姉御にご注意①
戦闘描写に難を感じました。
流血表現は少しだけなのでタグはこのままにしようと思います。
晴れた空の下・カジュの村
「あれ?もう酒の貯蔵がない?」
自宅の酒蔵を確認し、予想していた事と違うことに疑問を述べているのは、この村1番の姐御肌いぶきさん。
姉御肌とは、判断を瞬時に即決する器量、漢の様な心意気を持つ女性のことを言います。
いぶきさんはどうやら連日の宴会のせいで蓄えてあったお酒が無くなってしまった事で困っているようです。
「まずい…これではアイツ等に恵んでもらう事になる」
いぶきさんは顎に手をあてながら唸る。
アイツ等とは、村の男達のことです。
いぶきさんは村の女性の中で一番頼りにされている存在なので、恵んでもらうと言うことはこの上なく恥辱に感じるようです。
実際は、他の女性から分けてもらっていたりするのだが、前回の宴会でどの家も酒がなくなっている状態であると考えてて頼るに頼れない。
「自分でまた作るか…でもなぁ……あっ」
自分で酒を作ろうかと悩んでるとあることを思い出す。
この村でとれた物で作った酒は、村人達に尽く宴会の席で奪われていく。その強奪行為には村長すら参加する始末で対処が大変困難を極めます。
それを見越していぶきさんは、村の人達にばれない様にお酒を作って保存していました。
保存しているのは大陸離れた山の奥地。
いぶきさんはそこの麓に隠している様です。
「まだ昼前だから今の内に取り行くとするか」
今から行う行動を口にするいぶきさん。
自宅の酒蔵から出て、目的のお酒を隠してある場所に向かおうとする。
いぶきさんだけは村長に言伝なしで、外に出る許可がおりているので村長宅には向かいません。
「あれ?姉御どうしたっすか?」
「姉御、おはようございます」
村の外に向かおうとするするいぶきさんに声をかけたのは、右京さんとこの村1番の畑の持ち主の男性、九兵衞さん。
二人は今から九兵衞さんの畑に作物の収穫に向かう様です。外に向かう事があまりないいぶきさんが、外に向かおうとしているので声をかけた様です。
「右京と九兵衞か。ちょっと私用で村の外に行こうと思ってね」
「そうだったんすか。頑張ってくださいっす!」
「今日のはるかさんのお菓子は、姉御の好きな砂糖菓子らしいので早く帰ってきた方がいいですよ。与作や仁達が容赦無く貪ると思うので」
二人はいぶきさんに言います。
いぶきさんの好きな砂糖菓子はかりんとう。いぶきさんは、かりんとうをぽりぽりと齧りながら、村1番の茶人の女性おぼろさんの入れるお茶を飲むのが大好きです。
「ありがとね、九兵衞。みんなの仕事が終わる頃には戻ってくる予定よ。そんなに遠くないし」
かりんとうの事を聞いたいぶきさんが九兵衞さんに言います。
「姉御だったら距離なんて関係ないっすよ!足速いとかのレベル超えてるじゃないっすか!」
「確かに。村で1番足速いですもんね。ちなみにどこまで?」
二人が言います。
いぶきさんは村で村長よりも足が早いのです。その事を知っている二人なのでいぶきさんが言う遠い場所が想像できない様です。
「北と西の大陸の島々よ。あそこに少し忘れ物をしてきたらしくてね。それをこれから取りに行く予定」
「そうだったんすか。頑張ってきてくださいっす!姉御なら心配いらないっすね!」
「あまり無茶をしない様に。まぁ、姉御なら心配いらないですが…うん。心配無用だな」
いぶきさんの目的に二人が答えます。
二人とも姉御なら心配いらないを連呼しています。
「これでもか弱い女の子なんだけど?二人は心配してくれないのかしら?」
いぶきさんがそんな二人の反応に対して、口角を少しあげて答えます。
自分はか弱いと言っているのに、その口ぶりとは逆に相手になにかを期待している様子です。
「か弱いとか…笑えな…ィデラッ!」
「姉御がか弱いとか冗だ……キョゥッ!」
何かを言い終わる前に、いぶきさんは二人の頭に手を置き、首までを一気に地面に埋めます。
二人はその際の衝撃でうめき声をあげ、気絶した様です。
「さてと…」
いぶきさんが手をはたきながら言います。
持ち物は自分が疲れた時用にと佐京さんから貰っておいたお手製の栄養ドリンクの入ったポシェット。
黒髪にボブカット、動きやすい服装、腰にくくりつけられている鞘。
これが、いぶきさんのいつも通りの格好です。
「行くとしますか」
いぶきさんが埋まっている二人を無視したまま村の外へと向かいます。
他の村人達は自分の仕事をはじめており、子供達はこの村1番の製紙職人、勘兵衛さんに真っ白な紙の製造製法を教えてもらっています。
いぶきさんは、向かう際に出会う村人達に軽く挨拶をしながら挨拶をして回ります。
子供達には笑顔で、女性達には絡まれない様に軽く手を振り、男性は問答無用で埋めて行きます。
そうこうして、村の外にある海に到着したいぶきさんは、波打つ海上に足を乗せて向かい始めます。
向かう先は、小さな島。
そこに隠してあるお酒のために。
今回はそんないぶきさんのお話です。
村から出て向かう先の島々はおよそ50を超える数が点々と北西の広大な海に存在します。
その中の一つ、あまり高くない山々が広がる場所が目的地です。
いぶきさんは頭の後ろに手を組み、今日のお酒のつまみは何にしようかと考えてながら向かっています。
太郎さんが取ってくる、この時期に油が乗る魚に大根おろしを乗せた物をでか、九兵衞さんの取る野菜の漬物やボイル焼きに明太マヨネーズなどで飲むかなどの事を延々と考えているようです。
結局村についた時に考えると決めたと、同時に目的のお酒を隠した場所に到着します。
「ふふ…ふふふ」
