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姉御にご注意②

無双とその後の話です。

大団円です。




 

 女は腰の鞘から刀を抜いた。

 しかし、刀を抜いた女に対し猿の魔物は笑いながら言う。

 

「グフフ。それ刀違う。なんだそれ?」

 

 猿の魔物の言葉は的を得ていた。

 女の持つ得物は刀や剣と言った物とはかけ離れていたからだ。

 

「これ?これは刀よ。私の愛すべき相棒」

 

 女は言う。

 だが、女の持つ刀は従来の物と全く異なる物であった。

 女の握る柄の先にある鍔からは刃がまっすぐに存在せず、はばきから伸びているのは星の重力により項垂れた物体であった。まるで水を吸った布の様な物体がその刀の刃の部分にあたる。

 

「それ刀違う。グフフ。お前もかあいそお」

 

 先と変わらぬ笑みを浮かべながら猿の魔物は言う。

 こんな得物で戦おうとする女に向けて言う。その目は両目を開けており、手にはそれぞれ長い爪が伸びていた。

 どうやら猿の魔物の傷は、女と話している内にほとんど回復をした様子であった。

 目や耳、爪まで元通りになった猿の魔物はすぐにでも女とタイラを倒し、村に向かおうとする。

 

 しかし、猿の魔物の足は動かない。

 先ほどの圧倒的な威圧により足が地面に縫われてしまったようだ。

 

「あら?先行は譲ってあげようと思ったのに臆病風に吹かれたの?」

 

 女は猿の魔物と同じようにニヤニヤと笑い馬鹿にする。

 

「なら先行は私がいただくわ」

 

 そして女は腕を真っ直ぐに手に持つ得物を胸の前まで持ち上げ言う。

 闘う事を示すその言葉を。

 

「刀水片刃九尺一寸」

 

 女の言葉がまるで粘土細工のように獲物の形を変える。

 数秒にも満たない内に、先程までの水を吸った布の様な刃がその姿を表す。

 女の手には幅3cm、刀身3mに届くような長ものの片刃の刀があった。

 それは蒼い波紋を流し、その長さに似つかわしくない細さで或はずだが、そんな気配を微塵も感じさせないほどの存在感であった。そんな異様な刀を女は軽々と片手で持ち、鋒を向ける。

 

「それじゃあ行くわよ、覚悟はいい?」

 

 その言葉を聞いた猿の魔物は縫われていた足を振りほどき、女へと近づき腕を振るう。

 女の発する言葉からか、その異様な得物からか、野生の勘からかは分からないが猿の魔物は、ここで初めて本気を出した。

 体長5mの本来の体に似つかわない程に腕を巨大化させ女へと振り下ろした。その腕優に魔物の4倍程の大きさである。

 

 その振り下ろした一撃で大地からは間欠泉のように土が舞い上がり、あたりに土砂の雨を降らす。

 あたりを土埃が舞い、両者の視界を奪う。

 

「グフフフ。なんだこれ。たわいない」

 

 猿の魔物は今し方この手で葬った女の実力の無さに呆れ返った。自分が動けなくする程の威圧の持ち主であったから本気を出したら一瞬で事終わったので肩透かしを食らっていた。人間を潰す確かな手応えを感じていたからだ。

 

「早く食事、行く……ん?」

 

 二人の人間が向かって来ないのを確認し振り下ろした腕を引こうとした時、自分の巻き上げた土埃が腕の振り下ろした着弾点から少しずれているのに気づく。

 未だに土砂の雨はあたりに音を響かせ、降り続けている。

 

 

「これが攻撃?」

 

 

 不意に声が響く。あまりに平坦な声であったが、土砂の雨の音などを全て聞こえなくさせるような声色であった。

 

 猿の魔物は素早く女から振り下ろした腕を引く。確かに直撃したはずと自分の腕を手を爪を確認すると、手首より先がなくなっていた。

 理解不能の状態に陥っている猿の魔物の耳に、女の声が届く。

 

「切るって動作は相手に気づかれないうちに済ませることを言うのよ」

 

 猿の魔物は理解できていなかった。今の現状を、己の状態を。

 あの振り下ろした爪が、腕が、土をえぐった感触は全て自分の予想が見せたまやかしであったと言うのかと、思考の海に沈みかけながら、晴れてきた先ほどの着弾点を見やる。

 

 着弾点には女の持つ刀の先があった。

 本来であれば地面に突き刺さるなどをする筈の刀は、地面に一太刀ではなく地面を深く抉っていた。

 あまりにも早く振るわれた刀によって出される空気の衝撃によるものであった。

 

「お…お前何?これお前した?」

 

 感じたことのない感情から猿の魔物は声を荒げた。

 その感情がこれから幾度も目の前の人間に味合わされるのを知らずに声を荒らげた。

 

「切っただけ、あまりに遅いもんだから片手で成せたわよ」

 

 空いている手をひらひらとさせ、淡々と自分の感じた事を言う女。

 それは自らの生活圏に入ってきた害虫に言う様な素振りであった。

 

 その一言が今度は猿の魔物の怒髪天を衝いたようで、雰囲気を変えた。

 

「お前強い。でも俺。もっと強い。

 お前無理。かあいそお」

 

 猿の魔物の発する雰囲気が一気に変わった。

 その巨体な身の丈を更に巨大化させ15mに及ぶであろう。その腕は地面へとつくほどに長く身の丈よりも大きくなり、身体を覆うウロコは全て粗粗しく毛肌っていた。

 

「グフフ。俺本気。お前一捻り」

 

 本気を出したことにより、勝利を確信した様で猿の魔物は眼前に悠々と構える女に言う。

 猿の魔物は本気を出した。それは確かに往々しい程の雰囲気であった。しかし知らない。限られた箱庭で生きてきた猿の魔物にとって、外の世界を知るすべはなかった。

 

「そんなに大きいと、この人に影響出るから退いてもらうわよ」

 

 15mもの巨体の魔物を目の前に女は、場所を帰ると提案する。

 片手に持つ刀左脇に充てがえ、柄を両手で掴み言う。

 猿の魔物をその場から退場させる言葉を。

 

