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求婚

「さっきまでホールで踊ってたのにっ」

 見ればナジャの姿もない。サマラをどこに連れて行ったというのか。いくら相手が皇子とはいえ、おかしなことをしようもんならただじゃ済まさない! と息巻くサンドラを、カザディスが静かに制する。


「とんでもないこと考えてそうで怖いんだけど、大丈夫だよな?」

「は? なにがっ?」

「ほら、そんな怖い顔しない。ここは闘技場じゃないんだから」

「闘技場の方がよっぽど楽だわ」


 あの場所は強い者が勝つ。力と技で相手をねじ伏せればいい。しかしここではそうもいかない。この場所での強さは、地位。相手は皇子であり、その絶対的強さに敵うものなどサンドラは持ち合わせてはいないのだから。


「まったく、面白いやつだな、お前は」

 カザディスの知る「女性」とは、きらびやかに見を飾り立て、見栄と欲望に満ちた生き物だ。しかしサンドラは違う。いつもまっすぐで、妹思いで、単純で明快だ。

「それがいいのか」


「は? なに? 早くっ、行くわよっ!」

 サンドラに引っ張られるように、歩く。


 出入口の扉を開ける。ここから先、どこへ向かったかはわからない。屋敷奥へと繋がる回廊を行き、警備についている若い近衛にサマラのことを訊ねると、一瞬ハッとした顔をし、黙った。


「知ってますよね、どこに行ったか!」

 掴み掛からん勢いで迫るサンドラに、近衛が顔を背ける。

「申し上げることは出来ません」

「は? 私の義妹なのよっ? どこにいるのっ!」

「ちょ、ここから先は立ち入れません!」

 揉めている声を聞きつけ、他の近衛まで集まり始める。


「おい、まずいぞ」

 カザディスが止めに入るも、サンドラは耳を貸さない。

「邪魔しないでっ」

 ドレスを着ていることも忘れ、近衛に向かっていくと、足を掛け相手を転ばせる。そしてそのまま廊下を進む。

「サマラ! どこっ? サマラ!」

「……あ~あ」

 カザディスが肩を竦める。騒ぎが大きくなり、結果、奥の扉が小さく開かれた。顔を出したのは、ナジャ皇子だ。


「そこかーっ!」

 サンドラがドレスをたくし上げ走り込む。慌てて近衛とカザディスが後を追う。


「サマラ!」

 部屋に押し入ると、驚いた顔のサマラが姉であるサンドラを見た。

「お姉様!」

「あああ、私の可愛いサマラ! 無事だったっ? なにかおかしなことをされたりしてないっ?」

 ペタペタとサマラの体を撫でつけ、とんでもないことを口走る。


「私は大丈夫ですわ。それより、なんの騒ぎですの?」

 ふと見れば、呆れ顔のナジャ皇子、怒り顔の近衛が数名、頭を抱えるカザディスの姿。

「だって、サマラが男たちに連れられて行く姿が見えたからっ」

 ぎゅっ、とサマラを抱きしめる。


「私はそんなに信用がないのでしょうか」

 ナジャが溜息交じりにそう口にした。それを聞いたサンドラは臆することなく、

「サマラの魅力を前に、ナジャ様がとち狂ったとて、なんの不思議もないでしょうっ?」

 と真顔で告げる。

「この、無礼者!」

 近衛が一歩前に出る。それをナジャが手で制した。


「いや、確かに断りもなく妹君を部屋に連れ込んだ自分に非があります。ご無礼をお許しください」

 頭を下げた。

「ナジャ様!」

「皇子!」

 近衛たちがざわついた。


「サンドラ嬢。私はサマラ嬢に結婚の申し込みをしておりました」

「……は?」

 結婚、と言ったのだ。


「けっこ……ん? サマラに?」

「そうです。先日の武闘大会でサマラ嬢に一目惚れをし、先程ダンスをしながらお話をさせていただき、この気持ちが確信に変わりました。ぜひとも結婚を前提にお付き合いをしていただきたいのです」

「けっこ……いや、でもサマラ……は」


 チラ、とカザディスに目を向ける。

(カザディスのことが好きなんでしょ?)

 憧れ程度だった恋心を、姉は心底心配しているのだと理解したサマラが、手と声を同時に上げた。


「お姉様、私、お受けしようと思っております! ナジャ様はとてもお優しくて素晴らしいお方ですもの。でも……ひとつだけ問題が」


「え? 問題っ?」

「ええ。お姉様の婚約者が見つかってからでないと、この話をお受けすることはできませんの」

 と言いながらカザディスを見る。サマラと目が合ったカザディスが、一瞬首を傾げ、それからポン、と手を叩く。打ち合わせたわけでもないのに、二人の息は抜群だった。


「私の婚約とサマラの結婚は、関係ないでしょう?」

「いいえ、お姉様より先に婚約を決めることなど出来ません!」

「だけど、私は……サマラに幸せになってもらうことが、私の幸せなんだからっ」


 あわあわするサマラに、カザディスが声を掛ける。

「そういうことならサンドラ、俺にいい考えがあるんだが」

「え? なに?」

「……俺と、結婚してくれないか?」

「……へ?」

 口をぽかん、と開け、固まる。


「俺も、そろそろ相手を決めなければいけない状況にある。だが、いい相手がいなくて困っていたんだ」

「なっ、なななに言ってるのっ? あんたほどの人なら、相手に困ることないでしょうよっ?」

 見た目も家柄も。現に、さっきも令嬢たちに好意的な眼差しを向けられていたのだから。


「俺が、いいと思える相手でなければ、意味がないだろ?」

 優しい顔で、サンドラを見つめる。剣を交えている時とは明らかに違う顔を向けられ、サンドラの頭に血が上る。


「んまぁぁ! それは素晴らしいですわっ」

 サマラが二人のやり取りを前に、満面の笑みで手を叩く。

「いや、ちょ、え? 私が……な、なんでっ?」

「あら、お姉様は嫌なのですか?」

「いや、だって、それは」


 何故かはわからないが、顔が火照ってくるのが分かった。カザディスと、結婚。降って湧いた話に現実味もない。そもそも、結婚など考えたこともない。目の前のカザディスを見る。見た目も爵位も、なにより強さも、申し分のない人物。


「サンドラ、嫌か?」

 隣でサンドラを見つめるカザディスの瞳は、とても真剣で、熱い。

「だって、そんなっ、私はっ」

 まだ先の話だと思っていたのだ。恋だの愛だの、そんなものわからないし、知りたいとすら思っていなかった。


「ゆっくりでいい。だが、真剣に考えてみてくれないか?」

「それは……えええ?」

 視線が定まらないサンドラに声を掛けたのは、ナジャ。

「いいや! ここでハッキリさせていただきたい。サンドラ嬢、ここにいるカザディスとの婚約を承諾するか、否か?」

「そんなっ」

「そなたが首を縦に振らねば、私はサマラと婚約が出来ないのだぞ! もういいだろう? ここで誓ってしまえば」


 軽い感じでそう口にするナジャに、さすがのサンドラも言い返す。


「そんな簡単にっ。私にはダリアの称号を手にし、近衛隊に入るという夢があるのですっ。それを諦めるわけにはいきません! 私は結婚になど興味はない!」

 すっぱりと言い切った。


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