いぶきさんは堪えきれない喜びから笑みを溢し、地面の下に隠したお酒の入る大きな箱を取り出そうとします。その表情などは、村の人たちに見せることができない程に燥いでいます。
お酒の入る箱が埋まっていると思われる地面を指で叩き、地面を隆起させて取り出す。
笑みを浮かべながら箱を開けます。
「……は?」
箱の中身は空っぽでした。
どうやら誰かが勝手に箱を開け、飲んだようです。
中に入っていた丹精込めて作った密造酒がない、と言う現実を受け入れる事ができないいぶきさんは誰かが無断で飲んだ事に激怒します。
「……殺す」
確かな憎しみの念を言葉に込めて言う。
あまりの激怒から発せられる威圧で、山の森や木々、生物達のざわめきなどが一斉に激しくなります。
そんな世界に割り込んでくる人がいました。
「あんた、大丈夫か!?」
あんたといぶきさんに声をかけたのは、齢60前後の男性であった。
「あ"ぁ"…って、どうも」
怒りのあまりに男性に気づいていなかったいぶきさんは、声色を変えて挨拶をします。
「どうやら大丈夫の様だな。
山奥を見に行こうとした時に、突然島を覆うような圧迫感を感じてな。その発信源らしき場所に向かったらあんたがいてよ。」
その圧迫感を出したのがいぶきさんだと言う事を知らない男性は言います。
どうやら悪い人ではないようです。
「圧迫感は知らないわね。
それよりもあなた、ここにあったお酒を知らない?」
いぶきさんがお酒消失の原因を問います。
もうお酒を飲んだ犯人の事しか考えていないようです。
「ここのお酒?すまんが知らない。
俺はこの島に50年以上住んでて大体の事は知っているが……もしかしたらこの島に住む魔物の仕業かも知れん」
この世界には魔族や人間と違く、魔物と言う物がいます。
野生の動物が強い魔力に当てられたり、強い憎しみや願望を感じた時、先天性だったりと魔物の存在、生態はあまり良く知られておりません。
「魔物ね…それよりあなた誰?」
いぶきさんは自分の敵を理解し、目の前の男性に問います。
「俺か?俺の名前はタイラ。
この島で生きているただ一人の人間だ」
タイラと名乗る男性が言います。
何かを含んだ言いようにいぶきさんは何かを感じた様です。
「ただ一人ってどう言う意味?他にも人がいたってこと?」
「それよりも、あんたがどういう奴かを判断しないとダメな様だな。答えによっては……」
タイラさんが剣を抜き、いぶきさんに向けて言います。
今更ながらタイラさんは、こんな山奥にいるいぶきさんが怪しくて仕方なかった様子です。
一人で山奥にいる女性を見れば誰でも同じ判断をするでしょう。
「私はここに隠しておいたお酒を取りに来たか弱い女性よ。あなたに危害を加える気はないわ。」
いぶきさんが、自分の事についてか弱いをかなり強調して言います。
剣を向けられてもおくびれない様子のいぶきさんを怪しく思いながらも、タイラさんは剣を収めます。
「そうか。最初は魔族や俺の村を襲った魔物かと思ったがな…あんたの腰の剣を見て信じる事にする」
タイラさんは彼女の腰にある物を見て判断したようです。
魔族であるなら問答無用で襲いかかり、魔物なら武器を使わないと考えているタイラさんの判断です。
「これは剣ではないわよ。刀って言うの」
「カタナ?」
いぶきさんがタイラさんの言葉を訂正させます。彼女の鞘は長さ二尺、元幅一寸の長さの物である。
刀とは片刃の得物の事を言います。
剣とは両刃の得物の事を言います。
どちらも剣と言えるのですが、いぶきさんは刀の事を剣とは絶対に言いません。
「まぁいいか。それよりもこんな山奥にいると何があるかわからないから俺の住む村に来るか?」
「村?あなた一人しかいないのに村なんてあるの?」
村とは生活の場の共同体の事を指します。
一人しかいない村は村とは言えません。
「…その事とかも教えるよ。
久しぶりのお話できる人間だ。何もないが歓迎するぞ」
「???…よくわからないけど行くわ。あと歓迎とかいらないから」
あまり村の外に興味を持たないいぶきさんはタイラさんの言うことに興味と疑問を持ちました。
いぶきさんは、そのままタイラさんの住む村へと連れて行ってもらう事にしました。
(そういえば、この島の山にしか来た事なかったけど普通に生活している人はいるのね。)
いぶきさんは、この島には密造酒の保存にしか来たことのない。村の外にあまり興味を持っていなかったので当然と言えば当然のことであった。本来であれば、平野などにある村などに寄ってから山奥に向かうのが常套であるが、いぶきさんはそんな事など一切したことがなかった。全て直行の彼女に知る由もない。
二人が山を降りる頃には昼に差し掛かる前程でありました。
「本当に村ね。でも人の気配が全くしないわよ?」
「あぁ…何処かの民家を覗けば理解できるぞ」
「???…わかった、見てみる」
いぶきさんがタイラさんの言う意味がわからぬまま、そして言われるままに近くにあった民家の戸を開けます。
「……」
いぶきさんは言葉を失います。
民家の中には、親子らしき人達が居間に敷かれた布団に寝ています。
子供とその両親のようです。
しかしその家族の生きている気配がしません。
そしてその家族が死んでいる気配もありません。
こんな状態を見たことないいぶきさんは少し困惑します。
困惑しているいぶきさんの隣にタイラさんが立ちます。
「この村には、他にも80人を超える人達が同じような状態なんだ」
タイラさんが眈々と言います。
「みんな魂みたいな物を50年前にこの島に住む魔物に取られちまってな。それ以来ずっと目を覚まさず、成長も止まったままなんだ」
「その事を詳しく聞かせて」
