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私とダンスを

「本日はお招きいただきありがとうございます」


 サマラがそう挨拶し、カーテシーをすると、それに倣ってサンドラもドレスの裾を持ち上げた。相手は宰相でもあり、皇帝の右腕と称される人物。位の高くない貴族が挨拶を交わすのは、宰相クラスがせいぜいなのである。

「マビ伯爵殿のご息女ですね。ようこそおいでくださった。どうぞ楽しんで」

「恐れ入ります」


 簡単に挨拶を済ませれば、あとはなにもすることがない。飲んで食べて、ダンスを踊る程度のこと。一体これのなにが楽しいのか、と改めて思うサンドラであった。


「さ、お姉様のダンスのお相手を探さなければ!」

 サマラがそう言って目を輝かせる。この日のためにきっちりダンスの稽古をつけてきた。それは間違いないが……だからと言って無理に踊る必要はないと思っていたのに。

「別にいいよ、そんな」


 渋るサンドラの元に、一人の男性が寄ってくる。


「あのっ、よかったら私とダンスを」

「へ?」

 ふと見れば、目の前にいるのはどこかで見た顔。相手に気付いてハッと息を飲むより先に、サマラが声を上げる。


「ナジャ……皇子?」

 見た顔だと思った相手は、先の大会で皇帝の隣にいた人物。皇帝の息子、ナジャ・シンラだ。


「よろしいですか?」

 差し伸べる手は少しだけ、震えている。緊張した面持ちながら、精一杯笑顔を作っている。これは、どう見ても本気のやつだ、とサンドラが身構える。


「何故、私に?」

「実は……先日の武闘大会でお見掛けした時からずっと気になっておりました。今日こちらにお見えになると聞き、是非ダンスをと……。()()()()


 ナジャがサマラを見る目は、完全に恋をしている男性の目だった。


「でも……」

 チラ、とサンドラを見上げる。パーティーの経験もない姉を、この場に置き去りにすることが気掛かりだったのだ。


「サマラ、お断りなんかできないよっ。いいから行っておいで」

 だいぶ失礼な物言いになってしまう。が、サマラは、

「では、行って参りますわ、お姉様っ。よろしくお願い致します、ナジャ皇子」

 差し出された手を取る。ナジャがホッとしたように息を吐いた。


 ナジャのエスコートでホールの中心へ向かうと、周りからホゥ、と声が上がった。と共に、令嬢たちからは厳しい目が向けられる。まだ幼いサマラは、サンドラ同様、今日が社交界デビューの日だ。その初めての社交界で、ファーストダンスが皇子だなど……普通は有り得ない話だ。


 しかし、曲に乗ってしまえば周りの嫉妬も羨望に変わる。流れるような軽やかで美しいダンスは、見ているものをすぐに魅了した。


「ああ、サマラ、完璧だっ。なんて素敵なのっ」

 込み上げる涙を押さえつつ、義妹のダンスを凝視するサンドラ。自分が壁の花になっていることになど、気付いてもいなかった。

 手を取るナジャの顔が、またなんとも幸せそうである。


「どこのご令嬢かと思ったら、伯爵家の小娘ですってよ!」

「まぁ! そのような身分でよくも皇帝のご子息からのダンスをお受けになりましたわねっ」


 漏れ聞こえてくる厭味ったらしい陰口を聞き、思わず腰に手を遣る。が、当然、今日は剣など持っていない。

 つかつかと歩み寄り、令嬢たちの輪の中に割り込むと、

「私の可愛い義妹になにか文句でも?」

 睨みつけながら、凄む。


「ひっ」

「な、なんですのあなたっ」

 怯む令嬢相手に、詰め寄る。


「これは失礼。私は『そのような身分』であるマビ伯爵家長女、サンドラ・マビと申します。あなた方の発言は我がマビ家に対する侮辱であると同時に、サマラをダンスに誘ったナジャ様、つまり皇帝閣下、シンラ一族への侮辱……ということでよろしいでしょうか?」

 にんまり、笑う。


「そっ、そんなことはなにも言っておりませんわっ」

「言いがかりをつけるつもりですのっ?」

 何とか言い返そうとする令嬢に、更に畳みかける。


「皇子に声もかけてもらえず、悔しがる気持ちもわからないではございませんが、あなた方のように見た目だけを着飾った、中身のないご令嬢では、一生かかっても皇子からのお誘いはありませんわねぇ。サマラのように身も心も美しくあらねば、淑女とは言えないのですよ?」