「刀水両刃五丈九尺」

 

 再度刀が姿を変える。

 先ほどの細長い刀と打って変わって、その形は鉄の塊であった。

 幅3m、刀身30m程の両刃の太刀というには余りにも異様なソレを女は片手に持ち変える。

 重さは約5.6tとなるであろう太刀を軽々と肩に担ぐ。

 

「それ。俺よりデカイ。それなんだ!!」

 

 女が肩に担いでいることもあり、多少斜めっているソレは猿の魔物よりも十分に巨大であった。

 そんな光景を目の当たりにする猿の魔物は再度困惑するが、その腕を小さな一人の人間へと振るう。

 巨大な得物であれば、振るうのも鈍いと予想し魔物は攻撃へと転じたのだ。

 一歩踏み出し、先程よりも早く女の天高くより振るわれる腕を見やりながら女が言う。

 

「これは切るんじゃなくて、叩くための刀よ」

 

 猿の魔物は突如横っ腹から味わったことない衝撃を受け、はるか後方にある山の中腹へと吹き飛ばされる。そして、山の中腹に広がる岩や地面を砕きながら埋まり、暫し意識を失う。

 

「あらら、これは好都合ね。見晴らし良いところに埋まってくれたわ」

 

 女は手を額にあて、飛んでいった猿の魔物を見やる。

 猿の魔物を彼女は切っていない。その太刀の地で猿の魔物の土手っ腹を殴りつけただけであった。

 本来であればひと振りで事を成そうとしたが、それを彼女は許さなかった。

 理由は一つであった。

 

「う……ん…」

 

 彼女の後ろの方で眠る男性が目を覚ます。タイラであった。

 彼は意識を取り戻すと同時に身体を跳ね上げ、周囲の確認をする。

 

「…あれ?じょ…嬢ちゃん?なんでここに?

 それよりもあの魔物は…!?!?」

 

 タイラは目の前にいる女性に気づいたあとに魔物の存在を確認していると気づく。

 地面に付着する血、抉られている地面、そして彼女が肩に担ぐ鉄の塊を。

 

「気がついた?随分血を流したみたいで大変だったけど安心して。 

 左京印の栄養剤はどんな傷でも治すわよ。まぁ精神面だけは無理だけどね」

 

 タイラの目の前にいる女性は軽い口調で言う。

 その言葉を聞いてタイラは自分の負った傷の確認をして肩の傷、腹に空いた穴がなかったことに驚く。

 死の寸前まで追いやられた人をここまで治療する薬、そしてそんな薬を惜しげもなく使用したと思われる人物にタイラは聞く。

 

「じ…嬢ちゃんは一体…?」

 

 それは目の前にいる人物が先程まで喋っていた女性であるかの確認、そして見上げるほどの鉄の塊を軽々と持つ不可思議な存在を確かめるかと確認する質問であった。

 

「私?そう言えば自己紹介してなかったわね。

 私の名前はいぶきよ。村では姉御って言われてるけど本当はか弱い女よ。

 漢字で書くと伊(それ)を吹き飛ばすと書いて伊吹。そう言えばあなた漢字は分かる?」

 

 それは遅すぎる自己紹介であった。

 

 

 

 

 

 

 

「そうか…あの山の中腹から上がる土煙の場所にあいつはいるのか…」

 

「私が吹き飛ばしただけよ。あなたの獲物は奪ってないわよ?」

 

 いぶきさんが猿の魔物を屠らない理由はこれでした。

 あの猿の魔物を50年間、倒すことを目標にしてきたタイラさんがいることです。勝手に討伐してしまっては彼の50年を一笑することと同じ事なのです。だからいぶきさんは止めを刺さないのです。

 

「いや、俺の目的は達成できていないけど…なんか満足しちまった」

 

 タイラさんはいぶきさんの顔から目を離して地面に向けます。

 

「この50年間の鍛錬で…やつに一太刀いれる事ができたんだ。俺の剣はやつに届いたんだ…」

 

 タイラさんは声を少し震わせながら言います。

 

「まだ魔物は倒しちゃいないが…とーちゃんかーちゃんや村のみんなの無念は晴らせたかな…俺あまり頭よくねぇからわかんねぇや…」

 

 その言葉は年老いた男性の言葉ではなく、やり遂げれたかなと確認を取る少年の言葉でした。

 

「それは私にもわからないわ。でも確かにあなたの剣があいつに通じる。それが分かっただけでもいいじゃない。それでどうするの?まだあいつは生きてるわよ」

 

 いぶきさんにタイラさんの疑問はわかりません。

 でも確かに分かった事を教えてあげます。

 

「なんとかしたいのは山々だが、俺の持つ唯一の武器がこうだと…なぁ…」

 

 恩人とも言える使者の人から貰った剣は、その役目を終えていました。

 50年間も彼と苦難を共にし、鍛錬を行ってきた彼の相棒の最後の姿が彼の手に握られています。

 

「あなたの武器はまだあるわよ?」

 

 いぶきさんが言います。

 

「はぁ?俺の持つ武器はもうないんだぞ?まさか素手で戦えってのか。いぶきの嬢ちゃんは無茶言うな」

 

「違うわよ。あなたが50年間鍛錬して身につけたものがあるじゃない」

 

 違いを指摘していぶきさんが答えます。

 

「もしかして俺の太刀筋のことか?まさか…嬢ちゃん…!?」

 

 いぶきさんの言おうとする意図を勘付いた様でタイラさんが驚きの声をあげます。

 

「そ。私があなたの剣となってあいつを退治してきてあげる。

 まぁ50年の鍛錬で身につけた太刀筋をひと目で盗まれたと思えばあなたも怒ると思うんだけど…」

 

 いぶきさんが少し声を落として答えます。

 半世紀を費やして手に入れた太刀筋を体得されたとあっては文句のひとつも出るだろう。本来であれば一目見ただけでできることではないが、いぶきさんにはそれが可能であった。彼女は剣となれば誰よりも才能を持つ女性だからです。