いぶきさんが事の真相を問いただします。
長年生きてきたいぶきさんもこういう症状を見たことがなかったからです。
タイラさんはその事を話すために、いぶきさんを自分の自宅へと招きます。
「散らかってるが、許してくれ。誰にも見られないと思って片付けなんかあまりしてなくてな」
タイラさんの自宅は、食器や薪、生活様品などで散らかっています。どうやら本当にこの村一人の難を逃れた人物の様です。
「そんなの気にしないわ。座布団借りるわよ」
いぶきさんは部屋にあるちゃぶ台に座布団をひいて座ります。
タイラさんもいぶきさんの問面に座ります。
「おお、勝手に使ってくれ。それにしても嬢ちゃんは全くこの村の状態を怖がらないんだな?」
「どうせこれから教えてもらうんだから、怖がったって何も意味はないわよ」
思い切りの言いいぶきさんにとって取り乱すことなど関係のないことであります。
「それで、なんでこの村はこんな事になったの?」
「あぁ……それはな…ーーー」
そして語り始めるタイラさん。
彼の村に起きた出来事と自分の生い立ちを。
タイラさんの村は今から80年前に北の大陸から魔族の奴隷になる事を拒んだ人達が逃げてきてできた村であった。
新たな生活の土地を手に入れた人達は、それから平和に過ごし始めた。
あくる日、西の大陸から村に使者が来て、村人達に言う。
「この島には災厄の魔物が住んでいる。50年に一度目覚めるその魔物は、島に住む人間を破滅させる。悪い事は言わない。いますぐこの島から逃げろ」
その事だけを伝え、その使者は帰って行った。当時の村人達は、使者が自分達の生活が羨ましいんだろと楽観的にとらえ聞かなかった。
それから数年後、タイラさんは生まれた。
タイラさんの両親は一人息子を大変可愛がった。毎日笑顔で生活する家族だった。
しかし、タイラさんが8歳になる頃に事件は起きた。
突如山奥から聞こえてくる咆哮。
島に出る野生の動物や魔物などが出せる声ではなかった。
木々をなぎ倒しながら村に近づいてくる大きな物体。
村人達は遠目に見た物体が魔物である事だけを理解し、皆が武器を手に取り撃退に備える。
タイラさんの両親は聖水と言う魔物などを追い払う水を作る仕事をしていた。
両親は、当時のタイラさんを聖水が溺れない程度に入っている水瓶にいれて隠し、万が一がない様にする。
「いい?とーちゃん達が山奥から来る魔物を追い払ったらこの水瓶からでるのよ」
タイラは母親の言葉をしっかりと守るため、絶対に出ないようした。
外の様子が気になるタイラはその水瓶の蓋の隙間から外を見ていた。丁度中窓が備え付けられている場所であったのが功を奏したのだ。
外を見る理由は村の大人達、父親の戦いを見たかったのだろう。
そして、山奥からその物体が村に現れた。
その物体は、異形の姿をした猿の顔をした魔物であった。
体長5mはある様な巨体に竜のウロコを纏った身体、量の手からは長い爪を伸ばす魔物。首からはたくさんの水晶玉をぶら下げていた。
村の男達は必死になり、魔物を撃退しようとした。
しかし、放たれる矢、魔法は弾かれ、剣などの刃物で切りかかっても傷一つつかない魔物であった。
その猿の魔物が大きな声で笑いながら、村人達を殴り、意識を失わせて村の中へと入ってくる。
倒れる村の男達。
そんな男達が倒れた事で、今度は村の女性たちが一斉に魔物に攻撃を仕掛ける。
しかし、女性たちの攻撃は魔物の皮膚に傷一つつける事が出来ずに男性達の様に倒され終わる。
今度は両親を殺されたと思った子供達まで魔物に向かってしまう。
勝ち目など微塵も感じさせない魔物に、せめて一太刀でもという思いだったのだろう、年が大人に近づいている子達は鎌や斧で斬りかかり、タイラよりも小さな子達は石などを投げる。
しかし、誰も何一つ魔物に傷をつける事が出来なかった。
魔物は大きな声で笑う。そして倒される村の子供達。
向かって来る村人がいなくなった事を理解した魔物は、各家を周り乳児と乳児を守る母親、妊婦、隠れている村人達などを次々と気絶させて行く。
まるで村人から何かを取り上げるようにして。
村から人間の気配を感じなくなった猿の魔物は、笑いながら山に戻って行く。
その一部始終をただ見ていたタイラ。彼が入っていた水瓶のおかげで魔物はタイラに気づかなかったのだ
大人達が一気に倒された事で、身体が恐怖に支配されていた。
タイラは自分よりも幼い子供すら戦っていたのに見ている事しか出来なかった。。
魔物の笑い声が聞こえなくなったタイラは、水瓶から出て、気絶し倒れている人達そして両親の元へ走る。
タイラの両親や他の人は、目立った怪我もなく顔色も悪くなかった。
幼いながらのタイラでも、人が生きているか死んでいるかは判断できた。
『あの魔物はただみんなを気絶させただけなのかな?』
そう思ったタイラは村の人達が目を覚ます前に各家に倒れている人達を背に背負い込み、敷いた布団に寝かせた。
自分の事を助けてくれた両親も布団に寝かせてる。大人を運ぶ際には村で使う手押し車を使用した。途中で落とす事もあったが誰一人起きなかった。
それから二日がすぎた頃。
タイラは異変に気づく。
魔物からの襲撃から二日経っても、村を静寂が包んでいた。
誰一人目を覚まさない。
当時のタイラは、みんなが目を覚ますまでの間、自分一人で村を守ると意気込み、村人達が育てている作物などの世話をした。
なにもできなかった自分にできる事などこれくらいだろうと考えた結果であった。
目を覚まさない村の人達には、水やスープ、飼っている牛から取れる乳などを毎日全員に与えていた。
村の世話、村人の世話を一人でしていた。
