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『高卒で人生終了?――伝説の投資家に資本主義の裏ルールを学んだ俺、4年で資産1億円を築いて元同級生を見返します』  作者: 月神世一


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EP 9

「開業届」という最強のプラチナチケット

 お盆休みが明けた八月下旬、三晃紙器工業の社員食堂には、連休明け特有の重苦しい倦怠感が充満していた。

「……ひ、ひぃぃぃ……っ! ど、どうしよう……! 俺、クビになる……! 会社クビになって人生詰むぅぅぅ……っ!!」

 正午のサイレンが鳴り響いて間もない食堂の片隅で、頭を両手で抱え込み、ガタガタと膝を震わせている男がいた。

 同期採用の山岸だ。

 お盆休み中、三十万円のブログ塾の分割払いを埋めるために居酒屋の深夜バイトへ飛び込んだ男である。

 その顔色は完全に紙のように白く、目の下には墨を塗りたくったような隈が張り付いていた。

「おい山岸、席に着くなり頭を抱えてどうしたんだよ」

 俺が母の持たせてくれた弁当箱を開きながら声をかけると、山岸は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を勢いよく跳ね上げた。

「倉科ぁぁぁ……っ! 聞いてくれよ……! さっき更衣室で、第二ラインのベテランの先輩に言われたんだよ……!

 『お前、居酒屋で夜勤バイトやってるらしいな。会社にバレたら就業規則違反で一発懲戒処分だぞ』って……!

 俺が『誰にも言わなきゃバレないっすよね?』って聞いたら、先輩がニヤニヤしながら『甘ぇよ。来年の五月、市役所から会社に届く【住民税の決定通知書】で、総務部の経理のババアに一発でバレるんだよ』って……っ!」

 山岸はテーブルに突っ伏し、泣き叫んだ。

「じゅ、住民税って何なんだよぉぉぉっ!? なんで夜中に皿洗ってるだけで、昼間の会社に筒抜けになるんだよ!? 俺、手取り十四万の給料すら失ったら、マジで首吊るしかねえよぉぉぉっ!!」

 周囲の作業員たちが「あいつ、また騒いでるぞ」と遠巻きに苦笑いを浮かべている。

 俺はため息を一つこぼし、水筒のお茶を一口飲んだ。

(……先輩の言っていることは、半分正解で、半分は情報不足だな)

 世の中のサラリーマンが「副業を始めたいけれど怖い」と二の足を踏む最大の理由が、この【副業バレの恐怖】だ。

 そして、その恐怖の九割は、税金の仕組みに対する「無知」から生じている。

「山岸、落ち着け。中学生でもわかる算数を教えてやる」

「算数どころじゃねえよ! 俺の人生がかかってんだぞ!」

「人生がかかっているから算数をするんだ」

 俺は箸を置き、テーブルの上の紙ナプキンを引き寄せてペンを走らせた。

「いいかい山岸。

 会社に副業がバレる原因は、同僚への自慢やSNSの誤爆を除けば、ほぼ百パーセントが先輩の言った通り【住民税の金額】だ」

「ほ、ほら見ろ! やっぱりバレるんじゃねえか!!」

「最後まで聞け。

 日本のサラリーマンは、毎月の給料から住民税が天引きされている。いわゆる【特別徴収】という仕組みだ。

 市役所はな、お前が工場で稼いだ給料と、夜の居酒屋で稼いだバイト代を【合算】して、お前の全体の年収に対する住民税を計算するんだ。

 そして毎年五月、市役所は本業の会社に対して、こう書かれた通知書を送りつける」

 俺は紙ナプキンに、工場の総務部が見る伝票を再現した。

『三晃紙器工業株式会社 総務部御中

 貴社従業員・山岸殿の今年度の住民税は、年間【24万円(月額2万円)】です。毎月の給与から天引きして市に納入してください』

「これを見た工場の総務の人間はどう思う?

 『あれ? うちが山岸くんに払っている給料は手取り十四万(年収二百二十万)程度なのに、なんで住民税の天引き額が、年収三百五十万の課長補佐と同じ金額なんだ……?

