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『高卒で人生終了?――伝説の投資家に資本主義の裏ルールを学んだ俺、4年で資産1億円を築いて元同級生を見返します』  作者: 月神世一


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EP 2

消費者金融のATMと、佐伯凛の違和感

 新宿東口、雑居ビルの狭い路地裏。

 ネオン看板のチカチカとした光が、薄暗いアスファルトに毒々しい影を落としていた。

 アコム、プロミス、アイフル――。

 大手消費者金融の無人契約機がぎっしりと並んだ、通称『サラ金ビル』の重いアルミドアから、一人の青年が周囲を警戒するように顔を覗かせた。

 金子拓海だった。

「……ふぅ、誰も見てねえよな」

 拓海は深く被ったキャップを目深に引き下げ、足早に大通りへと抜け出した。

 右手のポケットの中には、先ほど発行されたばかりのプラスチックカードと、ATMから引き出したばかりの【新札の束・五十万円】が、ずっしりとした重みを持って収まっている。

 前話で、サークルの先輩・竜也と投資グループの幹部・神代から吹き込まれた【月利10%のAI自動売買ツール】。

 その専用USBメモリを購入するための軍資金として、二十歳の学生という属性をフルに使い、年利一八%の消費者金融から満額枠で借り入れた金だった。

「借金じゃねえ……これは『良い借金(レバレッジ)』だ。

 月利十%入ってくるんだから、毎月の金利なんてお釣りが来るし、友達を二人紹介すりゃ紹介料二十万で一気に元が取れるんだ……!」

 拓海は自分に言い聞かせるように何度も呟き、指定された高級ホテルのラウンジへと取って返した。

 そして、待ち構えていた神代に現金の束を手渡し、代わりに一本の安っぽい黒いUSBメモリを受け取ったのだ。

 ――だが、本当の地獄は、ここから静かに幕を開けた。

 ◇ ◇ ◇

 それから一週間後の土曜日。

 原宿・表参道の裏路地にある、緑に囲まれたオープンテラスのお洒落なイタリアンカフェ。

 心地よい春風が吹き抜けるテラス席で、佐伯凛は手元のカフェラテのカップを見つめながら、向かいに座る拓海に微かな違和感を覚えていた。

「凛、ほら! これ、欲しがってたやつだろ? プレゼント!」

 拓海がテーブルの上にドカンと差し出してきたのは、高級ブランドのロゴが入ったリボン付きの小箱だった。

 中に入っていたのは、凛が先週インスタグラムを見て「可愛い〜」と呟いていた、定価三万五千円の新作フレグランスとシルクのハンドタオルだった。

「えっ……!? 拓海くん、これ……! 本当に買ってくれたの……!?」

「当たり前だろ! 俺、言ったじゃん。

 先週から【個人投資家】として独立したんだって。

 最先端のAIシステムを回してっからさ、これからは毎月何もしなくても五万、十万の配当が口座に勝手に入ってくるんだよ!

 凛には、いつも東京で一番いい思いをさせてやるって約束しただろ?w」

 得意げに鼻を鳴らし、これ見よがしに胸を反らせる拓海。

 普段なら「拓海くん、さすが!かっこいい〜!」と黄色い声を上げて抱きつくだろう。

 だが――凛の瞳の奥には、拭いきれない疑念の影が濃く差し込んでいた。

(……何かが、おかしい)

 凛はテーブルの上で組まれた拓海の手元を見つめた。

 指先が、小刻みにカタカタと震えている。

 さらに、拓海の目の下には、コンシーラーでも隠しきれないほどの赤黒い隈が張り付いていた。

 そして――何より決定的な瞬間を、凛は見逃していなかった。

 先ほど、カフェの会計の際、拓海が財布を開いた時だ。

 いつものハイブランドの長財布の隙間からチラリと覗いた、青い印字の【消費者金融の明細レシート】。

 そこに印字されていた数字を、凛の動体視力は正確に捉えていたのだ。

『お借入残高:498,000円』

『次回ご返済期日:5月10日』

『お借入利率:実質年率18.0%』

(……消費者金融? 年利十八%……?

 拓海くん、親からの仕送りがたっぷりあるって言ってたのに……なんでサラ金から五十万も借りてるの……?