そして、一年が経っても誰一人目を覚まさない。
時には村を襲いに来る野生の動物を追い払う際に怪我などをしたが、自分が倒れたら誰が村人全員の面倒を見るのだと考え、傷ついた身体を起こして仕事をした。
風邪を引いた時も同じ行動を取り続けた。自分が手を止めたらみんなが起きないと思い続けながら。
それから更に二年が経つ。
しかし、まだ誰も目を覚まさない。
そんな年のあくる日、西の大陸から使者が来る。
その使者は、初老の男性であった。
タイラは村の現状を話し、村を助けてくれないかと願い出る。
しかし、その使者は言った。
「村の人達は全員災厄の魔物に魂なる物を奪われたのだ。だから誰も目を覚まさない。
奴は50年に一度目を覚まし、獲物の自由と成長を奪う。その50年後に食べる為にな。
そして、奪われた物達はこの島から離れたら死ぬ。その魔物の呪いだ。」
タイラに目を覚まさない理由を教える。
「災厄の魔物を倒せば元に戻るだろうが、奴の皮膚は竜のウロコと聞く。傷一つつける事はできないだろう。魔法などは全く効かず、鍛錬を積んだ剣士でなければ無理だ。」
そして、その原因を取り除く困難さも教える。
「坊主だけでも私の街に来ないか?私が口添えをすれば大丈夫だろう」
使者は言う。
タイラに村人を捨てろと。
「残念ながら、その魔物が次に目覚めるのは50年後だ。今だとあと47年弱だ。その時には俺は亡くなってるし、後続の使者になる。
結論から言うと、村人を救うのは不可能だ。それに50年間を眠っている人の為に使うのか?」
タイラはその言葉に反論した。
両親を、自分の住む村のみんなを見捨てる事など出来ない、自分ひとりでも頑張ると。
使者から返ってきた返事はため息であった。
「そうか…しかし現実を見ろ。
私の街や国にいる連中に頼んだところであと50年後だ。そんな先の事などに誰が責任を持つ?ここいら周辺の人達はその魔物の恐ろしさを理解している。
50年後に再度お前が願い出たとしても許可や協力が降りる可能性もないかも知れん。それだけその魔物は、ここいらの島や国から恐れられている。
これは、その忠告を聞かなかった村の創立者の責任だな。だれも助けようとはしないだろう」
その言葉を聞き、タイラは殴りかかろうとするが、使者の護衛に組み伏せられる。
両の手を引き止められながらもタイラは怒鳴る。
なんで持っと早く来てくれなかったのだと。
なんで必死になって止めなかったのかと。
「止めたさ。だが、それは善意からだがな。残念ながら北の大陸から逃れて来た人達を匿う程の余裕は私たちにもない。
私たちも魔族との抗争があるのだぞ。おいそれと他の国や島の人を助けたら混乱が起こる。
だから、私はせめて他の島にしろとだけ忠告したのだ」
使者の言葉も最もであると理解したタイラは抵抗をやめて地面に膝を落とし言う。
では俺はこれからどうすればいいんだと。
「未来の事など誰にもわからん。
だから坊主は坊主にできる事をしろ。あとな、倒れている村人達に食事などはいらない。全部あの魔物へと送られるだけだ。村人達の時間は止まったままだからな。
残念だが、私の権限ではこの村に応援を呼べん。なんとか取り繕うが期待は薄い。
だから坊主がなんとかするんだ。人間どうなるかわからんし、もしかしたらがあるぞ」
タイラは使者の言葉を聞く。
もしかしたらあの魔物が再度目覚めた時には戦争は起きておらず国から兵が来るかも知れん。
もしかしたらあの魔物が気まぐれで皆から奪ったものを返すかも知れん。
もしかしたら童話などにある天使が助けに来るかも知れん。
もしかしたら魔王や勇者などの強い誰かが助けに来るかも知れない。
もしかしたら知らぬ間に災厄の魔物が寿命で死んでいるかも知れない。
本当にそうなればどれだけよいだろうか。
また村のみんなと生活できる様になるならなんでもする。
タイラは、使者の人の言葉をしっかりと理解し受け止めた。
そして使者は最後に言う。
「もう一度言うぞ。
坊主は坊主にできる事をしろ。話に聞くに村人全員から攻撃を受けても奴には傷一つついていない。だったら坊主が、みんなの思いを受け継いで奴に一太刀傷をつけろ。願わくば、災厄の魔物を倒すんだ。
私もなんとかお前の生活の助けになる事をしていく。だから坊主の出来る事を探して頑張れ」
使者の言う。
村人全員の無念を晴らせと。
国も魔王軍との戦いで疲弊していて、他国や他の島の事など気にかける余裕もないのに使者は協力すると申し出た。
言葉は続く。
「これからあの魔物が復活するまでの間、坊主には幾つも困難が待ち受けるだろう。
だか神や天使には祈るな。
どんなに辛くても何かに縋ると心が折れる。
お前にできる事を最大限やるんだ。俺に言えるのはこれだけだ」
そうして使者はタイラに一本の剣を渡す。
「いざとなれば出来る事なんていっぱいあるが、まずはこれは坊主にやる」
タイラは剣を譲り受け、この剣で災厄の魔物を打ち倒すと誓う。
使者はその言葉を最後に何人かの護衛の兵士に村のタイラの手伝いと剣の指導を指示した。
それからタイラは鍛錬をはじめた。
護衛の兵士の手伝いを借りて村の仕事、剣の指導を受けた。
使者の人からは補給物資や新たな兵などのたくさんの援助を受けた。時には使者の人自ら剣の指導を受けたりもした。
そして、タイラが30歳をすぎる頃に兵達が、島からいなくなった。
使者の人は亡くなり、西の大陸の国々も魔王軍との大きな争いにより余裕がなくなっていたからだ。
そしてタイラに送っていた補給物資などは使者の資産から出されていたので、補給物資も来なくなった。
タイラはその報告を受けていなかったが、薄々感ずいていた事もあり一人で鍛錬と仕事を行い始めた。
