EP 5
悪徳保険外交員を論破せよ!年間72万円のキャッシュフロー創出
「健一さーん! 由美子さーん! 美代子よー!
保険の解約手続きの書類の件で、ちょっとお話しがあって寄らせてもらったわー!」
玄関先から響く、人懐っこくもどこか厚かましい声。
父の従姉妹にあたる美代子おばさんだった。国内大手生命保険会社の看板を背負い、親戚付き合いの良さを武器に、うちの家計へ「米ドル建て貯蓄型保険」をねじ込んだ張本人だ。
「ど、どうしよう健一さん……! 美代子さん、本当に来ちゃったわよ……」
「う、うむ……。電話では『窓口で手続きするから大丈夫だ』って言ったんだが……」
顔を見合わせ、まるで取り立て屋に怯える借金取りのように縮こまる両親。
これが、長年「親戚付き合い」という名の呪縛に縛られてきた日本人の典型的な姿だった。相手が悪質な金融商品を売りつけてきた加害者であるにもかかわらず、断る側がなぜか罪悪感を抱いてしまうのだ。
「父さん、母さん。さっきも言った通り、黙って座ってて」
俺は静かに立ち上がり、玄関の引き戸を開けた。
そこには、鮮やかなスーツに身を包み、パンパンに膨らんだ営業バッグを抱えた美代子おばさんが、満面の営業スマイルを浮かべて立っていた。
「あらぁ、湊くん! 背が伸びたわねぇ! もうすっかり頼もしい男の子になっちゃって。健一さんと由美子さんは中にいるかしら?」
「どうぞ、上がってください。待っていましたよ」
俺が淡々とリビングへ通すと、美代子おばさんは「お邪魔するわね〜」と遠慮なく上がり込み、テーブルの上に並べられた保険証券の山を見るなり、すっと眉を寄せて大袈裟にため息をついた。
「健一さん、由美子さん! 支社の窓口から連絡が来て本当に驚いたのよ! 解約の手続き書類を取り寄せるなんて、正気なの!?
今解約したら、七十万円も元本割れして大損しちゃうのよ!? せっかく五年間も大事に積み立ててきたのに、全部ドブに捨てるようなものじゃない!」
いきなりの先制攻撃。
「あなたたちの損を防ぐために、わざわざ親戚の私が助けに来てあげた」という絶対的な善人ポジションの構築だ。
父が申し訳なさそうに身を縮める。
「あ、いや……美代子さん、本当にすまない。でも、会社のボーナスがカットされて、毎月三万円の保険料を払い続けるのがどうしても厳しくなってしまってな……。湊の進学資金にするつもりだったんだが、もう背に腹は代えられないというか……」
「だからって、解約なんて一番もったいない選択をしちゃダメよ!」
美代子おばさんはカバンから手慣れた手つきで新しいパンフレットを数枚取り出し、テーブルへ広げた。
「いい? ドル建て保険はね、今は円安だから一時的に目減りして見えるかもしれないけれど、あと十年、十五年と据え置けば、アメリカの高金利で確実に増えていくの! どうしても月々の支払いがキツいなら、支払いを一時的にストップする『払済保険』にするか、あるいはこの『契約者貸付制度』を使いましょう! 解約返戻金を担保にして、保険会社から低金利でお金を借りられるのよ。それなら保険の保障を残したまま、急場をしのげるわ!」
(……出たよ)
俺は心の中で冷笑した。
契約者貸付――自分が預けた金を担保にして、保険会社に利息を払って借りるという本末転倒の極致。
要するに、解約されて自分の成績(手数料)が消滅したり、ペナルティで歩合給を吐き出させられるのを防ぐため、あの手この手で顧客を引き止め、傷口を広げさせようとしているのだ。
オロオロと流されそうになる両親の間に、俺はスッと一枚のルーズリーフを滑り込ませた。
「美代子おばさん。ちょっと質問していいですか?」
「え? 湊くん? な、何かしら? 大人の大事なお金の話だから、湊くんは心配しなくても――」
「俺の進学資金の話なんです。部外者じゃありませんよ」
俺はルーズリーフにボールペンを走らせ、美代子おばさんの目を真っ直ぐに見据えた。
「まず確認ですが、この『米ドル建て終身保険』。父さんが五年間で支払った保険料の総額は約百八十万円です。で、今解約すると戻ってくるのは百十万円。差額の七十万円は、一体どこへ消えたんですか?」
「だ、だからそれは、途中で解約したから『解約控除』が引かれて……」
「じゃあ、その契約初期に引かれている【保険関係費用】と【外貨両替手数料】、それから毎月の【資産運用関係費用】の内訳を、パーセンテージで明確に答えてもらえますか?」
「えっ……?」
美代子おばさんの笑顔が、ピシリと凍りついた。
「中学生でもわかる算数をしましょう。
この商品は『貯蓄型』と銘打たれていますが、実態は【掛け捨ての死亡保険】と【超高手数料の外貨投資信託】を無理やり抱き合わせにしたキメラ商品ですよね?
