EP 6
大手内定自慢を一撃粉砕!手取り20万の社畜予備軍vs月商330万の19歳社長
静まり返った個室居酒屋の座敷。
テーブルの中央に滑り出た一枚の漆黒の名刺を、元学級委員長の男子がおずおずと指先で拾い上げた。
『合同会社ミナト・キャピタル 代表社員 倉科 湊』
金箔で箔押しされたその重厚な文字を読んだ瞬間、宴席にいた三十人余りの同級生たちの間に、ざわざわとした動揺の波が広がっていった。
「だ、代表社員……? これって、会社の社長ってことか……?」
「嘘だろ……倉科が……? 地元の食品工場で段ボール折ってたんじゃないのかよ……!?」
どよめく周囲を押し退けるように、金子拓海が膝立ちになって身を乗り出してきた。
血走った目で名刺を睨みつけ、唾を飛ばしながら喚き散らす。
「だ、騙されるなよみんな! こんなの名刺屋で千円で作れるハッタリだ!
合同会社なんて資本金一円で作れるペーパーカンパニーだろ!?
実態なんて何もない、ただの無職の肩書き詐欺に決まってんだろ!
こいつは高校卒業した時、親の金がなくて大学すら行けなかった負け組なんだぞ!
手取り十四万の工場ライン工が、会社の社長なんてやれるわけがねえんだよぉぉぉっ!!」
拓海の絶叫に、東京の私立大学へ進学した取り巻きの男子たちも、安堵したように嘲笑を漏らし始めた。
「あ、あぁ、なんだ! ペーパーカンパニーかよ!w」
「びっくりさせんなよな〜! ネットで個人事業主がカッコつけて作るやつじゃんw」
「俺たち、来週から某大手広告代理店やメガバンクのサマーインターンだぞ?
本物の大企業で総合職の内定取ったら、初任給で額面二十五万、ボーナス込みで初年度年収四百万オーバー確定なんだよ!
実態のない幽霊会社の『自称・社長』と、エリート街道走ってる俺たちとじゃ、社会的な信用が違いすぎるんだわw」
再び座敷を支配しかけた、安っぽい優越感と見下しの視線。
その中で、佐伯凛だけが青ざめた顔で唇を噛みしめ、微かに震えていた。
彼女は知っていたのだ。
ゴールデンウィークのファミレスで、拓海と悪徳マルチの先輩を法律と数字で完膚なきまでに叩き潰した、あの日の湊の冷徹な姿を。
俺はため息を一つこぼし、アイスグレーのシャツの袖を軽くまくった。
「……ハッ。中学生でもわかる、大企業の総合職と資本家の算数をしようか」
「ああん!? また算数かよ! 負け惜しみ言ってんじゃねえぞ!」
「負け惜しみ? 現実から目を背けているのは、お前たちの方だ」
俺はテーブルの上にノートPCを開き、画面を同級生たちの真正面へと向けた。
そこに表示されていたのは、国税庁の『法人番号公表サイト』、法務局発行の電子登記事項証明書、そして住信SBIネット銀行の法人口座ダッシュボードだった。
◇ ◇ ◇
「まず一つ目。ペーパーカンパニーだという妄想を解体してやる」
俺は画面に表示された登記簿の項目を指差した。
「法人名:合同会社ミナト・キャピタル。
設立資本金:【現金300万円】。
一円のペーパーカンパニーだと? 登記簿を見ろ。資本金三百万円を満額現金で払い込み、法務局の厳格な審査を通過して登記された本物の法人だ。
そして、これが法人口座の直近三ヶ月の月間売上データだ」
カタカタ、ターンッ!