 そして彼女は再度タイラさんに聞いたのです。

 あなたの長年の敵を私の手で討っていいのかと確認するために。

 

「あ…ああ!!それができるなら頼む。

 嬢ちゃんよりも年老いたおっさんの願いだが、またお願いしたい。

 俺の剣で討ってくれ…村のみんなを救ってくれ…」

 

 本来であれば自分で討ちたいであろうタイラさんの言葉はしっかりといぶきさんに届きます。

 彼の武器になると願い出た人物の申し出だ。ならその武器で討っても問題ないだろう。

 

「お安い御用よ。これで晴れてあの忌々しい魔物を討伐できるんだから。

 私こう見えてかなり頭にきてるのよ、分からなかったでしょ?」

 

 免罪符を得たようにいぶきさんが言います。

 そして自分がどれだけ怒っているのかをタイラさんに質問します。

 

「い…いや、それはよくわからんが無理だけはしないでくれよ。

 それにしても嬢ちゃんの剣…じゃなくてカタナはすごいな…これ本当に武器か?」

 

 質問を有耶無耶に答え、タイラさんがいぶきさんの肩に担がれる得物に目を見やります。

 天に聳え立つ長さ30mの鉄の塊が大変興味深いようです。誰でもそうなるでしょう。

 

「これ?あっ…この形状のままだった…すぐに戻すわ」

 

 いぶきさんは肩に担ぐソレをしっかりと持ち、自分の前に持ってきます。

 そして形を変える言葉を言います。

 

「刀水片刃二尺一寸」

 

 その言葉で巨大な鉄の塊は瞬時に形を変えます。

 幅3cm、刀身60cmほどの形へと早変わり。その光景に目を丸くするタイラさん。

 

「こ…これは一体!?そのカタナってのは一体なんだ?」

 

「これ?これは刀。銘は刀水。刃の数や幅と長さを任意に決めることができる形状記憶液体合金でできてる世にも珍しい液体状の剣の一つよ。時に刀、時に太刀と応用がかなり利くわよ。」

 

 いぶきさんがタイラさんの疑問に答えてあげます。

 液体合金などを見たことも聞いたこともないタイラさんにとっては眉唾の存在の刀。そんな刀を目の当たりにして少々取り乱します。

 

「それはすげぇな…なんだそれ…聞いたことねぇぞ?」

 

「終わったあとに教えてあげる。それよりもあの猿が目を覚ましたようだから潰してくるわ。

 本当にいいのね?」

 

 山の中腹から土煙が上がり、猿の魔物の怒りを乗せた咆哮が響きます。それはこの島にいる一人の女性に向けられたものであります。

 いぶきさんは再三の確認をとります。猿の魔物よりもそちらの方が気になるようです。

 

「ああ、完膚なきまでに潰してきてくれ。

 無様だがここで俺は見てることにする…」

 

「そう、わかった。それじゃあよく見ててね」

 

 いぶきさんがタイラさんに言うと、猿の魔物がいる方向へと踵を変えます。

 

「あっ…そうだった」

 

「ん?どうした嬢ちゃん?」

 

 向かおうとした時にいぶきさんがなにかを思い出したようでタイラさんに伝えます。

 

「私の考えたあなたの生い立ちを題材にした劇のタイトル。

 これでどうかしら、『タイラの喜劇』でいいんじゃない?」

 

「おいおい。俺の生い立ちのどこに喜ぶ場面があるんだ?」

 

「それはこれから演じればいいのよ。それじゃあ行ってくるわ」

 

 劇のタイトルを教えていぶきさんが、その場から空いてる手を振りながら消えます。

 タイトルは『タイラの喜劇』。

 悲劇が喜劇に変わっただけのものにタイラさんは苦笑いを浮かべながら、山の中腹にいると思われる猿の魔物を見やります。

 今から行われるであろう一方的な戦いに。

 

 

 

 ✽

 

 

 

「なんだあれ?人間違う。あれ何。あれ何??」

 

 意識を取り戻し、怒りを乗せ咆哮をあげた猿の魔物は先ほど対峙した人間の事を考えていた。

 信じられないほどの鉄の塊を軽々と自分の振るう腕よりも早く振るい、吹き飛ばした人物が人間とは違う存在であろうと考えている。そう考えなければ説明できない程の規格外の化物であった。

 

 

「あら?私は人間よ。歴とした人間。それもか弱い女の子」

 

 そして不意に声が猿の魔物の耳に届く。

 件の存在の声であった。自分を人間と豪語する存在。最後の言葉は不要であった。

 そして彼女は間髪入れずに言葉を続ける。

 

「刀水両刃一丈一尺」

 

 幅30cm、刀身6mの太刀へと姿を変えた得物を構え、猿の魔物に言う。

 

「ほら、か弱い女性がこうやって待ってあげてんだからなにかしてみなさいよ」

 

 その言葉を皮切りに猿の魔物は理性をかなぐり捨てて彼女に襲いかかる。

 先ほどタイラとのお遊びの様な立ち振る舞いでなく、相手を屠るための動きであった。

 強靭な脚力により、山の中腹から飛び出た猿の魔物はそのままの勢いで突進をかます。

 

「お前消す!俺危ない!!」

 

 音を超えるであろう突進。狙いは一人の女性。

 しかし猿の魔物は彼女にぶつかることもせずに宙へと身を放り出された。

 理由は明白。先程と同じように軽々とよけられたのだ。

 

「さて、許可も得たことだし私の怒りの様をあんたに教えてあげるわよ」

 

 猿の魔物は死角から声に驚き、その人物を見やる。

 満面の笑みを浮かべ、太刀を片手に持つ女性がそこにいた。宙を闊歩しながら。

 宙に浮かんだままの両者。

 

「お…おまえ何!?空歩く!?何な…フギュッ!!!」

 

 彼女は猿の魔物の大きな口を無理矢理に掴む。まるでそのまま唇を握り潰す力である。

 しかし彼女はしない。する理由もない。ただ怒りを顕にする為であった。

 

「まず一つ。神聖な戦いにケチつけた。」

 