 それに、あのプレゼントだって……もしかして……)

 去年の夏休みの同窓会で、地元の工場に就職した倉科湊が放った冷徹な言葉が、凛の脳裏に蘇った。

『お前がエリート大学生の特権だとドヤ顔で見せびらかしている、四百八十万の借金地獄の正体だ。

 卒業後、二十年間にわたって毎月口座から強制天引きされ、お前の手取りは毎月赤字になる』

 あの時、湊が紙ナプキンに殴り書いた返済シミュレーション。

 拓海は「あいつは負け組の僻みだ」と笑い飛ばしていたが――現実に拓海がやっていることは、湊の警告通り、いやそれ以上に破滅の坂を転がり落ちているのではないか?

「……ねえ、拓海くん」

「ん? どうした凛? 嬉しすぎて声も出ねえか?w」

「その、AIの投資って……本当にちゃんとお金が増えてるの……?

 今月、いくら儲かったの……?」

 凛のストレートな問いに、拓海の表情が一瞬、凍りついた。

 視線が泳ぎ、喉仏がゴクリと上下する。

「えっ……? あ、ああ! そ、それはあれだよ! 今は市場のデータをAIがディープラーニングしてる準備期間なんだよ!

 神代さんも言ってたぜ、『来月には配当がドカンと口座に着金するから楽しみに待ってろ』ってさ!

 それより凛、ちょっとスマホ見ていいか? 俺、今から地元のやつらに連絡しなきゃいけない用事があってさ……」

 拓海は逃げるようにスマホを取り出し、画面に没頭し始めた。

 その必死な横顔を見つめながら、凛の心の中で、何かが冷たくガラガラと音を立てて崩れていくのを感じていた。

 ◇ ◇ ◇

(……くそっ! なんで配当が出ねえんだよ……っ!)

 カフェのテーブルの下で、拓海は血走った目でスマートフォンの専用サイトを開き、何度もリロード(更新)を繰り返していた。

 画面の中央に表示されているのは、一週間前から一ミリも動いていない、無機質な数字だった。

『システム稼働状況:待機中(アルゴリズム調整中)』

『今月の確定配当額:【0円】』

 ゼロ円。

 一円の配当も入ってこない。

 昨夜、不安に耐えかねて紹介者の竜也にLINEを送ったが、返ってきたのは呑気なスタンプと冷淡な一言だけだった。

『拓海、投資は焦ったら負けだぞw AIが一番勝てる相場を待ってるんだからドッシリ構えろよ。

 それより、配当を待つより【紹介】を出した方が早いに決まってんだろ?

 一人紹介すりゃ即日十万円だぞ。今週末までに何人アポ取れる?』

(紹介……紹介を出さなきゃ、来月の支払いが間に合わねえ……!)

 拓海の頭の中で、中学生でもわかる、しかし目を背けたくなるような【残酷な算数】が回り始めた。

 クレジットカードのリボ払い残高:五十万円(月々返済一万五千円)。

 そして、新たに契約した消費者金融の借入残高:五十万円。

 実質年率一八%ということは、月利にして【1.5%】。

 毎月、ただ利息として消える金額だけで――

『500,000円 × 1.5% = 【7,500円】』

 元金を一円も減らさず、ただ現状維持するだけで毎月七千五百円がドブに消える。

 リボ払いの利息六千二百円と合わせれば、毎月【一万三千円以上】の純粋な利息が、何もしなくても口座からむしり取られていくのだ。

 元金を減らすための最低返済額を合わせれば、毎月の返済負担は【合計三万円以上】!

 仕送り十万円、奨学金十万円。

 そこから家賃六万五千円、光熱費一万五千円、スマホ代一万二千円を引けば、手元に残る生活費はわずか三万八千円。

 そこに三万円の借金返済が乗っかれば――残る金は、一ヶ月でわずか【八千円】だ。

 一日あたり、二百六十円しか使えない計算になる。

(詰んでる……! このままじゃ、来月マジで飯が食えなくなる……!

 配当が出ないなら、紹介料をもぎ取るしかねえ! 誰かをこのシステムに引きずり込んで、十万円のキャッシュバックを受け取るしか助かる道はねえんだよ……っ!!)

 これこそが、悪徳マルチ商法が仕組んだ最悪の心理的罠――

 行動経済学における【サンクコスト効果(埋没費用効果)】と【コミットメントの罠】だった。

 五十万円という大金を投じてしまった人間は、「自分が騙された」という事実を脳が認めることができない。

 認めてしまえば、自分の愚かさと破滅を受け入れなければならないからだ。

 だからこそ、「このシステムは本物だ」「人に紹介して稼げば正しかったことになる」と自分を正当化し――

 【被害者】だったはずの人間が、自ら進んで他者を食い物にする【悪質な加害者(勧誘者)】へと変貌を遂げていくのだ!