客が支払った毎月三万円のうち、実際にドルで運用に回されているのはいくらですか?
契約初期の数年間、掛け金の三割から四割近くが、保険会社の利益とおばさんたちの営業報酬(販売手数料)として中抜きされているはずです。だから五年間も真面目に払って、円安という追い風が吹いているにもかかわらず、七十万円もの元本割れを起こしている。違いますか?」
「な、何を失礼なことを! 私たちはちゃんとリスクを説明して――!」
「説明していませんよ。契約書面の『特に重要な事項』の欄に、米粒のようなフォントで隠すように書いてあるだけだ。
おまけに、為替手数料もネット証券なら一ドルあたり数銭で済むのに、この保険は一ドルあたり五十銭から一円近くぼったくっている。
要するに、百円のリンゴを買うために、三百円のぼったくり包装紙代を毎月強制的に払わせているのと同じです。そんな商品を満期まで持っていたところで、手数料負けして実質利回りは雀の涙にしかならない。
――七十万円損したからといって、これから先も毎月三万円をドブに捨て続ける理由には一ミリもなりません。投資の世界では、これを【サンクコスト(埋没費用)の誤謬】と呼ぶんです」
「さ、サンク……!? な、なによ急に小難しい理屈を並べて!」
美代子おばさんは真っ赤な顔をして立ち上がり、今度は母に向かってすがるように声を張り上げた。
「由美子さん! 子どもの屁理屈に惑わされちゃダメよ! この保険はお金を増やすだけじゃないの! もし健一さんの身に何かあった時、家族に遺せる【死亡保障】と【手厚い医療保障】がついてるのよ!? 解約したら、病気や怪我をした時にどうするの!? 何百万円もの入院費や手術代がかかったら、それこそ破産しちゃうじゃない!」
出た。
金融リテラシーのない人間を脅迫するための、最後の常套句――「病気の不安」だ。
母がハッとして不安そうに俺を見つめる。
だが、俺は微動だにせず、用意していたスマホの画面を美代子おばさんの前に叩きつけるように置いた。
画面に映し出されていたのは、厚生労働省の公式ウェブサイトだった。
「おばさん、人を脅すのもいい加減にしてください。
日本のサラリーマンが加入している公的医療保険――健康保険の【高額療養費制度】を知らないとでも思っているんですか?」
「こ、高額療養費……?」
「ええ。日本の公的医療保険は、世界最強のセーフティネットです。
仮に父さんが大病を患って、一ヶ月に百万円の高度な手術や入院治療を受けたとしても、窓口で払う実際の自己負担限度額はいくらですか?