それから島には人は来ず、毎日眠っている村人達に一人で話しかける日々が続いた。
自分の両親に、仲良かった友たちに、気になる子に、世話になった人達に話しかけ村の仕事をやり、それからひたすらに鍛錬を積んだ。
そして、タイラが齢60近くになる年。
その年が災厄の魔物の目覚める年であった。目覚めると思われる月になってからタイラは山奥まで毎日様子を見に行っていた。
今日明日にでも目を覚ますかも知れないと思い山奥を歩いていた時に今まで感じたことのない程の威圧を感じ、発信源に急いで向かった。
「……っと、ここまでが村に起きた出来事と俺の生い立ちだな」
「……そう」
いぶきさんは反応を返す。
「ここ何年もこうやって会話できる人に会ってなかったから一方的に喋っちまってすまんな。
あれから50年経っちまったから記憶も曖昧だし…」
「そんなの気にしてないわよ。それにしても随分波乱万丈な生い立ちを持っているわね。一つの劇でも作れるんじゃない?」
「一つの劇かぁ……タイトルはこうだな。
『タイラの悲劇』なんてどうだ?」
「安直すぎて面白みの欠片もないわね。そんな劇は誰も見に来ないわよ」
いぶきさんは話題を一気に転換させて会話を始めた。
そしてタイラは、その会話にしっかりと乗る。
「だったら嬢ちゃんが考えてくれよ。もしいい案だったら俺の作った酒をやるぞ?」
「本当に!?だったら真剣に考えないとね。剣士だけに」
「真剣で剣士ねぇ………期待はしないわ」
いぶきさんの駄洒落に呆れるタイラはため息をこぼす。
そんなタイラの顔を見て、いぶきさんは質問する。
「あなたはずっと剣の鍛錬をしてきたのよね?」
「ここ50年は鍛錬を積んできたが、どこまで魔物に通用するかは分からないな」
「もしよかったらでいいんだけど、あなたの太刀筋を見せてくれないかしら?」
「お…俺の太刀筋!?い…言っとくが俺の剣はほぼ我流だぞ?型とか何もないチャンバラごっこみたいなもんだぞ?それでもいいのか?」
「剣の道はたくさんあるわ。人の真似をしたり、我を貫く人とか沢山いるんだから気にしない気にしない」
「そ…そうか!一回りも年の離れた嬢ちゃんに教わるなんてな。やっぱり生きてるとどうなるかわからないな!」
タイラがそう言うと剣を片手に外に出る。
その後をいぶきさんが追い、真っ正面に立つ。
「そ…それじゃあ始めるぞ。ここ30年くらい一人でやってたからなんか恥ずかしく感じるな」
「私より一回りも上のおっさんが何言うのよ」
「わかったよ!それにしても嬢ちゃんかなり我が強いな。まるで村に一人はいる姉御キャラだな。」
「なんで知ってんのよ…」
そんなやり取りをした後に、タイラは剣を振るい始まる。
その太刀筋は力強く、剣に想いが乗せられている様であった。
真上にあげた剣を力の限り振り下ろす唐竹割り。足くびから始め腰、肩と回転させながら横薙ぎに振るう技。
タイラの振るう太刀筋は、お世辞にも綺麗とは言えない太刀筋だが、彼の半世紀の鍛錬から出る太刀筋は、どんな人の太刀筋よりもまっすぐであった。
いぶきさんは彼の太刀筋を見て思った。
彼の齢60近くと思われないであろう屈強な肉体。その肉体に沢山刻まれた村を守った証の傷跡。剣の鍛錬により皮膚が石の様に硬くなっている手。
そのすべてから彼の覚悟を感じていた。
いぶきさんはそんなタイラさんに拍手を贈る。
タイラさんは剣舞を終え、肩で呼吸を整えながら言います。
「こ…こんなもんだがどうだ?やっぱり滑稽だったか?」
人から指導を受けなくなって30年程我武者羅に鍛錬した彼の剣は、最早常人には真似る事ができないものになっていた、
「いいえ、とても力強い意思を感じたわ。私もあなたの太刀筋を参考にしようと思うぐらいに」
「おいおい、俺の太刀筋を真似るには嬢ちゃんには、ちと荷が重いぞ?力任せだからな」
タイラさんが言うと、二人は笑い出す。
彼は少しの間、使者や護衛の兵達とのひと時を思い出していた。
「そう?私こう見えても力強いのよ。私の村に住む老人の次にね」
「それは強いと言えるのか?よくわからんな。
それにしても、やはり人と会話をすると元気が出るな!!ハハハ!いつも独り言を延々と呟いていたから忘れていた!!」
「なら話疲れるまで付き合うわよ。それじゃあお茶よろしくね」
「本当に思い切りがいいようで…あとお茶ないから白湯でいいか?」
一回りも年が離れた同士は、白湯を飲みながら他愛のない話をして過ごす。
「音一つしない村って少し不気味ね。廃村とは違うのにね」
「まぁな。俺も何回か気が狂いそうになったが、とーちゃんとかーちゃん達の寝顔を見るとな…」
「頑張るしかないわね。一人で……いや、なんでもないわ。それにしても魔物ねぇ…」
いぶきさんは言葉を濁して話題を変える。
「今日明日にでも目を覚ますと思ってな。そんな時にまさかこうやって誰かと喋れるとは思わなかったな」
「もしかしたら、私は勝利の女神だったりしてね」
「…そうかもしれないな。それより嬢ちゃんは…ッ!!」
タイラの言葉が突如遮られる。
理由は一つ、山奥からの咆哮であった。
その咆哮の意味が何を表すかタイラはしっかりと理解していた。
「……嬢ちゃん。こんな事言われる筋合いはないと思うが、聞いちゃくれないか?」
「山奥で出会った見ず知らずの女性になにを言うのかしら?」
いぶきさんは口角を上げ、場の空気を少しでも変えようとして意地が悪そうに聞く。
「それはお互い様だろ。嬢ちゃんの話を聞くに、かなり腕の立つ剣士だと思ってよ……もし俺が魔物にやられたらでいいんだ。この村をできる限りでいいから助けてくれないか?