 こいつ、裏で別の会社から給料をもらってやがるな!』と、一瞬で察知されるわけだ」

「ぎゃあぁぁぁっ! やっぱり詰んでるじゃねえか!!」

「だから、それはお前が【給与所得(アルバイト)】で時間を切り売りしているからだと言っているんだ」

 俺は冷え切った視線で、取り乱す山岸を睨み据えた。

「アルバイトの給料は、雇用主が市役所に『給与支払報告書』を提出する義務があるから、本業の給料と合算されて特別徴収を回避できない。

 だがな、自分の頭と腕を使って稼ぐ【事業所得】なら話は完全に別だ。

 確定申告書のある【たった一つのチェック欄】をハックするだけで、会社には一ミリも知られずに、完全合法で副業を回し続けるチートコードが存在するんだよ」

「えっ……? ち、チートコード……?」

 山岸が涙目でぽかんと口を開けた。

 だが、俺はそれ以上話す気はなかった。

 思考停止で他人のノウハウをクレクレするだけの情報弱者に、これ以上の知恵を与える義理はないからだ。

「午後のチャイムが鳴るぞ。

 自分のケツは自分で拭け。怯えて暮らすのが嫌なら、居酒屋のバイトを辞めて、自分のビジネスを立ち上げることだな」

 俺は弁当箱を片付け、スタスタと食堂を後にした。

 ◇ ◇ ◇

 工場の現場に戻りながら、俺は胸ポケットの中のスマートフォンの画面を脳裏に思い浮かべていた。

 お盆休みの同窓会で、奨学金という名の借金を「月十万の不労所得」と錯覚して散財する金子拓海を論破してから、約一週間。

 俺の特化ブログ『高卒逆転マネーハック』と、白石詩織の神図解の快進撃は止まるどころか、猛烈な勢いで加速していた。

 お盆休み中に家計の見直しや通信費の節約を考えるユーザーが急増したことで、格安SIMや年会費無料カードのアフィリエイト成約が連日数十件単位で発生。

 さらに、Webディレクションによる記事制作パッケージの受託利益も積み上がり――

 今月の副業純利益は、ついに【月間42万円】を突破していた。

 本業である工場の手取り(十四万八千円)の、実に【三倍近く】。

 普通預金残高は、一気に【1,850,000円】へと到達していたのだ。

(手取り十四万の工場男子が、副業で月四十万を稼ぐ……。

 だが、このままの状態で突き進むのは、極めて危険だ)

 そう、副業利益が年間二十万円を超えた瞬間、すべての国民には【確定申告の義務】が発生する。

 もし「バレなきゃいいや」と放置すれば、それは脱税という名の立派な犯罪行為だ。

 数年後、利息としての「延滞税」やペナルティの「無申告加算税」が乗っかり、税務署から特大の追徴課税を食らって即死する。

 そして――何より重要なのは、これだけの利益が出ているにもかかわらず、何の届け出も出さずに「モグリ(無届けの雑所得)」で稼ぎ続けることは、資本主義において【数百万単位の現金をドブに捨てているのと同義】だということだ。

 十七時零二分、定時のチャイムとともにタイムカードを切った俺は、その足で小高い丘の上に建つ九条源蔵の屋敷へと自転車を走らせた。

 ◇ ◇ ◇

「おい坊主! 入ってくるなり湿気たツラすんじゃねえよ!」

 九条邸の広大なリビング。

 欅の一枚板テーブルの上で、高級中国茶をすすっていた源蔵が、入ってきた俺を一瞥してニヤリと口元を吊り上げた。

「月四十万のキャッシュフローを達成したって報告は、詩織ちゃんから聞いてるぞ。

 だが湊、てめえの顔には『稼ぎすぎてケツに火がついた』って書いてあるな」

「……さすがはじいさん、お見通しだな」

 俺は対面のソファに腰を下ろし、ノートPCを開いて源蔵の前に差し出した。

「ブログの収益と受託ディレクションを合わせて、今月の手取り純利益が四十二万円を超えました。年間ベースで見れば、優に四百万円から五百万円の利益ペースです。

 ……ですが、俺はまだ税務署に対して何の書類も出していません。

 工場の同僚は『副業が会社にバレる』と怯えていますが、俺にとっての真の恐怖は、会社バレなんかじゃない。

 無知なまま税金を放置して犯罪者になること、そして――【取れるはずの節税メリットを逃し続ける機会損失】です」

「カッカッカ! 上等だ、百点満点の危機感だな!」

 源蔵は豪快に膝を叩いて笑った。

「世間の阿呆どもはな、月数万円稼いだだけで気が大きくなって、パーッと豪遊して税金の存在を完全に忘れる。

 そして翌年の春、税務署からの通知書を見て『払える金がねえ!』とパニックになるんだよ。

 いいか坊主、資本家になりたければ、稼ぐことと同じ熱量で【税金のルール】を極めろ!