 彼女はその言葉を伝えたと同時に猿の魔物の顔に手を添えながら恐るべき速度で山の岩肌に叩きつける。

 たった一度のその行動で、山の岩肌は抉れてクレーターができる。

 

「ガァァ…グェェ」

 

 後頭部から尋常ならざる衝撃を受け、猿の魔物の口から変な言葉が出る。

 どうやら魔物の脳がシェイクされたようであった。

 

 彼女の怒った理由の一つ。

 それが戦いにケチをつけたこと。

 命をかける神聖な戦いであるのにケチをつけたことであった。

 時と場合によっては許される行為であるが、相手は命をかけてまで戦おうとする相手に本気を出さず、剰え遊んでいた行動に彼女は怒っていた。目に涙を浮かべ、必死に叫びながら戦っている相手を嘲笑う姿に我慢できなかったのだ。

 

「や…やめろ!!俺の邪魔するなぁぁぁあ!!」

 

 数秒で自分にされている攻撃を理解したようで、猿の魔物が腕を大きく振るい彼女を払いのけようとする。しかし、猿の魔物の腕は虚空を切る。誰にも何にもぶつからない。

 そして再度聞こえる声。今度は足元からであった。

 

「その二。相手の覚悟を馬鹿にし嘲笑ったこと。」

 

 今度は猿の魔物の巨大な足の指を一本持っていた。

 それが意味することを猿の魔物は直感で理解した。

 

「ま…待て人間!それダメ!俺怒る!!!」

 

 今から行われるであろう事を恐れる15m近い巨体の猿の魔物。

 そしてそんな巨体の魔物を怯えさせるは170cmない一人の女性。

 

「んーそれは無理だな」

 

 足の指を起点に彼女は左手で軽々と15m程ある巨体を持ち上げ、右方向に広がる岩肌に叩きつける。

 猿の魔物を覆う固い竜のウロコによって猿の魔物は無事であったが、叩きつけられた岩肌は砕け衝撃でえぐられる。そして次には左方向の岩肌に叩きつける。

 そうして彼女は左右に猿の魔物を叩きつけていく。まるで布が吸った水分を飛ばすようにぶんぶんと振り回す。時に前に、真下にとバリエーションを変えながら。

 いつしかリズムを刻む振り子へと変貌した猿の魔物は叩きつけられる衝撃で再度意識を失いかける。

 回復力と再生力が自慢の身体は、いつしか叩きつけられる際に折れては治る骨の痛みに声をあげ、知らずのうちにその巨大な腕で顔を隠していた。

 確かに身体に傷一つつかない。

 しかし自慢のウロコを通して伝わる衝撃は骨を肉を砕くに十分であった。そしてウロコの下で砕け傷ついた骨や肉は瞬時に再生を繰り返し、再度砕かれる。

 繰り返される激痛に猿の魔物は再度感じたことのない感情を襲う。

 それを理解しないまま、その身を山の頂付近まで投げられ叩きつけられた。

 

 彼女の怒った理由の二つ目。

 それは相手の覚悟を嘲笑ったこと。

 そして馬鹿にしたことであった。

 50年前に家族を周りの人間すべての生活を奪った相手を倒すため、一人村に残されたタイラが村の為にしてきたことを全て馬鹿にし笑ったことへの怒りであった。

 タイラがどの様な思いで今日まで生きてきたかは彼女にもわからない。

 たった一人で鍛錬をして、村のために費やしてきた半世紀程の時間をかけるなど彼女に知るすべなどないのだ。

 もう一度とーちゃんかーちゃんとご飯を食べる。

 そんな願いのために50年も一人で頑張れる人間がどこにいるであろうか。

 それを成し遂げるために、欲に溺れず、めげずに頑張ってきた人を誰が笑えるだろうか。

 それが果たせぬ夢であろうと考えながらも頑張る人を誰が笑えるだろうか。

 しかし目の前にいる猿の魔物はそれをした。いぶきさんが怒るにはそれで十分であった。

 

 

「ガァァ…なんだ…これ。これが…怖い??」

 

 山の頂付近に叩きつけられた事で意識が混濁する中、猿の魔物は自分の中で蠢く感情を理解した。

 それは恐怖。

 圧倒的な強者から贈られる感情であった。

 はるか昔から生きてきた猿の魔物のはるか昔に刻み込まれた感情であった。

 

「俺知らない!これやる!俺いらない!!」

 

 猿の魔物の傷は治っており、その場で体勢を直して圧倒的強者へと怒鳴る。

 

 そこで突如猿の魔物に光明がさした。

 猿の魔物の力の一つに相手の魂を奪う能力があった。しかし、それは相手が恐怖を感じた際の魂のゆらぎを利用し奪う能力。先ほど遊んでいたタイラは頑なに恐怖を感じずに猿の魔物と対峙していた。別段いざとなったら使おうとしていたのでそこまで深く考えていなかった。

 

 しかし、彼女は違った。

 その尋常ならざる力。そして恐怖心などを微塵も感じていない心。

 彼女を支配しているのは、自分への怒りと理解した猿の魔物は彼女の魂をなんとか奪えないかと考えた。そしてその考えを思いつく。

 それは同族の人間を盾に彼女を脅すことであった。

 同族の人間、先ほど猿の魔物が対峙したタイラはここから数kmも先にいる。

 しかし猿の魔物に手段は残っていなかった。それをしなければ彼女に屠られると脳が警報をあげていたからだ。

 

「やる…俺やる。盾する。向かう」

 

 ぶつぶつと呟きながら目標のいる場所へと飛ぶ。

 猿の魔物は瞬時に山の頂からタイラのいる場所まで移動する。

 もちろんその姿をしっかりと見ていたいぶきさんは鋒を移動した猿の魔物へと向けて言う。

 

「刀水片刃三里二寸」

 

 

 ✽

 

 

 タイラのいる場所に飛んできた猿の魔物はタイラに近づこうとする。

 

「ふぅ…人間盾。お前必要」

 