俺の酒や金とかこの村の好きな物ぜんぶやるから……」
その言葉は、願いは覚悟を決めた男の言葉であった。タイラは自分がやられた後の事だけを心配していた。
そんなタイラにいぶきさんが答えます。
「なにを言うのかと思ったけど…まさか村を守ってくれだなんてね…」
今日出会った見ず知らずの人にお願いすることではなかったと言う。
「そうだよな。すまんな、魔物が復活する日に出会ったから何か運命みたいなもんを感じてよ」
タイラは落胆しながら言う。
災厄の魔物が復活した今、頼れるものなどほかにいない。藁に縋る思いでいぶきさんに願い出たのだが断られてしまっては無理もない。
だが、そんなつもりはいぶきさんに毛頭なかった
「何勝手に決めてるの。別に私は断っていないわよ?」
「…はい?」
タイラは驚きの声をあげる。
「そんな内容ならお安いご用よって事。あと報酬はあなたの手から直接渡しなさい。
あなたは今から死ぬかもしれないと思っているだろうけど、私が死なせないわよ」
そんな願いをいぶきさんは二言目返事で了承する。
いぶきさんにとってその程度朝飯前の様子である。
「はははは!嬢ちゃんがそう言ってくれて嬉しいぜ。これで心置きなくいけるってもんだ!」
タイラの言葉が意味する事はわからない。
それは安心して敵に向かっていけることへの言葉か、それとも敵の手により逝けることにかはわからない。
死を覚悟した男の言葉は時に何重もの意味を重ねる。
タイラは家にある鎧を着込み、剣を握る。
その手は今まで幾度も村を守って来た存在を確かめる為に何度も握り直す。
「…それじゃあいってくる」
「健闘をあなたに祈る」
「じゃあ俺も健闘を嬢ちゃんに祈る」
神や天使にではなく、お互いに祈りを捧げ固い握手を交わして彼は走り出す。
災厄の魔物の元へと一直線に向かう。
その姿を見る彼女の腰の得物が音を鳴らす。
タイラは走る。
彼にとってこの島は庭であった。幾度も狩りや動物の討伐に向かった経験から島の構造をすべて熟知していた。
災厄の魔物に向かっているタイラは、再度覚悟を決める。
死に対して。
仮に勝ったとしても島から出ていくことに対して。
魔物にやられれば死ぬのは当然であった。
だがしかし、勝って村人たちを呪いから解いたとしても彼には居場所がなかった。
眠っている村人達は50年前から時が止まったままであるのが理由である。
こんな傷だらけで鍛えた身体のおっさんを、当時8歳のタイラだと誰がわかろうか。
そう考えた彼は自分の両親の枕元に離別を伝える手紙を残して戦いに向かっている。
その手紙の内容はただ一つ。息子を忘れてくれと願う文。
彼の年齢は60歳近い。
両親がそんな自分を見て信じてくれるだろうと誰が思う。
当事者の人達は、亡くなっているだろう。
幼い頃から20年近く指導や手伝いをしてくれた人が生きている確証もないのに、のこのことあなたの息子ですなど誰が言えようか。
再度自分の覚悟を確認したタイラはその足を止める。汗ばむ手を拭いて、得物を握る手に力を込めて言う。
「よぉ。ずいぶん待ったぞ」
その言葉が相手に理解できようと関係なかった。
50年もの時間待ち詫びた瞬間であったからだ。
「…人間一人」
どうやら言葉を理解し、片言であるが喋れるようだ。彼は重畳であると思い、先程よりも剣を握る手に力を込める。
災厄の魔物改め、猿の魔物が彼の前に現れたのだ。
「お前去れ。食事邪魔するな」
猿の魔物は、彼に興味を示さない。
50年前にマーキングした獲物を食べにいくことしか考えていない。
「安心しろ。お前の食事の邪魔をする気はない」
「グフフ。なら去れ。逃げろ。見逃す」
彼の肩幅よりも大きい手で彼を遠ざけようとまるでハエを追い払うようジェスチャーする。
「食事の邪魔はしない…だがな」
彼は剣を構え言う。
「とーちゃんとかーちゃんのいる村へは行かせない!!」
彼は斬りかかるため駆ける。
自分の出せる最高速度で猿の魔物に斬りかかる。
「グフフ。お前邪魔する。だから遊ぶ」
猿の魔物は、その大きな手で掴み握りつぶすため彼を襲う。
驚くべき速度で振るわれた手に対して、彼は渾身の力を込めて剣を振り、そして弾きとばす。
「くそっ!どんだけ硬いんだ!」
しかし弾かれたのは彼の剣であった。その際の衝撃で彼自身がその場から少し後ろに下がる。
力を込めて振り下ろした剣は、少しの刃こぼれを起こし猿の魔物の皮膚に弾かれたのだ。
「グフフ。俺硬い。俺強い。」
不適に笑い、彼を挑発し再度手を振るう。
力の温存を考えていたが、そんな暇などないと感じた彼は短期決戦へと走る。
剣を横薙ぎに振るう。
しかし片手で止められ、弾かれる。
苦虫を潰す様な鈍い怒りを彼は感じ始める。
「こいつ、遊んでやがるっ!!」
幾度も剣を振るい、猿の魔物の攻撃を全力で飛び回避する。
そんな彼の攻撃、回避を見る度に猿の魔物はニタニタと笑う。
急な体力消費で彼の肉体が早くも悲鳴をあげ始める。
「クッソォオ!」
魔物の肌に剣が弾かれる音が木霊する。まるで鍛治場の作業音であった。
「グフフフフ。痒い痒い。」
彼の鈍い怒りが、変化を始める。
鈍い怒りから変化し、不安と不満へと変わっていく。
それは、この50年間の鍛錬が意味なかった事へではなく、50年前猿の魔物と対峙した村の人達もこの様な戦闘を強いられたかと思ったからだ。
「クソ!切れろよ!なんで切れないっ!?」
いつしか不満は音にのり、彼の口から発せられていた。
その不満はどんどんと大きくなり、彼は猿の魔物に言う。