 今日この場で、てめえに国家公認の最強の武器を授けてやる」

 源蔵は立ち上がり、リビングのデスクから一枚の書類のコピーを叩きつけるように置いた。

「今すぐ税務署に乗り込んで、これを提出しろ。

 ――【個人事業の開業・廃業等届出書(開業届)】、そして【所得税の青色申告承認申請書】だ!」

 ◇ ◇ ◇

「開業届……と、青色申告承認申請書」

 書類の文字をなぞる俺に、源蔵は鋭い眼光を突き刺した。

「中学生でもわかる算数を教えてやる。耳の穴かっぽじってよく聞け。

 世の中の大半の副業サラリーマンは、税務署に書類を出すのを『面倒くさい』『税務署に目をつけられそうで怖い』と嫌がって、開業届を出さずに【雑所得(白色申告)】で申告しようとする。

 だがな、それは【毎年数十万円の現金を道端に投げ捨てている】のと全く同じなんだよ!」

 源蔵はホワイトボードを引き寄せ、ペンを力強く走らせた。

「開業届を出して【青色申告】の承認を受けることで手に入る、四つの絶大な特権(チートコード)を教えてやる」

①【青色申告特別控除(最大65万円控除)】

「これが最大の破壊力だ。

 複式簿記で帳簿をつけ、e-Tax(電子申告)で確定申告をするだけで、稼いだ利益から【無条件で65万円を差し引いてから税金を計算してくれる】!

 所得税率と住民税率を合わせて仮に30%だとすれば、何もしなくても【毎年約20万円の現金】が手元に浮く計算だ。

 二十万円だぞ!? 時給千円のバイトで二百時間汗を流すのと全く同じ価値が、書類を一枚出すだけで手に入るんだよ!」

②【少額減価償却資産の特例(30万円未満の一括経費化)】

「通常の白色申告だと、十万円以上のパソコンやカメラを買った場合、耐用年数(パソコンなら四年)にわたってちびちびと分割してしか経費にできない。

 だが青色申告者なら、【三十万円未満の機材なら買ったその年に一発で全額経費】に叩き込める!

 お前が詩織ちゃんに買い与えた二十一万円の最新iPad Proも、一撃で今年の利益から全額相殺できるんだよ!」

③【純損失の3年間繰越控除】

「万が一、事業で仕入れや広告費が先行して赤字が出たとしても、その赤字を翌年以降の【三年間】にわたって繰り越し、将来の黒字と相殺して税金をゼロにできる。攻めの投資ができる最強のセーフティネットだ」

④【屋号(ビジネスネーム)付きの銀行口座が開設できる】

「個人の生活用口座と、ビジネスの入出金を完全に分離できる。

 法的な信用度が跳ね上がり、クライアントやASPとの取引でも個人名を伏せて屋号で活動できるようになるんだよ!」

「……すごい」

 俺は唾を飲み込んだ。

 知っている者だけが優遇され、知らない者はただ搾取される。

 まさに、第3話で源蔵が言っていた「資本主義というゲームの隠されたルール」そのものだった。

「しかもだ、坊主。この『開業届』を出すのに、費用はいくらかかると思う?」

「えっ……? 会社の設立には何十万もかかると聞きましたが……」

「【0円】だ! 登録免許税も申請手数料も、国に払う金は一円もかからねえ! タダなんだよ!