 タイラはそんな猿の魔物に恐怖心を感じていなかった。

 先程戦っていた時よりも悍しい姿へと変貌していたが、今目の前にいる猿の魔物は恐怖に身を支配されていた。一目見てタイラは怯えているのだと気づいたのだ。

 

 そして猿の魔物も異変に気づく。

 盾にしようと考える人間に足を向けるが体が動かないのだ。

 まるで地面に縫われたように胸部が一切動こうとしない。そのことに疑問を感じた猿の魔物は自分の胸を見やり、気づく。

 

 それは胸から伸びて地面に刺さっている一本の刃。

 それが意味することを理解し口から血を吐く。

 猿の魔物ははるか後方にいるであろう人間に顔を向ける。

 先ほどいた山の中腹から伸びる一本の刃の持ち主を確認するためであった。

 

 しかしその存在を確認することはできなかった。

 そして後方から伸びているであろうと後方の山に顔を向けていると、盾にしようとしていた人物の近くから響く声に顔を向けた。

 

「あんた本当に外道ね。戦うに値しないわ」

 

 いた。

 男性の隣に彼女はいた。その手に短くなった刀を握り立っていた。

 

「ヒィィ!俺やめる。食事やめる!!

 

 15mもの巨体がその場で縮こまり恐怖に身を震わせて言う。

 もうやめてまた眠りにつくと言う。

 

「…こういってるけど、あなたの意見を聞こうかしら?」

 

「こう脅えていると惨めに見えてくるな…こんな奴のために俺は…」

 

 猿の魔物は二人が会話するために自分から視線を外しているのを確認した。

 そしてその瞬間を逃がさないように屈んだ状態のまま両手を振り下ろした。

 今までで一番の速度で振り下ろした腕。そして確かな手応え。瞬時に猿の魔物はそれを感じ取り歓喜した。先程まで恐怖していた人間は刀の形を変える際に何かを詠唱しているのも理解していた。自分から注意を払うことを意図的に実行して見事成功したのであった。

 

「グフフ。かあいそお。かあいそお」

 

 だが、その行為はまったく意味を成さないのは明白であった。

 

 魔物はわかっていた。

 自分が理解したことが願望、理想であったことを。なぜなら土誇り一つ上がらなかったからだ。今の攻撃で起きたことなど二つの大きな物体が地面に落ちた際の音だけ。

 猿の魔物は理解した。自分の肘より先がなくなった腕を見て理解したのであった。

 

「言ったんだけどな…」

 

 女の声が響く。

 

「切るって動作は相手に気づかれないうちに済ませることを言うのよ」

 

 その手に全く汚れていない白刃を持ったままの女の声であった。

 

「や…やめる!怖い嫌い。お前嫌い!!お前怖い!!」

 

 肘先を失った15mもの巨体の魔物は尻を付きながら後退りをする。少しづつであるが肘より先が再生をし始めている。

 

「いぶきの嬢ちゃん…頼む」

 

 タイラがいぶきさんに願う。

 俺の50年を終わらせてくれと。

 

「…わかった。あなた自身の太刀筋、よく見ておいて」

 

 タイラに答えるいぶきさんは言う。

 今からあなたの太刀筋で猿の魔物を屠ると言う。両手で柄を握り言葉にする。

 

「刀水零刃五丈二丈」

 

 その刀は刃がなく、幅12m、刀身30mもの大太刀へと姿を変えた。

 タイラは、刃がない事が意味することを彼女の太刀筋を見て理解した。

 

 タイラは見やる。

 彼女はその場で足くびから始め腰、肩と回転させながら横薙ぎに猿の魔物の横っ腹に刃のない刀を叩き込んだ。そして叩き込んだ直後に刃の方向を真上へと変え、猿の魔物を天高くまで吹き飛ばす。

 その太刀筋は自分自身の動きであった。50年間休まずに鍛錬して身につけた動きを彼女は完璧に会得していた。

 

 はるか上空に打ち上げられた猿の魔物は肘先がまだ再生していない腕で叩きつけられた横っ腹に腕を当てていた。固いウロコを通して送られた衝撃で腹が激痛に襲われているのだろう。

 

「本当にいいのね?」

 

 タイラの耳に何度目になるかわからない確認を取る言葉が入る。

 それは最後通告であった。

 

「ああ、頼む!一発派手にぶちかましてくれ!!」

 

 タイラ自身も知らないうちに興奮していた。

 はるか遠くの山の中腹から聞こえた猿の魔物のうめき声。そして突如と現れた恐怖する猿の魔物。

 これだけの要因で彼は理解した。嬢ちゃんが俺のために怒り、制裁を食らわせたのだろうと。

 いつしかその感情は昂ぶる。この悲劇はフィナーレへと向かっていた。

 

「お安い御用よ!!」

 

 そして彼女もタイラに大きな声で答えた。

 この最後の一撃を放つ際にタイラが渋ってしまうのかと少し不安に思っていた彼女であったが、タイラの大きな声を聞き、行動へと移す。刀を両手に頭上高くに構える。

 

 

「刀水零刃!!」

 

 

 伊吹が叫ぶ。伊(それ)を吹き飛ばすために

 

 

「二丁の五丈!!」

 

 

 最後の一撃を放つために。

 そして放たれる一撃。それは力の限り振り下ろす唐竹割りであった。

 

 その刀、幅奥行30m、刀身優に200mをも越える物へと変貌を遂げる。

 鉄の塊というにはあまりにも愚かで、変貌した得物は正に刀の建造物であった。

 

 はるか上空から落ちてくる猿の魔物は丁度射線上へと踊り落ちていた。

 そして刀の建造物が猿の魔物へと振り下ろされた。それは、巨大ゆえにかかる強大な空気の抵抗などを一切無視し恐ろしい速度で振り下ろされた。物理法則を無視するその一撃の際に発生した空気摩擦は刀の刃をドンドンと上昇させ、触れたものを瞬時に気化させる絶対的な温度へと昇華し再度姿を変えていた。

 そして触れるものを瞬時に気化させる得物に衝突した猿の魔物。衝突する寸前に最後に発する。

 

「グフフ。かあいそう。俺かあいそう」

 