「……誰だ? 誰なら、五十万円のローンを組ませられる……?」

 拓海はLINEの友だちリストを、狂ったようにスクロールした。

 大学のサークルの仲間は、すでにマルチの噂を察知して距離を置かれ始めている。

 狙うべきは、情報が遅れている【地元の同級生】だ。

 そして――リストの『く』の欄で、拓海の親指がピタリと止まった。

『倉科 湊』

「……倉科」

 拓海の唇が、ドス黒い歓喜に歪んだ。

「あいつだ……! 高卒で、地元の食品工場で手取り十四万で油まみれになってる倉科湊……!

 あいつなら、金に困ってるに決まってる。

 『東京の最先端AIツールで、工場から救ってやるよw』って上から目線で持ちかければ、這いつくばって飛びついてくるはずだ!

 あいつから五十万を巻き上げて、俺が十万の紹介料をせしめてやる……!

 同窓会で俺に恥をかかせた復讐もできて、金も手に入る……一石二鳥じゃねえか!!」

 拓海は震える指先で、湊のトーク画面を開き、メッセージを打ち込み始めた。

 ◇ ◇ ◇

 同じ日の午後十七時零二分。

 夕暮れの穏やかな日差しが差し込む、地方都市の三晃紙器工業。

 定時退社のチャイムとともにタイムカードを切り、自転車で実家の作業部屋へと戻った俺――倉科湊は、ノートPCを開いてネットバンキングの画面を確認していた。

『確定純資産残高:8,040,000円』

「……よし。八百万円のラインは完全に定着したな」

 前話で九条源蔵から突きつけられた、次なる試練――

 【課税所得900万円超における実質税率48%の壁】。

 このまま個人事業主で突っ走れば、年間千五百万円の利益のうち半分近くが税金で消し飛ぶ。

 だからこそ、俺は今、個人を捨てて国家公認の最強の盾を手に入れるための【法人設立(合同会社ミナト・キャピタル)の定款作成】に没頭していた。

「湊くん、入ってもいい……? お茶淹れてきたよ……!」

 トントン、と控えめなノックとともに、白石詩織が作業部屋に入ってきた。

 淡いミントグリーンのサマーニットに、清楚な白のフレアスカート。

 ショコラブラックの髪を後ろで緩く束ね、黒縁メガネを外した大きな茶褐色の瞳が、夕陽を浴びてキラキラと輝いている。

 その手には、氷の浮かんだ冷たい有機レモングラステイーと、可愛らしい小皿が乗せられていた。

「白石か。サンキュー、ちょうど喉が渇いていたところだ」

「お疲れ様、湊くん! あ、これね、駅前の老舗パティスリーで買ってきた『完熟オレンジのサマーパウンドケーキ』! 冷やしておいたから、一緒に食べよう?」

 詩織は嬉しそうに小皿をデスクに置き、俺の隣の椅子へちょこんと腰を下ろした。

 肩が触れそうな距離。ふわりと漂う柑橘の爽やかな香りと、彼女自身の甘い石鹸の香りに、俺の心拍計がピクリと跳ね上がる。

「オレンジのパウンドケーキか。悪くないな」

 俺は引き出しを開け、あらかじめ用意しておいた小箱をスッと取り出し、詩織の前に置いた。

 銀座の特選サロンで見立てた、京都宇治の極上ほうじ茶プリンと、指先を優しく冷却しながらむくみを取る最新のアイシングローラーだ。

「ほら、白石。これを受け取れ」

「えっ……? これ、すごく高そうなほうじ茶プリン……! それに、ローラー……?

 湊くん、私がおやつを持ってきたのに、どうして湊くんがプレゼントしてくれるの……?」

「勘違いするなよ」

 俺は腕を組み、冷徹な仮面を必死に張り直して早口でまくしたてた。

「中学生でもわかる組織財務と人的資本保全の講義をするぞ」

「ふぇ? パウンドケーキの前で、また講義……?」

「そうだ。

 いいかい白石、我が事業部のアートディレクター(お前)が、初夏の気温上昇によって集中力を散漫にさせ、美大生アシスタントへの図解指示を三十分遅延させた場合、メディア全体の更新スケジュールにおける機会損失は【試算で最低でも月額四十万円】に達する!

 ほうじ茶に含まれる高純度ピラジンによる自律神経の沈静化、ならびにアイシングローラーによる末梢血管の引き締めは、組織の基幹クリエイターの【熱中症予防および作画クオリティを盤石に維持するための戦略的BCP防衛経費】だ!

 お前を甘やかすための施しではない!