「なんの為に俺が頑張ってきたかお前にわかるか!!」
彼はひたすらに剣を振るう。
そして弾かれ、横に飛ぶ。
横から来る攻撃には、瞬時に襲い来る手を横薙ぎに切るために振るう。
そして弾かれ、後ろに飛ぶ。
「とーちゃんかーちゃん達と昔みたいに喋ったり、ご飯食べたいからだ!!」
彼は果たされない願いを言う。60歳近い男性が言う言葉ではなかった。
覚悟と矛盾する彼の言葉は霞となり消える。しかし、それでも今まで面倒見てきた村の人たちにもう一度会いたいと思うのは間違っているのだろうか。
そんな考えを払拭するために、彼は全身全霊の力を込め、襲いかかる猿の魔物に剣を振るう。そして弾かれる。
「お前努力した。かあいそお。
お前弱い。かあいそ。かあいそ」
猿の魔物は彼の怒りを軽々と避け、馬鹿にする。
彼の努力を、50年を、全てを馬鹿にする。
猿の魔物は上機嫌であった。
ここまで遊んでくれる人間がいた事への喜びからか、人間の絶望へと変わっていく顔を見れたからかは魔物自身にしか分からない。
猿の魔物は手を抜いてはいない。
しかし、本気も出していない。
これは狩りではなく、お遊びだからと考えているのだから。
そんな状態の猿の魔物の一瞬の隙、慢心を見て、彼が動く。
猿の魔物に瞬時に近づき、村に置いてあったナイフを取り出す。いざという時のために用意していたものだ。
もちろん猿の魔物は彼の動きが読めていた。
しかし、あえて手を出さない。猿の魔物は自分の鋼鉄の皮膚に自慢があるからだ。
それが油断となり、城壁に穴をあける。
「これでも笑っていられるかぁぁあ!!」
ナイフの全力投球。
魔物の油断がナイフの存在を見逃す。
猿の魔物は投げられてから存在を確認した。
魔物はナイフの狙いをすぐに理解する。しかし遅い。
タイラは皮膚に覆われていない部分への攻撃を最初から狙っていた。
体の内部へと繋がる穴、そして鍛えられない部分への攻撃。
鳩尾や関節を必要に攻撃したが、どれも効果がないと判断した彼は目への攻撃に移ったのであった。
猿の魔物の視界が、突如半分消える。
理由は明白であった。
「グゥワァァアア!!」
その5mの巨体は膝を落とし、両の手の自由を数秒奪う。傷に手をあてているからだ。
これが最大の好機と感じた彼は、魔物の後ろに回り背に飛び乗り、首筋の体毛を掴み魔物の耳穴に対して垂直に剣を刺す。
「グゥワァァアア!!ヒィィイァァア!!」
巨体の猿の魔物の中枢臓器には届かなかったが、魔物の片耳を完全に潰すような手応えを彼は感じていた。
慢心からの油断の瞬間を見事掴んだ彼は、猿の魔物に深い傷を与えた。
彼は背から飛び降り、再度魔物の眼前に立つ。彼の剣には猿の魔物の体液がへばりつき先ほどよりも切れ味を悪くしている、
「はぁはぁ…どうだ!人間なめんじゃねぇ!」
今までで一番大きく声をあげて言う。
まだ油断を許されない状態には変わらないが、勝負の流れは彼に来ていた。
「グゥァァ……」
猿の魔物の激痛から来る声はいつしか小さくなる。
だが、致命傷には遠く及ばなかった様でその場に膝を落としている魔物は顔だけタイラに向ける。
彼はここからが勝負だと剣を強く握る。
「お前やる。痛い。痛い。
だからやる。お前も痛い」
猿の魔物が片目から血を流しながら、地面を蹴る。
片耳を潰した事により、平衡感覚を失っていた。その突進は、彼に直撃することなく彼の右後方にある巨木に突っ込んだ。
彼はそんな突進を最小限の力で右方向へと避けた。
「まだこんなに力を残してん……」
彼の言葉が途切れる。
原因は、左肩から来る痛みによるものであった。
突如と突進してきた猿の魔物は避けた筈なのに、彼の左肩の肉は幅2cmほど深く抉られていた。
「グフフ。お前知らない。爪長い」
痛みに気絶しそうになっている彼の耳に憎むべき魔物の声が聞こえる。
木に顔面から突っ込んで前のめりの状態の体から横に何本も鋭利な物体が伸びていた。
「まさか…爪か…」
抉られた肩の傷に対して応急処置を行いながら彼が言う。
口と片手を起用に使い、肉に食い込む程強く布を巻く。
しかし傷口からは、どくどくと止まらない。
「グフフ。次刺す。全部刺す」
猿の魔物が起き上がる。
再度彼に突進するために屈む。
「クッ!!」
彼は苦悶の表象を浮かべ、再度剣を握る。
そう、彼はまだやらなければいけないことがあった。
村人達が傷一つつけられなかった魔物の固いウロコを破り、傷を負わすことであった。
そんな事に意地を張る場面ではないのに、彼は無謀にもそれだけを考えていた。
全身を襲う乳酸からの倦怠感からか、血を失いすぎたのか、その要因が満身創痍の彼にはたくさんあった。
「こんな怪我初めて。だからやる。同じする」
猿の魔物の凄まじい脚力から放たれる突進。突進しながらも爪を前に左右にと振るう。
絶望的な突進であった。
「…クッソォォォォオ!!!」
意識が朦朧とし始める彼は、叫ぶ。
そして魔物を切ると言う事を目的に感覚のない左手をそえ、両手で剣を構える。
死を与えに来る存在が近づく中、彼は猿の魔物めがけて剣を振るう。
50年の間ただひたすらに剣の鍛錬をしてきた剣士の一撃である。
衝突する両者。ぶつかる衝突音。そして何かを叩き切る音と何かが吹き出す音。
全ての思惑をただ一つの目的へと終極させて放つその一撃に彼は、手応えを感じた。
タイラは見やる。
血塗られた剣には新しくついたと思われる血が上塗りされていた。
そして、今自分が斬った魔物は先程と同じく、顔から木に倒れ伏していた。
その魔物から何よりも証拠を表す様に血がどくどくと流れていた。