 その言葉を最後に、猿の魔物は細胞一つ残さずに蒸発した。

 そして猿の魔物が気化したと同時に、沢山の光の玉が空へと飛び出す。

 夕暮れ時の空を元気に踊る光の玉は、島の一角へと飛んでいった。

 

 その光景を見やりながらいぶきさんは言う。

 

「刀水片刃二尺一寸」

 

 いぶきさんの刀は勢いを止めずに地面に衝突する寸前に刀を元の形へと変えた。

 普通の刀へと姿を変えた獲物からは凄まじい熱気を帯びていた。そんなことなど気にせずに腰に括りつけている鞘の鯉口に充てがう。

 

「最後に…私が怒った理由はね…」

 

 上空を見やりながらいぶきさんが言う。

 

「私の酒を勝手に飲んだことよ」

 

 言い切ると同時に刀がキンっと音を立てて鞘に収まる。

 犯人など知るすべもないいぶきさんの最後の理由は単に八つ当たりのものであった。

 そんないぶきさんの怒った理由を聞いたタイラさんは鼻を鳴らして失笑する。

 

 50年間もの悪夢が目覚めた瞬間に似つかわない言葉であった。

 

 

 

 

 

 ✽

 

 

 

 

 

「何度もお願いするのは失礼だと思うがよ…」

 

 全てが終わり、報酬をもらおうといぶきさんが鼻息を荒くしているとタイラさんが聞いてきます。

 

「どうせ、『俺を他の大陸へ連れてってくれー』とかでしょ?

 それは村に戻ってから決めることね。報酬のお酒をもらうまでは帰らないわよ?」

 

 時刻はとうに日が沈む頃。いぶきさんははるかさんのかりんとうを諦め、タイラさんから貰えるお酒で今夜一杯引っ掛けることしか考えていません。

 

「そ…そう言えばそうだったな…それじゃあ向かうか…」

「さぁ!早く向かいましょう!!」

 

 二人は村へと向かい始めます。

 一人は意気揚々ともう一人は暗い雰囲気を発しながら。

 

 

 そうこうして、村の様子が見える場所に到着する二人。

 

「じょ…嬢ちゃん!村に行って事の真相を言えばさ…酒を貰えると思うぞ!」

 

「本当に?あなたはどうするの?」

 

「お…おれは少しここから村の、よ…様子を伺おうと思う…やっぱりみんなの顔見たくてな」

 

「別に堂々といけばいいじゃない?旅人ですよーとか言ってさ」

 

「嬢ちゃんみたいにサッパリとした性格だったらどれだけ良かったか…」

 

「そう。それじゃあ私はお先にお酒を貰いに行くわよ。あ…いまのお先とお酒は掛けてないからね」

 

「わかったよ…さっさとお酒取りにいけよ」

 

 観客のいない漫才をしたいぶきさんとタイラさん。

 いぶきさんはタイラさんの事など気にせず飄々と村へと向かって行きました。

 

 そしてタイラさんは一人で草むらから隠れて村を伺います。

 

 数時間前まで眠って成長の止まっていた人たちは皆が一同自分たちの身に起きたことに驚きを隠さずにしています。そして何人かの子供たちは村の中を駆け回り、何人かの村人たちは自分の身に起きたことについて話し合っています。

 

 そんな中をフラフラと誰かを探す二人の大人がいます。その二人の大人の姿を見て、タイラさんは口に手を当て出そうになる声を防ぎます。タイラさんのご両親でした。

 

「タイラァー!どこにいるの!?」

「タイラッ!!いたら返事をしてくれ!!!」

 

 必死に我が子を探すタイラさんのご両親。50年寝てても我が子を心配してくれていることにタイラさんは嬉しく思い、そして姿を見せれないことに涙をします。

 タイラさんは涙ながらに考えます。

 大手を振ってとーちゃんかーちゃんの前に出たいと。昔みたいに甘えたいと。

 しかしタイラさん自身は両親よりも年老いているのです。自分から息子だと言っても信じてもらえないほどにタイラさんの身体は大きくなり、傷ついていました。

 いぶきさんに掛けてもらった薬は長年負った傷跡までは消せないようです。

 

 やっぱり俺を題材とする劇が表すことは悲劇だなと悲観に思っていたとき、タイラさんの耳に今日出会ったばかりの思いきりの良く、話していて面白かった女性の声が届きます。

 

「タイラのお子ちゃまならあそこらへんの草むらにいますよ?」

 

 酒瓶を二つほど脇に抱えた状態で答えるいぶきさん。

 そんないぶきさんの言葉を聞いた村の人達とタイラさんの両親は、タイラさんがいる草むら付近へと近づいてきます。

 

 …あの女!?最後の最後になんてことを言いやがる!?

 

 タイラさんが言葉にせず、いぶきさんを憎みます。そして睨むといぶきさんは満面の笑みをタイラさんへと向けます。そんな事にまた腹立つタイラさんでした。

 

 

「タイラ…そこにいるの?」

 

 タイラさんのお母さんの声です。隣にはお父さんが立っています。

 そしてタイラさんのお母さんのまわりには沢山の村人たちがいます。

 

 このままではいずれバレると思ったタイラさんは、先ほどいぶきさんに教えてもらった旅人を装うと考え、そして実行します。

 

「お…おお、こ…こんな所にむ…村があるなんて…び…びっくりしたぞ!!」

 

 三文芝居にすらならない演技をしてしまうタイラさん。顔は真っ赤っかです。

 そんなタイラさんを遠目に腹を抱えて笑ういぶきさん。どこまでも真っ直ぐである彼女を見て、再度憎しみの念をおくるタイラさん。

 しかし、その直後タイラさんは困惑します。

 自分の胸に飛び込んできた人物がいたからです。

 

「えっ!?えっと、かーちゃ…奥さん?一体どうかしましたか?」

 

 危うくお母さんと言いそうになるのをいい止め、タイラさんが質問します。

 しかし、タイラさんの胸に飛び込んできたタイラさんのお母さんはなにも言いません。

 タイラさんのお父さんもなにも言いません。

 

