社交界デビュー
「はぁぁぁ? 王宮のパーティー?」
サンドラが声を荒げた。不服そうな顔をする娘に、父であるジャンノは困った顔で言い放つ。
「まさか嫌とは言うまいな?」
本当は言いたかったし、言うつもりでいたサンドラ。だが、一旦黙る。ここでNOを突き付ければ、好意でやらせてもらっている剣の練習も、させてもらえなくなるかもしれない。
「お前ももう十六だ。今まで社交界に出たこともないお前にとって、このパーティーはとても敷居が高く、正直とても不安だ。だが、断るという選択肢を取るなら、私にも考えが……」
「行きますっ。行きますって」
被せるようにそう言うと、ジャンノが胸を撫で下ろす。
「ではそれまでにダンスの練習もしておくように。いいか、マビ家の長女であるお前が、ダンスも出来ないというのは、我がマビ家にとって大きな恥であり、お前の大好きなサマラにまで、迷惑が掛かることになるのだからな?」
「サマラにっ?」
さすが父、である。サマラを盾にすればサンドラは絶対に言うことを聞くと、承知の上での発言だ。
「わかりました。では完璧なダンスを披露できるよう、本番までにしっかりと仕上げてみせましょう!」
拳で自分の胸をドンと叩く。サマラのためとあらば、どこまでも頑張れるのがシスコンという生き物だ。
「お姉様!」
話を聞きつけたのか、サマラが部屋へ駆け込んでくる。
「サマラ! 私はサマラのためなら、ダンスくらいすぐに踊れるようになるからね!」
「まぁ! ではパーティーに出席するのですねっ?」
「もちろん!」
「嬉しいですわっ。私の社交界デビューがお姉様と一緒だなんて!」
「ん?」
チラ、とジャンノを見る。と大きく頷き、
「左様。十四になったことだし、そろそろサマラの社交界デビューも考えねばと思っていたところなのだよ。王宮のパーティーなら申し分ないだろう」
「サマラが……社交界に」
綺麗なドレスを身に纏いふわりと笑うサマラを思い浮かべ、思わず頬が緩む。と同時に、おかしな男たちに言い寄られるサマラを守らなければ、という気持ちにもなる。
「わかりました。私が盾となり、必ずやサマラを守ってみせますとも!」
胸に手を当て、誓いを立てる。
「……いや、そういうことでは」
困惑するジャンノを完全に無視し、
「それでは、早速ダンスの稽古をしてまいります!」
と宣言し、部屋を出て行くサンドラ。
そんな娘の姿を見ながら、
「……どうしてああなってしまったんだろうなぁ」
と呟く父と、
「お姉様は、どんな時でも素敵ですわ」
と、うっとりした目をする義妹。
「なぁ、サマラ」
少し真面目なトーンで話し掛ける義父に、サマラが目線を移す。
「サンドラは剣には長けているが、それ以外が全くだ。お前が力になってやってくれないか?」
と、真剣な顔で懇願する。
「もちろんですわ!」
サマラが力一杯頷いた。
「姉妹仲がいいのは良いのだが、このままでは結婚も出来やしなかろうからなぁ」
年頃の娘を持つ父としては、頭が痛いところだ。今度の社交界デビューを機に、サンドラの相手を探そうというのが、目論見のひとつにある。
「お父様、まさかっ」
父の独り言を耳にしたサマラが恐る恐る訊ねる。
「お姉様のお相手を探そうと……?」
「そうだよ。あの子は我がマビ家の長子。それなりの相手を見つけて輿入れを決めねばならない。今すぐでなくとも、婚約くらいはさせねばいかんだろう。しかしあのじゃじゃ馬に合う相手がいるとも思えんのだ」
実際、現時点で婚約の申し出が皆無なわけではない。が、サンドラのじゃじゃ馬っぷりを見たり聞いたりすることで、一方的に話が消えていくのが現状だった。
「望む相手と一緒にしてやりたいところだが、今のままではそうもいくまい。そのうち売り残ってしまえば、若い娘が好きな年寄り貴族に目を付けられかねんし。困ったことだ」
基本的には、貴族令嬢が自分の手で結婚相手を選べる年齢は二十まで。それ以降は、申込制が普通だ。そしてそうなれば、格上の爵位を持つ貴族からの申し出を、断れなくなってしまう。
「サンドラを、修道院などには入れたくないしな」
結婚を断る最終手段は、それしかない。
「そんなっ、お姉さまには幸せになっていただきたいですわっ」
サマラが力説する。
後妻の子である自分を、目に入れても痛くないほど可愛がってくれた義姉だ。幸せを願わないはずがない。
「誰か、いい相手が見つかるといいのだが……」
呟く父の言葉を聞き、思い浮かべる。
「お姉様と渡り合える相手……」
サマラの頭に浮かんだのは、あの人だった。
***
王宮でのパーティー当日。
「ああ、サマラ! なんて愛らしいんだっ」
目を細め義妹を見るサンドラは、親バカならぬ姉馬鹿丸出しだった。
「お姉様こそ、ドレスがとてもお似合いで美しいですっ」
そして姉馬鹿もいるのである。
会場では、沢山の貴族、王族たちが所狭しとせめぎ合い、あちらこちらに媚を売り歩く。年頃の娘たちも多く、人だかりができているのは独身の王族たちの周りが中心だ。皆、自分より高い身分の男性に引き寄せられていく。その頂点が王族というわけだ。
「ああ、そう言えば確か、皇帝陛下のご子息が、同じくらいの年齢だったような」
サンドラの目指している近衛騎士団には、ボディーガードのように、王族の直属の警護をする精鋭部隊もある。ダリアの称号を手にすれば、近衛騎士団トップも夢ではないだろう。先日の大会では引き分けてしまったため、サンドラもカザディスもその称号を手にすることは叶わなかったが。
「次は一年後か……」
大会は年に一度だけ。次こそはと心に誓うサンドラであった。
「おや、どちらの姫君かと思ったら、まさかあなただったとは!」
大袈裟な物言いで近寄ってきたのは、カザディスその人だった。均整の取れた体、甘めのマスク。いつもの汗臭いイメージはどこへやら、きちっとしたタキシードに身を包み微笑む姿は、さすが公爵家の令息といったところか。
「あ~ら、そちらこそ、いつもとは違って人間に見えますのねぇ」
いつもは猿だけど、と言わんばかりに対峙するサンドラも、それなりに肌を出した美しいドレスに身を包んでいる。
「馬子にも衣裳」
「馬子にも衣装」
お互いを指さし、ハモる。
隣でサマラがプッと吹き出した。
遠巻きに二人を見る複数の視線を感じ、マサらが辺りを見渡す。と、どこかの令嬢たちが睨みつけるような鋭い視線を向けているのがわかる。カザディスはこの見た目だし、公爵家の次男。狙っている女性も多いのだろう。ましてや、話している相手が見たこともないポッと出の小娘。嫌悪の的にはもってこいだ。
「お姉様、まずは主催者様へご挨拶に伺わねば」
サマラがそう促す。主催者である宮殿の主、エバンス・シンラは、ひっきりなしに訪れる来客の相手をし、忙しそうだ。直接本人に挨拶は出来なくとも、関係者に顔を見せておくのが礼儀である。
「ああ、そうだった。……では、失礼っ」
べー、と舌を出しカザディスの元を離れる。
残されたカザディスは、サンドラの後ろ姿を見て、頭を掻き、
「参ったな……」
と呟いた。
「まさか、この俺がギャップにやられるなんて」
その耳が赤く染まっていることに気付く者はいなかったようだ。