 将来生み出される何千万円ものメディアキャッシュフローから逆算すれば、このプリン代などROI(投資対効果)は【実に三万%】を超える!

 極めて合理的でドライな財務上の防衛支出だから、一ミリも遠慮せず胃袋に収めてローラーで顔をコロコロしろ」

 息をつかずに言い切った俺の、世界一長くて過保護な言い訳。

 詩織は目をパチクリさせて聞いていたが――やがて、その桃色の唇をふにゃりと綻ばせ、クスクスと愛おしそうに笑った。

「ふふっ……あはは! ピラジンのちんせいか……? ROIがさんまんパーセント……?

 湊くんの言い訳、本当に世界一長くて……世界一甘くて幸せだよ!」

「な、何がおかしい。純粋な企業防衛だぞ」

「うん、そうだね! じゃあ私、湊くんの『防衛経費』で美味しく涼んで、三万パーセントのお返しができる世界一可愛いデザインを描き続けるね!

 ……あ、湊くん! パウンドケーキ、すっごくしっとりしてて美味しいよ! はい、あーん!」

 フォークに一口分のケーキを乗せ、満面の笑みで差し出してくる詩織。

 至近距離から漂う甘酸っぱいオレンジの香りと、彼女の透き通るような白い肌、潤んだ茶褐色の瞳。

「お、おい……自分で食える……」

「ダメー! ほら、あーん!」

 観念して口を開けると、爽やかな柑橘の酸味と芳醇なバターの甘みが口いっぱいに広がった。

 めちゃくちゃうまい。

 そして――心拍数が異常なスピードで跳ね上がり、俺の脳内プロセッサが完全に一時停止した。

(……ダメだ。この女の『あーん』の破壊力は、資本主義のどんなアルゴリズムでも耐え切れない……)

 その時だった。

 ブブッ、ブブッ!

 デスクの上に置いていたスマートフォンが、無遠慮なバイブレーションを響かせた。

 画面を見ると、LINEの通知が表示されていた。

 送り主は――金子拓海。

『よお倉科!元気でやってるか?

GWに東京から地元に帰省するんだけどさ、お前にめちゃくちゃデカい「神案件」を持って帰ってやるよ!

手取り14万の工場勤務、毎日油まみれでしんどいだろ?お前をその底辺労働から救ってやるから、GWの初日、駅前のファミレスに来いよなw

東京のエリート大学生の俺が、特別に人生変えるチャンスをやるよ!絶対来いよな!ww』

「……神案件、か」

 俺は冷え切った目で画面を見つめた。

 背後から覗き込んできた詩織が、眉を八の字にして心配そうに呟く。

「湊くん……これ、金子くんから……? なんだか、すごく怪しいよ……」

「ああ、怪しいどころの騒ぎじゃないな。

 文面から漂う、典型的な【マルチ商法のブラインド勧誘】の悪臭だ」

 俺はノートPCの横に置いてあった電卓を指先で弾き、冷笑を浮かべた。

「有利子の奨学金を使い果たし、リボ払いで首が回らなくなり、次は悪徳投資マルチに引っかかって消費者金融に手を出したか。

 ……哀れな男だ。自分が仕掛けられた罠の正体にも気づかず、今度は俺をカモにして穴を埋めようとしている」

 俺はスマホを手に取り、返信を打ち込んだ。

『了解した。GW初日の午後十四時、駅前のガストに行こう』

「湊くん、本当に行くの……!?」

「行くよ、白石。

 逃げる理由なんて何一つない。

 ――他人の無知を食い物にしようとするハイエナどもに、資本主義の本当のルールと、数学の絶対的な鉄槌を叩き込んでやるよ」

 ゴールデンウィークの決戦まで――残り、一週間。

 悪徳投資マルチを解剖し、見栄のために身を滅ぼす者を完全に粉砕する、最初の「圧倒的ざまぁ」の舞台の幕が上がろうとしていた。

【現在の倉科湊ステータス】

・年齢/肩書:19歳/食品工場ライン工・個人事業主(純資産800万突破・法人登記準備中)

・総資産残高:8,040,000円(前話比:±0円)

・月間不労/事業キャッシュフロー:+1,620,000円(特化ブログ3サイト純利益ベース)

・【今日の源蔵のマネー格言】:「年利18%で金を借りて投資する奴は、ガソリンを被って火の中に飛び込む大馬鹿野郎だ。サンクコストに囚われて友人まで売り飛ばすハイエナには、冷徹な数字の鉄槌で引導を渡してやれ」

読んでいただきありがとうございます。

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