 その隣に立つ村の村長らしきご老体の人物が語り始めます。

 

「…あの魔物に魂を封じられながら見ていたんじゃよ…」

 

 その言葉にタイラさんはハッとし顔を老人に向けます。

 

「…意識しては見れなかったが、わしらに語りかけたことや頑張ってきたことは断片的には知っておる」

 

 タイラさんは老人の言葉の意味を理解することができないでいました。

 自分が一人で勝手に語りかけていたことを聞いていた事、そして村の仕事をしていたり、みんなの身体を拭いていたのを知っていたのかと、タイラさんの頭が混乱してしまいます。

 そんな困っているタイラさんにタイラさんのお母さんは言います。

 

「…ごめ゛んね。本当にごめ゛んね。」

 

 その言葉を最後にタイラさんのお母さんは泣き崩れてしまいます。

 ひたすらに泣きながらタイラさんの胸に抱きついたままです。

 そんなタイラさんのお母さんの後ろにタイラさんのお父さんが立ち、タイラさんに顔を向けます。

 

 タイラさんは一体なにが起きているのかを理解せず、いぶきさんに助けを求めようと視線を泳がせます。いぶきさんはタイラさんを先程と打って変わって優しい微笑みを浮かべて見ていました。

 暫しの間、タイラさんのお母さんの嗚咽の音だけがその場に響きます。数人の村人も鼻をすする音が聞こえたりもしました。

 

 

「タイラ……」

 

 突如タイラさんのお父さんが言います。

 とても優しい声です。

 

「……………」

 

 タイラさんは答えません。答えたとして一体なにが言えるでしょうか。

 答えがあるとしたら教えて欲しいとタイラさんは胸の中でただその事を考えていました。

 しかし、タイラさんのお父さんの言葉は続きます。

 

「大きくなったな」

 

「……っ!?」

 

 いきなりの言葉に戸惑うタイラさん。

 そんなタイラさんを無視して言葉は続きます。

 

「ご飯はちゃんと食べてたか?」

 

「…………ぅん」

 

 知らずのうちに相槌を返していたタイラさん。

 

「風邪…引いたりしなかったか?」

 

「…………ぅん」

 

「一人で泣いたりしなかったか?」

 

「…………うん」

 

「一人で大変だっただろ?」

 

「………うん」

 

「怪我いっぱいしたんだな。痛かっただろ?」

 

「……う゛ん」

 

 お父さんの言葉は我が子を心配するものでした。

 自分よりも身体の大きくなり、年を取った我が子を心配する父の言葉でした。

 

「よく頑張ったな。お父さん嬉しいぞ」

 

 タイラさんのお父さんは、自分よりも身長の高いタイラさんの頭を撫でます。

 白髪まじりの頭を優しく撫でてあげます。

 

「…う゛ん!!」

 

 その返事を皮切りにタイラさんはその場に崩れ落ちてしまいます。

 膝を落として泣き崩れてしまいます。

 

「頑張ったお前をお父さん誇りに思うぞ」

 

 タイラさんのお父さんはタイラさんとお母さんを一緒に抱きしめます。

 泣き崩れる我が子を優しく抱きしめてあげます。

 

 60歳近い男性を抱きしめる若い男性と女性。

 そんな光景をだれも笑わずに、優しく見守ります。

 50年ぶりの親子の再開です。そんな邪険な事をだれもしません。

 50年の時を経て、タイラさんはまたお父さんとお母さんに出会うことができました。

 タイラさんは泣きながら両親を抱きしめて言います。

 

「どーちゃんがーちゃん…だだいま゛」

 

 タイラさんはやっと涙混じりに言えました。

 

「…おかえりタイラ」

 

 50年間言いたかった言葉でした。

 

 

 

 

 ✽

 

 

 

 

 

「さてと……」

 

 島の海にたどり着いたいぶきさん。

 親子水入らずの場面を邪魔してはいけないと、いぶきさんは帰ろうとしていました。

 脇にはしっかりと二本のお酒の瓶を抱えています。

 そんないぶきさんに声をかける人がいました。

 

「おーい!!待ってくれ!!」

 

 その声の主はタイラさんでした。

 どうやら村から一人でいぶきさんを追ってきたようです。

 

「あら?泣き虫のタイラおじさんじゃないですか?一体私になんの用事かしら?」

 

「まったく…嬢ちゃんはブレないな…」

 

 いぶきさんの棘を含む言葉に苦虫を噛み締めたような顔をするタイラさん。

 いぶきさんはタイラさんに励ましの言葉などは一切贈りませんでした。

 その理由は簡単なものです。それを贈る人物がちゃんと彼にいるからです。それを知っていたいぶきさんはタイラさんに言いませんでした。よく頑張った、一人ですごいわね、などの言葉を言いませんでした。

 

「嬢ちゃんには感謝してもキリがなくてよ…なにか俺にできることはないか?」

 

 タイラさんの言葉はいぶきさんのためになにかできないかという言葉でした。

 

「できること?んーそれじゃあ私の考えた劇のタイトルを使って頂戴。それだけでいいわ」

 

「そんなことでいいのか?確か…『タイラの喜劇』だっけか?

 でも内容はほとんど悲劇なんだが…」

 

「あら?どんな悲劇な展開でも最後に皆で笑って笑顔で終わるならどんな悲劇も喜劇になるわよ?知らなかったの?私よりも年取ってるのに…」

 

 いぶきさんはタイラさんに諦めなければ悲劇はいつしか喜劇にかわると教えてあげます。

 

「くぅぅ!!本当に嬢ちゃんは気持ちがいいくらい言い切るな。やっぱり姉御キャラだな」

 

「だからなんで知って…って私が教えたんだったわね。忘れてたわ。あとこのお酒もらっていくわよ?