 嫌味全開で言い放つと、二人の顔つきが変わる。

「こんのっ、いい気になるのも大概になさいっ」

「私たちを誰だと思ってっ」


「ああ、ここにいたのか」

 そんな一触即発の空気を破り入ってきたのは、カザディス・エント。


「カ、カザディス様っ」

「いかがなさいましたかっ?」

 令嬢二人の口調が変わる。頬を染めカザディスを見つめる顔は、恋する乙女そのものだ。一瞬の変貌っぷりにサンドラが驚いていると、カザディスが手を出した。

「一曲よろしいですか?」


「は?」

「えっ?」

 令嬢二人が絶望的な顔でカザディスとサンドラを見る。


「え? 私?」

 サンドラがキョトン、とした顔でカザディスを見上げると、

「是非」

 と微笑む。


「……ええ?」

 一瞬怪訝な顔をするも、令嬢二人の顔を見て気が変わる。サンドラはにっこりと笑い、

「喜んで」

 と、カザディスの手を取った。


 その様子を見る令嬢二人の目は、完全に敗北者のそれだ。


 手を取られホールに向かう途中、カザディスが

「誘っておいてなんだが、ダンスは踊れるんだよな?」

 と失礼極まりない心配をしてくる。

「あのね……さすがに私だって、ダンスくらい踊れますっ」

 キッと睨みながら言うと、カザディスはクスッと笑った。

「ならよかった。足を踏まれたくはないのでね」

「そっちこそ、ちゃんとリードできるのかしら?」

 挑戦的な目で言い返す。と。グイッと腰に手を回され引き寄せられた。

「後悔はさせないさ」


 間近にカザディスの顔がある。深い青の瞳。何故か鼓動が早くなるのを感じるサンドラ。


「では、お手並み拝見」

 わざとらしく耳元で囁くと、ステップを。

 ドキドキしながらも、そんなことは微塵も顔に出さず、同じようにステップを踏むサンドラ。


「しかし、さっきはどうなることかと思ったぞ」

 ダンスをしながら小さな声でカザディスが言った。

「なにが?」

「公爵令嬢二人相手に喧嘩を売っていただろう?」

「は? 違う。売られた喧嘩を買っていただけ」


 ハッキリと訂正する。と、カザディスが吹いた。


「ぶはっ、同じことじゃないかっ」

「だって! サマラのことを馬鹿にしたんだものっ? 見過ごせると思うのっ?」

「……ああ、妹君か。君は本当に妹が好きなんだね」


 ホール中央に目を遣ると、まだ楽しそうにナジャ皇子とダンスに興じているサマラの姿が確認できる。


「あの可愛い妹を一生守り抜くのが、私の使命だと思っている」

 真剣な眼差しでそう告げると、カザディスが目を丸くした。

「は? 結婚は? 自分の人生はどうする気なんだ?」

「私? 私は別に……そういうことに興味はないし」


 とはいえ、きっとそんな我儘を聞いてもらえるのも時間の問題なのだろう。いつかは親の決めた相手と結婚させられ、剣を取り上げられる日が来る。そのくらいのことは、わかっていた。


「私はこんなだから、嫁の貰い手には苦労しそうだけれどね」

 自嘲気味にそう言うと、カザディスが眉を顰める。

「本気で言ってるのか、それ?」

「なにが?」

 カザディスの顔を見ると、なんとも言えない顔でサンドラを見つめている。


「な、なにっ?」

 まただ。ドクン、ドクンと心臓が煩い。

「だったら俺が」


 カザディスがなにかを言いかけた瞬間、サンドラの視界の片隅にとんでもない光景が映る。サマラが数人の男たちに連れられ、ホールを後にしたのだ。


「なっ、サマラ!」

 カザディスの手を振り解こうとするサンドラを、カザディスが捕える。

「おい、どうしたっ」

「サマラが、サマラが数人の男に連れられて部屋を出たっ」

「なんだって?」


 バタン、と閉じられる扉。もうサマラの姿は見えない。


「行かなきゃっ」

 走り出そうとするサンドラの腕をカザディスが掴む。

「なにっ?」

「落ち着けって。大事にするな。ここがどこだかわかってるんだろう?」


 王宮のダンスホール。確かに、今ドレスのまま血相を変えて駆け出せば何事かと思われるだろう。


「俺の腕を取れ。雑談しながら歩くんだ」

「でもっ」

「ほら、行くぞ」


 きゅ、とサンドラの腕を自分の腕に絡めるカザディス。サンドラはされるがままカザディスに連れられ歩き出す。


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