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20

 壁の中へと行く2人に、ヒーラギは怖くて目を瞑った。そんなヒーラギにブランは優しく声をかける。


「ヒーラギ、目を開けてみて」

「ニュ」


 ヒーラギはびっくりして瞑った瞳を開けた。


 そんな、ヒーラギの瞳に飛び込んできたのは大自然の中。だけど、この森にはびこる瘴気が、ヒーラギの体にまとわり付いてきて気持ちが悪かった。


(……瘴気だわ)


 これをヒーラギは騎士団との遠征で、幾度なく見てきた。ここに瘴気が漂うということは、この森に魔物がいることになる。


「ヒーラギ、どうした?」


 眉をひそめ、着いたばかりの森を黙ったまま見つめるヒーラギを、ブランは心配した。


「すごく綺麗な森だけど――瘴気に満ち溢れ、体に纏わりついて気持ち悪いの」


「瘴気? え? ……そうか、この辺りの森まで瘴気が来ちまったのか。しかし――それがすぐ分かるヒーラギは凄いな。俺は数年、訓練してようやく瘴気を体で感じられるようになった。でも、ヒーラギには瘴気が目に見えているんだな」


 そのブランの言葉に。

 ヒーラギは違うと、首を横に振る。


「私だってはじめは、ブランと同じで瘴気を体で感じるだけだった。何度も、何度も、騎士団との遠征に着いて行くようになって、だんだんと見えるようになったの。ブランだってこんな環境下にいたら……いつか、瘴気が見えるようになるわ……だけど、見えない方がいい」


「ヒーラギ……」


 瘴気はおぞましい。人の形、動物の形、訳のわからない形で、黒くドロドロしたものが揺れ動いている。騎士団との遠征で、魔物と戦い数日前に命を落とした騎士を見たとき……あまりの恐怖で、出かかった悲鳴を噛み砕いた。


「絶対見ない方がいいわ。……見たくないものまで、見えちゃうから……」


「見たくないもの? ……俺の心配をしてくれてるんだな。ハハ、ヒーラギは優しいな……前と変わっていない」


 前? いつの話だとブランに聞こうとした、そのとき。


『ほおぅ、君は瘴気が見えているんだね、ブラン嫁』


 と、口調の軽い男性の声がどこからか聞こえた。


 あたりを見回すと、近くの木の上にエメラルドグリーンの長い髪と瞳、ブランと似た服を着た……耳の長い男性が座っていた。


(……長い耳! この人はもしかして森に住む妖精、エルフ? この人、見かけだけ見ると女性に男性にも見える中性的な人。で、でも、よく見るとこの人半透明? 透けていない⁉︎)


「きゃっ! ユ……ユ、ユ!」

 

「ニュ?」

「ユ?」


 この世に未練を持ち亡くなると、ユーレイになり化けて出るって本に書いてあった。初めてみたけど……ほんとうに幽霊って半透明なんだ。ヒーラギはユーレイをまじまじ見てしまうが、そのユーレイエルフはプルプルと体を震わせて、お腹を抱えて笑いだした。


『ぷははっ、期待してる所ごめんね。私はユーレイじゃないんだ、ブラン嫁』


 そしてまた、ブラン嫁だと彼は言った。


「ロン師匠、嘘はいけません。ヒーラギはまだ俺の嫁ではありませんよ」


『じゃー嫁じゃなかったらなに? ブランはヒーラギを嫁にするって言っていたよね』


「あ、ああ! ――い、言ってはいましたが、ロン師匠、物事には順序があるんです。ヒーラギの承諾も無しに、彼女を嫁にはできません!」


 反論しながらも、ブランの顔は真っ赤だ。

 

『フフ、ブランは可愛いな~勿論ブラン嫁も可愛い。さすがブランが幼い頃に目をつけただけある。私が結婚の祝いにハープを引いてあげよう』


 エルフは木の上で陽気にシャラランと、何処から出したのかわからない小さなハープを弾き、即興で作った歌を歌いだした。


(なんて、陽気な人なの)


 そして歌は。


『ああ~ずっと君を幼い頃から可愛い~可愛い~、いつかは自分の嫁に欲しいと言っていた~教え子が、ほんとうに嫁を~掻っ攫って、ここまで連れて帰ってきたぁ~』


 ブランのことを言っているのか。

 顔を赤くしたまま、ブランは。


「掻っ攫って連れてきた? 師匠、ち、違います! 人を人攫いのように言うのはやめてください! それにこの話は男同士の秘密だと約束しましたよね」


『え、そうだっけ?』


「ニュ」

「ほら、スラも怒っています!」

 

 3人が言い合う姿を、ヒーラギは黙って見ていた。


 いま、このエルフのロンさんが言った事はおかしい。ヒーラギとブラン、スラとはさっき出会ったばかり。――だけど彼は、ヒーラギとブランが昔に会ったことがあるような言い方をした。


 それだと。


 ブランが聖女の助けがいると、言っていたのが嘘で、初めからヒーラギのことを知っていた事になる。


「ねぇ、ブランと私は昔に会ったことがあるの?」


「え! ――っと、それは」


 口を濁した、ブランだけど。

 木の上から降りた、ロンさんが教えてくれる。


『2人は会ったことはあるよ~国境付近の屋敷でね。ついでに言うと、私もその場にいた』


 国境付近の屋敷って、ヒーラギが行こうとしていた別宅だ。その場所はひと昔前、研究好きな父方のお爺様と、料理と花が好きなお婆様が住んでいた。お2人が亡くなってから、数年は空き家になっている。


 子供の頃に何度か、両親と一緒に訪れた場所でもある。その屋敷での思い出は――お祖父様がお祖母様のために作ったいろんな品種の花と薬草。みんなでテラス席で花と薬草を眺めながら飲んだお茶と、お婆様が作った美味しいお菓子。


 そしてヒーラギが6歳、弟が5歳のとき、両親がしばらく旅行に行くといって、その屋敷に数日間預けられたことがある。


 弟が大怪我をした日。――テラス席でお祖父様とお祖母様が見守るなか、ヒーラギと弟は庭園で遊んでいた。その時、何かが起こって弟が大怪我をしてしまった。


 その怪我を治そうとしたヒーラギに、癒しの力が現れたのだ。


(でも私、弟が怪我をした理由がわからない)


 それに、その場にいたと言ったブランにも、ましてやロンさんにも会った記憶がない。


「待って、私……その日の記憶が曖昧だわ。いたはずの、ブランとロンさん達のことを……全然覚えていないの」


 ヒーラギの言葉に。

 ロンさんはコクリと頷き、


『そうだね。ブラン嫁は記憶が無いに決まっている。その日の、ブラン嫁の記憶は全て私が消したからね』


 そう、言った。

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