 あなたのご両親に確認もちゃんと取ったし」

 

「ああ、別にかまわない。俺が作ったもんだから俺からの贈り物になっちまうがいいよな?」

 

「ならその贈り物快くお受け取りしますよー」

 

「そうか。あ…あと!!ちゃんと嬢ちゃんの考えたタイトルで演劇を催そうと思う!!そしたら見に来てくれるか?」

 

「いいわよ。その時には沢山のお酒を用意しておいてね。喜劇にお酒はつきものよ」

 

「わかったわかった……あと……あの…そのな…」

 

 タイラさんが何かを言い渋ります。

 

「なに?早く家に帰ってお酒を飲みたいんだけど?」

 

 しびれを切らしていぶきさんが問い詰めます。

 でもその顔は優しい笑みでいっぱいです。

 

「…ありがとな!!嬢ちゃんのおかげで村のみんなとまた笑ってしゃべれるようになった!一緒にご飯も食べれるようになった!今日会っただけの俺なんかの為にいろいろしてくれて…本当にありがとな!!」

 

 タイラさんがいぶきさんに声大きく感謝の言葉を伝えます。

 

「…ど…どういたしまして!今度は魔物なんかに襲われるんじゃないわよ?次は助けてあげられないかもしれないんだからね!」

 

 タイラさんの感謝の言葉にいぶきさんは若干照れながら慌てて答えます。

 そうして、海を歩いて島を去っていくいぶきさん。

 海の上を歩くいぶきさんを最初は驚きましたが、彼女ならできるだろうと考えたタイラさんは姿が見えなくなるまで大きな声で感謝の言葉を贈り、大きく手を振り続けました。

 

 

 

 

 ✽

 

 

 

 

 そんなこんなでいぶきさんは村に到着します。

 疲れた様子で家の椅子にどかっと座るいぶきさん。

 そしていぶきさんの家に明かりが点いた事に気づいた村の女性たちがいぶきさんの家に我が物顔で入ってきます。

 

「いぶきー?帰ってきたの?」

「あんたの為にかりんとう取っておいたから。湿気っちゃう前に食べちゃって」

「与作と仁の二人が凄まじい戦いをして奪い合っていたのを横取りするのは骨が折れましたね」

「本当にあのふたりは…はぁ…」

 

 ズカズカと入ってきたのは、さくやさん、はるかさん、おぼろさん、よみこさんの四人でした。

 

「あれ?いぶき…なんか嬉しいことあったの?」

 

 いぶきさんの表情を見て、はるかさんが質問します。

 

「ん?ああ、ちょっとね」

 

「なによー詳しく教えてもらうからね。今日は朝まで飲むわよ!!」

「一体なにを肴に飲むんですか…」

「そんなのいぶきの話とこれからはるかが作ればいいでしょ?」

「そんなー…私もう疲れちゃったわよ…」

 

 いぶきさんの含みある返事に四人が答えます。

 女三人寄れば姦しいと言いますが、五人ではなんと言うのでしょう。

 そんなことこの場にいる誰も知りません。

 

「あれ?いぶき?このお酒どこの?ラベルとか何も書いてないけど…?」

 

 さくやさんが机の上にある二本のお酒に気づきます。

 ラベルもなにも書いていないお酒に興味津々なようです。

 

「ああ、このお酒ね…」

 いぶきさんが答えます。

 

「泣き虫な頑張り屋のおじさんからの贈り物かな」

 一人の泣き虫な男性からもらったと。

 

 

 そうして女性五人で飲み会を始めます。

 その騒ぎを瞬時に聞きつけ、他の村人たちも集まりますが男たちを問答無用で埋めていくいぶきさん。

 どうやら今日は女性だけで飲みたいようです。

 いぶきさんの家の外に埋められた男たちは、外に敷物を引いて宴会をし始めて朝まで騒ぎ続けることになりました。

 

 家の中にいるいぶきさんは終始笑顔のままでした。

 

 親子の絆が年をとっても変わらないことが知れたからかもしれません。

 その笑顔の理由はいぶきさんにしかわかりません。そんないぶきさんの笑顔を見て、他の女性、窓からこっそりと覗く村人たちもみんな笑顔になりました。

 

 

 

 

 

 

 今日もこの村は平和です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――その後

 

 

 

 西の大陸を中心にとある人物が考えたとされる演劇が大流行します。

 

 その劇の内容は、一人の子供が呪われた人々のために一人で奮闘する英雄譚。

 最後の数十分まで悲壮感を出す展開。そして最後の最後に主人公の男性に手を借す一人の女性。

 実はその女性は天使や神をも力のもとに言いくるめる戦乙女(ヴァルキリー)であったのです。

 そうして呪いを広める魔物をふたりは手を取り合い、見事打倒します。

 そして男性は英雄とされ、手を貸してくれた女性は人知れずに去っていく。

 

 そんな物語が大流行して、世界の人々に伝わっていきます。

 そして流行の裏では噂も広がりました。

 どうやらこれは本当にあった出来事であると。でも誰も真意にしませんでした。

 だって戦乙女(ヴァルキリー)がいたら世界に争いが起きないと思ったからです。

 

 劇を考えた人はなぜか続編などは考えずに今日も鍛錬に励んでいるそうです。

 その顔はやる気に満ちており、家族三人で仲良く過ごしているようです。

 

 その劇の名前は『タイラの喜劇』

 いつしか世界中の劇場で彼の劇は上映され、誰もが知る物語へと変わっていきました。

 

 

 

 

 

 

 ある島に村の人々の両親の呪いを解くために頑張る一人の男の子がいました。

 どんな困難な事が起きても彼は頑張り、いつしか年をたくさんとっていました。

 そんな男性が出会ったのは、一人の飄々とした思い切りの良い女性。

 

 

 

 

 そんな女性の手を借りて、見事男性は呪いを解き、皆で笑える元の生活に戻ることができました。

 

 

 

 

 

 

 

 その日から彼の住む村は平和になりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 めでたしめでたし



題材は変わらない親子愛と振袖合うも(ry

勧善懲悪で大団円な物語にしました。

若干お涙頂戴な最後ですがいいまとめ方が出来たと思っております。


伊吹さんの武器は某斬艦刀を参考にしました。一意専心!!雲耀の(ry

少しぶっ飛んでいますがご了承ください。

次回はシリアス皆無を予定しております。


誤字脱字のご指摘、ご感想をお待ちしております。


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