「やった…やったぞ…」
彼は乾ききった口から言葉が出る。
猿の魔物は、未だ動かない。動いているのは、どくどくと流れ出る魔物の血。
そして魔物がふるっていた爪は数本地面に刺さっていた。どうやら先程ふるった一撃により何本かを魔物ごとに叩き切ったようであった。
「ふぅ……ふぅ…一太刀入れたぜ」
剣を地面に落とし、ざまぁみろと言うように手の指を一本あげて猿の魔物へと伸ばす。
まだ日の光が降り注ぐ中、彼は勝利を得たのだ。
少しの間の勝利を。
竜のウロコを持つ魔物の生命力と回復力は尋常では無いことを彼は知らなかった。
「グ…グフフ。グフフフフ」
「なっ!!」
タイラは、突如に笑い声をあげる猿の魔物に驚く。
「かあいそお。かあいそお」
未だに相手を馬鹿にし挑発をする魔物。
タイラはなんどでも叩き切ってやると思い、地面に落とした剣を取ろうとする。
しかし彼の手は剣に届かない。
何かが地面に引っかかり彼の体は、今の位置より腰を落とす事を許さなかった。
何故なのかと疑問に感じた彼は気づいた。
自分の影を見て気づいたのだ。
自分の腹から伸びる一本の影に。
先の一撃の際に、猿の魔物が彼の腹に爪を生やしたのであった。
自分の体から爪が前後に生えていることに気づいた彼の身体から力が一気に抜ける。
気を失い倒れ込もうとするも、膝に力を込め踏みとどまる。その際に腹から生える爪が地面に押し出され、背中から伸びる爪が後ろに伸び、彼の手を剣へと届かせた。
「しょ…ぅぶ…はこれからだ」
言葉がはっきりと喋れない状態であるのに、彼は剣の柄を両手で握り迎え撃とうとする。
しかし彼の剣の切っ先は未だに地面の上にあった。
「グフフ。痛い痛い。手の甲切られた。
痛い痛い。かなり深くまで切られた」
猿の魔物は身体をタイラに向ける。
魔物の右手の甲には一本の赤い線が刻まれており、そこからは止めど無く流れる液体により手を真っ赤に染めていた。
「…お前硬くねぇな。お前は斬れるんだ……」
タイラは剣の鍔を相手に向けながら挑発する。
一太刀いれたのだ。型を知らずに我流の一太刀が届いたのだ。
確かな事実に彼は希望を感じた。
そして、彼の顔に死の色が表れ始める。
「お前努力した。届かない。かあいそお。
お前努力した。その程度。かあいそお」
猿の魔物はニヤニヤと笑みを浮かべながら再度脚に力を込める。
絶対的な加速の突進の一撃により、彼を屠るために力を込める。
「何度でも斬ってやる。今度はその顔だ!!」
タイラは力を振り絞る事でしか言葉を発せられない状態に陥っていた。
肩と腹からの傷で、彼の命はどんどんと色を消して行く。
しかし、タイラはそんなことを気にしない。
一太刀を奴の皮膚に刻めただけで彼の思考は切れることだけしか浮かばない。
今の彼をこの場に立たせているのは、村にいるみんなのため、自分の両親のためだけであった。
「少し遊べた。でも終わり。棒きれで闘う。
お前かあいそお。かあいそう」
そして地面を蹴り、飛び出す黒い砲弾。
二度の突進で平衡感覚を掴んでいた魔物は、狙いを外さぬ様にタイラめがけて突っ込んだ。
そして衝突する大きな音が島に響く。
音の正体は猿の魔物と巨大な樹木であった。
魔物は困惑する。
木に顔面から再度衝突した。外す事のない突進が外れた事に困惑していた。
魔物は考える。
あの人間は腹から爪が生えた状態で満足に動けず、折れた剣を構えていたのでなんの心配もなく突進した筈だ。だか、実際にあの人間は避けた。
その事に困惑し考える猿の魔物の耳に声が聞こえた。
「乱入して悪いわね」
魔物の耳に声が届く。女性の声だ。
猿の魔物は身体を起こし、声の人物を見やる。
「この人にはまだ死んでもらっちゃ困るからね。劇のタイトル教えたりお酒も貰ってないし」
猿の魔物は困惑を極めた。
一人の女がそこにいた。
肩まで伸びた黒髪の女が立っていた。
女は死にかけの人間を地面の上に寝かせ、上から小瓶に入った緑色の液体をかけ流していた。
猿の魔物は、困惑しただその光景を見ている。
「…一応最初からずっと見てたのよ」
女が言う。
猿の魔物と戦っていた男の人間よりも随分若い女であった。
「この人の50年の努力を無下にしたり、邪魔するわけにもいかないからね。
私はただ見守ることにしてたんだ。今日初めて出会っただけなのに、この男の覚悟ってやつを受け取ったし」
女は淡々と喋る。
「いざとなったらあんたを伸して、殺生なしに穏便になんとかしようと思ったんだな、これが」
小瓶の中身をかけ終えた様で、その女が猿の魔物に顔を向ける。
猿の魔物と顔を合わせた瞬間に手に持つ小瓶を握りつぶす。
「でもね、あんた…馬鹿にしたわね?
剣に家族に村のために半世紀を費やした人間を馬鹿にし、そして笑ったわね」
突如と信じられない程の威圧が島を襲う。地面が揺れ、大気が震える。
木々は地面から根を掘り起こされ、島にいる生物たちは活動を停止する。
「あんたは触れちゃいけないモノに触れた」
どうやら魔物が逆鱗に触れた様であり、女から発せられる威圧であった。
猿の魔物の表情が強張る。
「あんたに私の久方ぶりの怒りについて言いたい事は山ほどあんだけど…」
女が島を襲う威圧を解く。
女の声色は平淡のままである。
「一言で表すとしたらね…」
女は腰の得物に手をかける。
「あんたは私に刀を抜かせた」
11/24誤字修正。
猿はもの〇け姫で感じた不気味さから参考にしました。
次回無双です。
誤字脱字のご指摘、ご感想お待ちしております。