 タダで手に入るこのプラチナチケットを受け取らない奴は、資本主義の戦場にパンツ一丁で突撃する大馬鹿野郎だけだ!」

 ◇ ◇ ◇

「湊くん、お待たせ……! マイナンバーカード、持って走ってきたよ……!」

 リビングの扉が開き、少し息を切らした白石詩織が駆け込んできた。

 淡いラベンダー色のブラウスに、揺れるプリーツスカート。

 手には、ビニールケースに入ったピカピカのマイナンバーカードと、最新のiPad Proを大事そうに抱えている。

「おお、詩織ちゃん! 待ってたぞ。今日からお前さんも、立派な一国一城の主(個人事業主)の仲間入りだからな」

「は、はい……っ! 九条さん、こんにちは! ……あの、湊くん、私みたいなフリーターでも、本当に開業届なんて出していいのかな……?」

 不安そうに上目遣いで俺を見つめる詩織。

 メガネを外したその瞳は透き通るように美しく、至近距離から漂う甘い香りに、俺の心拍計がピクリと跳ね上がる。

「当たり前だ、白石。

 お前はもう、時給二千円で買い叩かれていた無力な絵描きじゃない。

 我がメディアの基幹コンテンツを生み出し、月に数十万円の売上を牽引する【プロのイラストレーター・Webデザイナー】だ。

 お前自身が開業届を出し、青色申告者になることで、画材代やタブレット代を経費にし、合法的に自分の資産を守れるようになるんだよ」

「うん……っ! 湊くんがそう言ってくれるなら、私、勇気を出してやってみるね!」

 詩織は力強く頷き、俺の隣の席へちょこんと腰を下ろした。

 その距離の近さに一瞬ドギマギしたが、俺は咳払いを一つして、ノートPCのブラウザを開いた。

「さあ、作業開始だ。

 今の時代、わざわざ平日に仕事を休んで、税務署の窓口に並んで紙の書類を出す必要なんて一ミリもない」

 俺が開いたのは、無料のクラウド開業支援サービス『freee(フリー)開業』の画面だった。

「画面の質問にスマホやPCでポチポチ答えていくだけで、開業届と青色申告承認申請書の書類が自動生成される。

 あとは、マイナンバーカードをスマホで読み取り、国の電子申告システム『e-Tax』を経由して送信すれば、わずか【五分】で提出が完了するんだ」

 俺はキーボードを叩き、入力項目を埋めていった。

・職業:【Webマーケティング業、インターネット広告メディア運営】

・屋号:【ミナト・キャピタル・マーケティング】

・開業日:【本日(八月二十五日)】

・所得の種類:【事業所得】

・確定申告の種類:【青色申告(65万円控除)】

 詩織も隣でiPad Proを操作し、楽しそうに自分の屋号を入力している。

・詩織の職業:【イラストレーター、グラフィックデザイナー】

・詩織の屋号:【スタジオ・シオリ】

「ふふっ……『スタジオ・シオリ』……! なんだか、本当にお店屋さんを持ったみたいでワクワクするね、湊くん!」

「お店じゃない、事業所だ。……よし、そしてここからが、今日一番の最重要工程だ」

 俺の表情が、極めて鋭いものへと引き締まった。

 ◇ ◇ ◇

「白石、そして工場の山岸のように怯えているすべての副業労働者が知るべき、絶対の防壁を解説する」

 俺は画面に表示された、確定申告書の第二表――【住民税に関する事項】のサンプル図解を指差した。

「さっき食堂で話した通り、会社に副業がバレる唯一の抜け穴は、副業の分の住民税が、本業の給料から天引き(特別徴収)されてしまうことだ。

 だが、来年の確定申告の際、この欄にある【住民税の徴収方法の選択】において――

 『給料から差引き(特別徴収)』ではなく、

 絶対に【自分で納付(普通徴収)】のラジオボタンにチェックを入れるんだ!」

「自分で納付……?」

「そうだ。

 ここにチェックを入れるだけで、市役所はお前の副業分の住民税納付書を、本業の会社ではなく【お前の自宅のポスト】へと直接郵送してくる!

 届いた納付書を持って、自分でコンビニや銀行の窓口へ行き、現金やスマホ決済で支払いを済ませる。

 そうすれば――本業の会社の給料明細には、工場の給料に応じた本来の住民税しか記載されない。

 総務部には、副業の存在が一円たりとも、一文字たりとも漏れることは絶対にないんだよ!」

「すごい……! チェックを一つ変えるだけで、そんな風に分けられるんだね……!」

 詩織が目を丸くして感嘆の声を漏らした。

 法と制度を正しく理解していれば、誰にも怯える必要などないのだ。

「よし、入力完了だ。

 ――マイナンバーカードをスマホの背面にセットして……送信!」

 ピピッ。

 カードのICチップが読み取られ、暗証番号を入力する。

 画面が数秒間ローディングし――パッと緑色のチェックマークが表示された。

『【送信完了】所轄税務署への「個人事業の開業届」および「所得税青色申告承認申請書」の提出が正常に完了いたしました』

『受付日時:2024年8月25日 18時12分』

「……受領された」

 ノートPCの画面に表示された受付完了通知。

 わずか五分の作業。費用はゼロ。

 だが、この瞬間――俺――倉科湊は、ただの「手取り十四万の工場ライン工」から、国家に正式に登録された【個人事業主(ビジネスオーナー)】へと進化したのだ!

