうに視線を逸らしながら、短い言葉を口にした。


「本当に、ありがとう」


 それだけで今は十分だった。エレンは目を丸くし、それからゆっくりと深く頷いた。言葉は少なかったがその沈黙の中に、確かな温度が流れていた。


 教室に戻る道中、真奈美は何度も最終日のスケジュールを頭の中で確認した。やることはたくさんあったけど、なんとかする。まだ時間はある。それでも、胸の奥はすでにその日を待ち始めていた。エレンがステージに立つ姿。あの歌声がもう一度、自分に届く瞬間。絶対に聴く、という決意はもう強かった。


 秋の陽射しが、校舎の壁をオレンジ色に染め始めている。文化祭はまだ続いていく。最終日に向けて、何かが静かに動き始めているのを、真奈美は確かに感じていた。隣を歩く柚香の横顔を、そっと見る。赤いリボンが、夕光の中で静かに揺れていた。その小さな揺れを目で追いながら、真奈美は胸の奥に灯った温かなものを、静かに抱きしめた。

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