父さんの年収区分(標準報酬月額二十八万〜五十万円)なら、計算式はこうだ」
俺はルーズリーフに計算式を殴り書いた。
『80,100円 +(医療費 − 267,000円)× 1%』
「医療費が百万円かかったとしても、実際の支払いは【月々約八万七千円】で頭打ちになります。
さらに、過去十二ヶ月以内に三回以上上限に達した場合は『多数回該当』が適用され、四ヶ月目以降は【月額四万四千四百円】まで上限が下がる。
大企業や健康保険組合なら、独自の『一部負担還元金』があって、実質自己負担は月二万円で済むケースすらある。
さらに言えば、病気で長期間働けなくなったとしても、最長一年半にわたって給与の約三分の二が非課税で支給される【傷病手当金】がある。
万が一父さんが亡くなったとしても、母さんには国の【遺族基礎年金】と【遺族厚生年金】が一生涯にわたって支給されるんだ!」
病室で源蔵から徹底的に叩き込まれた、社会保険制度のリアル。
それを一気に叩きつけると、美代子おばさんは言葉を失い、喉をヒクつかせた。
「差額ベッド代や食事代などの自己負担があるとしても、数十万〜百万円程度の生活防衛資金を現金で持っていれば、民間のぼったくり医療保険や終身保険なんて一ミリも必要ない。
必要なのは、子どもが独立するまでの期間だけ、必要最低限の死亡保障をカバーする【月二千円程度の掛け捨て定期保険】だけで十分だ。
毎月三万円もの大金を、保障という名の幻想のために巻き上げておいて……よくも親戚の顔をしてそんな毒キノコみたいな商品を売りつけてくれましたね」
「な……な、な……っ!」
美代子おばさんは唇を小刻みに震わせ、反論の言葉を完全に失っていた。
生保レディが使うセールストークなど、徹底的にファクトと公的制度の数字を頭に叩き込んだ人間の前には、何の意味も持たない。
沈黙していた父が、ゆっくりと立ち上がった。
その顔には、先ほどまでの卑屈な遠慮は消え去っていた。
「……美代子さん。今まで親戚だからと信じて任せていたが、湊の言う通りだ。
息子の将来を犠牲にしてまで、あなたに付き合う筋合いはない。
この保険は、今すぐ解約させてもらう」
「け、健一さん……本気なの!? 後悔しても知らないわよ!」
「後悔するのは、このままあなたに金を払い続けることだ。――お引き取りください」
父の毅然とした宣告に、美代子おばさんは忌々しそうに舌打ちし、パンフレットを乱暴にカバンに詰め込むと、捨て台詞を残して玄関を飛び出していった。
「ふん! 恩を仇で返すような親不孝な家ね! もう二度と親戚の集まりに顔を出さないでちょうだい!」
バタンッ!と乱暴に引き戸が閉まる音が響く。
嵐の去ったリビングで、父と母は放心したように立ち尽くしていた。
だがその表情には、重苦しい霧が晴れたような、微かな安堵が浮かんでいた。
「……湊。お前、いつの間にそんなことを勉強したんだ……?」
「ネットで調べれば誰でもわかることだよ。知ろうとしなかったから、カモにされてただけだ」
俺は息をつく間もなく、テーブルの上の残りの書類を指差した。
「父さん、母さん。止血作業はまだ終わってない。
一気にバケツの穴を全部塞ぐよ」
◇ ◇ ◇
そこからの俺の行動は迅速を極めた。
まずはスマートフォンだ。
家族三人が使っていた大手キャリアの明細を開き、不要な店舗サポート代、端末補償オプション、初月無料のまま放置されていた動画サービスの月額課金をすべて洗い出す。
その場でMNP(携帯電話番号ポータビリティ)予約番号を発行させ、大手キャリアのオンライン専用プランおよび格安SIM(MVNO)へと乗り換え手続きを進めた。
「えっ……本当にスマホの画面からポチポチするだけで乗り換えられるの? 電話番号もそのまま?」
「そうだよ。電波は大手キャリアの回線をそのまま借りているから、通信品質も電話の繋がりやすさも日常生活では体感の差なんてない。
これで、三人で毎月二万六千円かかっていたスマホ代が、三人合わせて【約六千円】になる。
これだけで【毎月二万円の削減】だ」
母が目を丸くした。
スマホを乗り換えただけで、毎月二万円――スーパーでモヤシの十円引きを二千回買いに行く以上の金額が、何もしなくても手元に残るのだ。
そして最後にして最大の怪物――玄関先にある『残クレのミニバン』だ。
俺は一括査定アプリを使い、大手買取業者三社を翌日の午前中に同じ時間帯で実家に呼び寄せた。
ディーラーに言われるがまま下取りに出すのではなく、業者同士を競合させて最高額を引き出すためだ。
「えっ、車を売っちゃったら、お父さんの通勤や買い物はどうするのよ……?」
「通勤なら、親父の会社の同僚も使っているような、状態の良い中古の軽自動車で十分だ。
五十年落ちのボロ車に乗れって言ってるんじゃない。車検が残っていて走行距離五万キロ台のタントやワゴンRなら、総額四十万〜五十万円の現金一括で買える。