「できたぁぁっ! 私のも、送信完了って出たよ、湊くん……っ!」

 詩織がiPad Proを掲げて立ち上がり、満面の笑みで飛び跳ねた。

 その拍子に、彼女のショコラブラックの髪がふわりと舞い、甘い香りが鼻腔をくすぐる。

「おめでとう、白石。今日からお前も、スタジオ・シオリの代表だ」

「えへへ……『代表』だなんて、くすぐったいよぉ……!

 でも、湊くんと一緒なら、なんだかどんな高い山でも登れそうな気がするよ!」

 嬉しそうに胸の前で手を合わせる詩織。

 だが、俺は彼女の指先に、長時間のデジタルペン操作による微かな赤みがあるのを見逃さなかった。

 俺はデスクの引き出しから、あらかじめ用意しておいた小箱をスッと取り出した。

「ほら、白石。これを受け取れ」

「えっ……? これ、老舗和菓子店の『完熟シャインマスカット大福』……? それに、目元をじんわり温める充電式の最新アイウォーマー……?」

「勘違いするなよ」

 俺は腕を組み、冷徹な仮面を張り直して早口でまくしたてた。

「晴れて個人事業主となった貴殿が、開業初日から眼精疲労や集中力散漫による帳簿入力ミスを犯した場合、過少申告加算税および延滞税の発生リスクが跳ね上がる。

 シャインマスカットに含まれるブドウ糖による脳内グリコーゲンの急速充填、およびアイウォーマーによる毛細血管の血流促進は、我が事業アライアンスにおける【基幹クリエイターのコンプライアンス維持および法定申告適格性を担保するための戦略的品質管理経費】だ。

 極めてドライで論理的なリスクマネジメント費用だから、一ミリも遠慮せず胃袋に収めて目を温めろ」

 息をつかずに言い切った俺の過保護な言い訳。

 詩織は大福の箱を大事そうに胸に抱きしめ、きょとんと目を瞬かせていたが――やがて、その桃色の唇を綻ばせ、クスクスと愛おしそうに笑った。

「ふふっ……あはは! かしょうしんこく……? コンプライアンス……?

 湊くんの言い訳、本当に世界一長くて……世界一あったかいね!」

「な、何がおかしい。純粋な税務リスクの排除だぞ」

「うん、そうだね! じゃあ私、湊くんの『コンプライアンス経費』を美味しく食べて、誰よりも正確で可愛いデザインを描くね!」

 大福を一口かじり、「あま〜い!」と幸せそうに頬を押さえる詩織。

 その天使のような破壊力に、俺の心拍計が完全に暴走しかけた。

「ケッ! イチャつくのは勝手だがな坊主、プラチナチケットを手に入れたからといって、天狗になってんじゃねえぞ」

 源蔵の野太いダミ声が一閃し、俺たちはハッと居住まいを正した。

 老人は湯呑みを置き、ぎょろりとした鋭い眼光を俺に向けた。

「開業届を出し、青色申告の盾を手に入れた。

 月四十万のキャッシュも回ってる。

 ――だがな湊、てめえの身体は相変わらず【一つ】しかねえんだぞ」

「……え?」

「工場で八時間、帰ってから記事の執筆とディレクションで六時間。

 土日もフル稼働で作業漬け。

 いいか坊主、資本主義において最も残酷で、絶対に破ることのできない絶対の壁――

 ――【二十四時間の壁】が、すぐ目の前まで迫ってきてるんだよ!」

 源蔵の重い言葉が、静かなリビングに突き刺さった。

 二十四時間の壁。

 どれだけ効率化しようが、一人の人間が使える時間には絶対的な上限がある。

 そして――この直後、その無理が祟り、俺たちの事業を揺るがす「最大の危機」が訪れることになるとは、この時の俺はまだ知る由もなかった。

【現在の倉科湊ステータス】

・年齢/肩書:18歳/食品工場ライン工・個人事業主(屋号:ミナト・キャピタル・マーケティング)

・総資産残高:1,850,000円(前話比:+488,000円 ※ブログ確定報酬+Webディレクション利益合算)

・月間不労/事業キャッシュフロー:+420,000円(特化ブログ+受託純利益)

・【今日の源蔵のマネー格言】:「開業届を出さずに副業をやる奴は、パンツ一丁で戦場に突撃するカモだ。65万円の青色控除と普通徴収の盾を握れ。ルールを知る者だけが、国家公認で富を守れるんだよ」

読んでいただきありがとうございます。

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