エンターキーを叩き、ASP各社からの確定振込履歴、およびStripeの自社決済ダッシュボードを大画面に映し出した。
『先月の月間総売上高:【3,520,000円】』
『外注費・ツール維持費控除後 月間事業純利益:【+3,310,000円】』
『確定純資産残高(新NISA運用分含む):【16,239,720円】』
ピシリ、と居酒屋の座敷の空気が凍りついた。
「……さ、さんびゃく……ごじゅうまん……?」
「い、一千六百万……!? 残高が、一千六百万あるのか……!?」
男子生徒たちの目が零れ落ちそうなほど見開かれ、ジョッキを持つ手がガタガタと震え出した。
「いいかい、大手企業のサマーインターンに受かって『勝ち組』だと浮かれているお前たち」
俺の氷のように冷え切った、しかし絶対の説得力を持つ声が響き渡る。
「お前たちが必死に目指している大企業総合職の初任給……額面二十五万円だったな。
中学生の引き算をしよう。
額面二十五万円から、健康保険料、厚生年金、雇用保険料、所得税を引けば、手元に残る実際の手取りは【約二十万円】だ。
東京の家賃で八万円が消え、光熱費で一万五千円、スマホ代や食費を引けば、毎月手元に残る自由な金は【せいぜい三万〜四万円】。
年間を通して手元に残る純貯蓄は、ボーナスを合わせても【百万円程度】が関の山だ」
俺は電卓アプリをタップし、数字を叩きつけた。
「それに対して、俺の会社の月間純利益は【330万円】だ。
お前たちが満員電車に揺られ、上司に怒鳴られ、理不尽なノルマに追われて手に入れる【年間の手取り全額】を――
俺は、自分が寝ている間も、旅行に行っている間も、毎月【わずか十日間】で自動的に口座へ叩き込んでいるんだよ」
「な……っ!?」
「さらに言えば、お前たちは稼いだ給料から、高い所得税や住民税を強制天引きされる『源泉徴収の奴隷』だ。
だが法人の社長である俺は、役員社宅で家賃の八割を経費化し、出張日当で非課税の現金を手にし、消費税免税の特例を使い、法人税の実効税率の壁で守られている。
手取り二十万の社畜予備軍が、月利三百三十万の資本家に対して『身分が違う』だと?
……ああ、その通りだ。身分が違う。
誰かに雇ってもらうために必死で頭を下げる【労働の奴隷】と、市場のルールをハックして富を生み出す【資本の支配者】……最初から立っているステージが違うんだよ」
ぐうの音も出ない、完全なるチェックメイト。
大企業総合職という薄っぺらい看板にすがりついていた男子生徒たちは、顔面を蒼白にして俯き、一言の反論もできなくなっていた。
◇ ◇ ◇
「そ、そんなの……ずるいじゃない……っ!」
沈黙を破ったのは、佐伯凛の震える悲鳴だった。
整えられたメイクの奥で、瞳に屈辱の涙をいっぱいに溜めて立ち上がる。
「なんで……なんで湊くんなのよ……!
私、東京で一番お洒落して、サークルでも目立って……!
なのに、インターンの面接官には『あなた自身の武器は何ですか?』って言われて全落ちして……!
なんで高卒で田舎に残った湊くんが、そんな大金稼いで……白石詩織みたいな可愛い子を連れてるのよぉぉぉっ!!」
凛の絶叫。
高校卒業のあの日、湊を「高卒の工場勤務とか無理w」と切り捨てて拓海に乗り換えた彼女の、哀れなプライドの完全崩壊だった。
だが、その凛の前に、凛とした姿勢で立ちふさがったのは――白石詩織だった。
「……佐伯さん」
詩織は澄み切った大きな茶褐色の瞳で、凛を真っ直ぐに見据えた。
その瞳には、かつて高校時代に見せていた怯えや卑屈さは、微塵もなかった。
「湊くんはね、ずるいことなんて一つもしてないよ」
鈴を転がすような、しかし芯の通った澄んだ声が座敷に響く。
「みんなが東京で遊んだり、サークルでお酒を飲んでいたこの一年半……
湊くんは毎日、工場の重いライン作業をしながら、夜も寝ないでマーケティングと税法の勉強をして……
時給労働に逃げずに、自分の頭と手で、ゼロからこの仕組みを作ったの。
そして……誰にも見向きされなかった私の絵を、世界で一番最初に信じて、高く評価してくれたのも湊くんなの」
詩織は自らの胸元に手を当て、誇らしげに胸を張った。
「私は、合同会社ミナト・キャピタルの最高アートディレクターであり、個人事業主『スタジオ・シオリ』の代表です。
私の口座にも、湊くんと一緒に稼いだ事業所得が、もう【四百万円】以上あります。
湊くんは私の大切なビジネスパートナーで……世界で一番尊敬している、私のヒーローだよ!」
「っ……あ……あぁ……っ」
凛は息を呑み、力なくその場にへたり込んだ。
見下していたはずの地味な美術部員が、自分など足元にも及ばない圧倒的な美貌と、自力で稼いだ四百万円の資産を携えて、堂々と自分の前に君臨している。
すべてを男の見栄と看板に依存し、中身が空っぽだった自分に対する、あまりにも残酷な答え合わせだった。
◇ ◇ ◇
「ひ……ひぃぃぃっ……!!」
そして、隅っこでガタガタと震えていた金子拓海が、ついに限界を迎えて頭を抱えた。
ポケットの中で、無情にも鳴り続ける消費者金融からの督促バイブレーション。
サラ金残高五十万、リボ払い五十万、奨学金四百八十万。
手元には一円の資産もなく、大学の単位も落とし、サマーインターンも全滅。
「嘘だ……こんなの悪夢だ……! 俺の方が上だったはずなのに……!