今のミニバンを業者に競わせれば、残価設定ローンの残債二百五十万円を完済した上で、手元に四十万円前後の現金が残る試算だ。その金で中古の軽を現金で買えば、借金は完全にチャラになる」
俺は電卓を叩き、車を乗り換えた後の収支を両親に見せた。
「毎月払っていた残クレのローン返済二万五千円がゼロ。
ミニバンの高い車両保険から、軽自動車の対人・対物無制限の掛け捨て保険に見直して月七千円浮く。
さらに排気量が小さくなることで毎年の自動車税が数万円安くなり、燃費向上でガソリン代も下がる。
トータルで、【毎月約三万五千円の維持費削減】だ」
父が息を呑んだ。
毎月、車という見栄のために六万円近くを支払っていた男が、その呪縛から解放された瞬間だった。
すべての手続きを終え、夜が更けたリビング。
俺はルーズリーフに、最終的な家計の改善結果を大きく書き出した。
【倉科家・バケツの止血結果】
① 外貨建て貯蓄型保険の解約:+30,000円/月
② 格安SIMへの一本化:+20,000円/月
③ 車両見直し(残クレ脱却・軽移行):+35,000円/月
※ 必要最低限のネット掛け捨て生命保険加入:▲5,000円/月
★ 毎月の固定費削減額:【+60,000円/月(年間72万円の創出)】
「ろ……六万円……!?」
父と母が、震える手でルーズリーフを見つめた。
生活の質は何も落としていない。
エアコンの温度を我慢したわけでも、食費を削ってひもじい思いをしたわけでもない。
ただ、資本主義の罠として仕掛けられていた「構造の欠陥」を取り除いただけだ。
それだけで、毎月六万円――年間にして【七十二万円】の純現金が、何もしなくても実家の口座に残り続けるようになったのだ。
「父さん、母さん。源蔵じいさん……俺の知り合いの投資家が言ってたよ。
年間七十二万円の手取りキャッシュフローを生み出すのは、利回り4%で運用する【資産1,800万円】を持っているのと全く同じ価値があるんだ。
うちは今日、一千八百万円の資産家と同じ武器を手に入れたんだよ」
父は両手で顔を覆い、静かに涙をこぼした。
「湊……ありがとう……。本当に、ありがとう……。
大人の情けない見栄と無知のせいで、お前にこんな苦労を背負わせて……情けないよ……」
「いいよ、父さん。その代わり、この浮いたお金は絶対に無駄遣いしないで、生活防衛資金として貯めておいてくれ。
俺の進学資金は……俺が自分で作るから」
◇ ◇ ◇
翌日。
俺は再び、県立中央総合病院の最上階『801号室』のドアをノックしていた。
「入れ」
中に入ると、九条源蔵はベッドの上で日経新聞を広げていた。
俺は無言で、昨夜作成した家計改善の収支シートをベッドテーブルの上に置いた。
源蔵は新聞から視線を落とし、老眼鏡の奥の鋭い目を細めて数字を追った。
ドル建て保険の解約、高額療養費制度の適用試算、格安SIMへの移行、残クレミニバンの精算と中古軽への移行。
目標の五万円を上回る、【月六万円(年間七十二万円)の削減】。
「……ふん」
源蔵はシートを放り出すと、口元をニヤリと歪めた。
「悪くねえ。合格点だ。
親戚の情に流されず、公的制度の数字で悪徳生保レディを叩きのめした胆力も大したもんだ。
これでてめえの実家のバケツは、ようやく水が溜まる器になったわけだ」
「ああ。これで俺は、後ろ顧の憂いなく自分の足で走れる」
「ケッ、調子に乗るんじゃねえぞ坊主。
言っただろ、これは『マイナスをゼロに戻した』だけにすぎねえ。
ここからが、本当の地獄の始まりだ」
源蔵は身を起こし、ベッドサイドに置かれていたカレンダーをペン先で叩いた。
「高校卒業まであと半年。
お前がこの病室に通える半年間で、お前の頭に『資本家のOS』を完全にインストールしてやる。
――だがその前に、お前に最大の『損切り』の儀式が待ってるようだな」
「損切り……?」
怪訝な顔をする俺のポケットで、スマホが震えた。
画面を見ると、幼馴染の佐伯凛からのLINEだった。
『湊、放課後ちょっと話せる? 大事な話があるの』
――進路希望調査の最終提出日。
俺が高卒就職を選んだことを知った彼女からの、別れの予兆だった。
【現在の倉科湊ステータス】
・年齢/肩書:18歳/高校3年生(実家バケツ止血完了・月6万円創出)
・総資産残高:32,000円(前話比:±0円)
・月間不労/事業キャッシュフロー:+0円(実家固定費削減:+60,000円/月達成)
・【今日の源蔵のマネー格言】:「月6万円の固定費を削った実家は、1,800万円の資産を持ったのと同じだ。見栄と情を捨てて数字で殴れ。それが資本家の第一歩だ」
読んでいただきありがとうございます。
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