倉科ぁぁぁ……! 頼む、金を貸してくれぇぇぇっ! 百万円……いや五十万円でいいから恵んでくれよぉぉぉっ!!」
這いつくばって湊の足元にすがりつこうとする拓海。
だが、俺は一歩後退り、感情の籠もらない冷徹な瞳で見下ろした。
「拓海。中学生でもわかる、与信管理と不良債権の算数をしよう」
「な、なんだよ算数って……! 助けてくれよぉぉっ!」
「返済能力も担保もなく、他人の足を引っ張ることしか考えない人間に金を貸す行為は、投資ではなく単なる『資金のドブ捨て』だ。
自業自得で作った借金だ。自分の力で汗水垂らして、深夜の解体現場で十年間かけて返済するんだな」
冷たく言い放ち、俺は財布から一万円札を二枚取り出して、テーブルの上に置いた。
「今日の同窓会の会費、俺と白石の二人分で一万円だ。
お釣りはいらない。……残りは、お前たちの就活の交通費か、拓海のサラ金の利息の足しにでも使え」
俺は詩織の手を取り、振り返ることもなく座敷の出口へと歩き出した。
背後には、誰一人として声を上げられない、完全なる死の静寂だけが残されていた。
◇ ◇ ◇
居酒屋を出ると、夜風が火照った頬を心地よく撫でていった。
駅前のロータリーには、漆黒のセンチュリーがハザードを点滅させて待機していた。
「湊くん……!」
車へ向かう途中、詩織が俺の腕にギュッとしがみついてきた。
見上げると、その大きな瞳には、安堵と少しの興奮が宿っていた。
「私……ちゃんと湊くんの隣で、言いたいこと全部言えたよ……!」
「ああ、完璧だったよ、白石。最高のパートナーだ」
俺が微笑んで頭を撫でると、詩織は嬉しそうに目を細め、耳まで真っ赤にしてすりすりと頬を寄せてきた。
その天使のような可愛らしさに、張り詰めていた俺の心拍計が、またしても不穏な数値を叩き出し始める。
センチュリーの運転席の窓が開き、九条源蔵が豪快な笑みを浮かべて顔を出した。
「カッカッカ! いいツラして戻ってきやがったな、湊!
亡者どもを完膚なきまでに叩きのめしてやったか?」
「ええ、じいさん。
手取り二十万の社畜マウントを、月商三百三十万のファクトで完全に粉砕してきました」
「上等だ! さあ乗れ! 祝勝会として、最高級の鮑とウニを食いに行くぞ!」
「はい!」
後部座席に乗り込み、重厚なドアが閉まる。
滑るように夜の街を走り出すセンチュリー。
バックミラーの向こうで、居酒屋の看板の明かりが、小さく、遠くへと消え去っていった。
高校卒業から一年と五ヶ月。
見栄と借金に溺れ、社会の入り口で打ちのめされた同級生たちを完全に過去の景色へと置き去りにし――
十九歳のライン工社長と、覚醒した天才美少女絵師の進撃は、ここから次なる頂点【純資産3,000万円(アッパーマス層)突破】へ向けて、さらなる爆発的なスケーラビリティの領域へと突入していく!
【現在の倉科湊ステータス】
・年齢/肩書:19歳/食品工場ライン工・合同会社ミナト・キャピタル 代表社員
・総資産残高:16,229,720円(前話比:▲10,000円 ※同窓会会費支払い完了)
・月間不労/事業キャッシュフロー:+3,300,000円(特化ブログ+自社教材自動販売純利益)
・【今日の源蔵のマネー格言】:「大企業の内定にすがる奴は他人の看板で威張る虎の皮を被った狐、自分の法人で月数百万円を回す奴が本物の虎だ。手取り20万の社畜と月利330万の資本家、資本主義の審判は最初から下ってんだよ」
読んでいただきありがとうございます。
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