86.【狭められていく生活】 改
ワイバーンが現れたのは偶々で、自分が狙われたと思っていないユイを怖がらせない為に、今は敢えてその事を告げないノア。しかし激高するノアから漏れ出した威圧に、若い騎士達は震えあがった。
「威圧を収めていただけませんか!?」
そう言って自分の前に跪くクラネルを、見下ろすノア。
『ユイの命を狙っている者が、この国にいるのは間違いないな』
クラネルだけに向けた言葉は、ノアの怒りを映し殺気さえも感じさせる。ノアの威圧でユイが体調を崩すのではと心配したクラネルだったが、それは要らぬ心配となった。ノアと魔力を共有しているユイは、彼の威圧の影響を受けなかったのだ。
クラネルは下にいる若い騎士達に状況が変わった為、稽古を付けられなくなった事を謝罪すると、未だノアに抱き着いているユイの側に歩み寄った。
「ユイ、直ぐに宿舎に帰るぞ」
黙って頷くユイを抱き上げると「私、歩けるよ」と抵抗されたが、彼はそれを無視して身体強化【超加速】を使い、宿舎へと急いだ。
行きの三分の一程の時間で宿舎に戻るレオの首に、しっかりと腕を回し、肩越しの景色を見つめるユイ。いつもとは違う速さで流れていく景色に、不安を覚える。
怪我をした訳でもないのに、なぜ彼はこんなにも急いで宿舎に戻るのだろう。もしかして、あの大きな鳥は私を狙ったの?......と。
クラネルの後ろを飛びながらついてくるノアの目が、いつもとは違うようにも見え、それがユイを益々不安にさせる。彼女は彼の肩に顔を埋め、そっと唇を噛みしめた。
ユイを抱きかかえて戻ってきたクラネルを見て、只ならぬ雰囲気を感じた若い騎士が問いかけると、クラネルは騎士団統括長への伝言を彼に頼んだ。その瞬間、ユイは自分が狙われたことを確信する。
王城敷地内でも護衛をつけると言われた時、正直そこまでする必要があるのかと思っていたユイ。どこか他人事のように感じ、王城敷地内は安全だと思っていた彼女にとって、それはとてもショックな出来事だった。
抱きかかえられたままクラネルの執務室に入ると、彼女はやっと降りることを許された。ノアは小さくなると、ソファーに腰かけたユイの膝の上へ。
「あの大きな鳥のような生き物は、何?」
不安を映した瞳で、隣に座ったクラネルに問いかけるユイ。
「ワイバーンだ」
「あれって、王都で目撃されることあるの?」
「......少なくとも、俺が見たのは初めてだ」
聞かれたことに淡々と答えるクラネルの声は、意外な程冷静だ。
「私が狙われたってことだよね」
俯き表情を曇らせるユイの手を、クラネルはそっと握りしめる。不安を隠せないユイの頭を撫で、自分の方へ引き寄せると、ユイは彼の肩に頭を乗せ瞳を閉じた。
「ノア、レオさん、守ってくれてありがとう」
「『当たり前だろ』」
二人同時に同じことを言われ、ユイはクスリと笑みを漏らせた。
それから一刻程してクラウドがケリーを共だって、クラネルの執務室を訪れた。
「ユイ様が練習場で、ワイバーンに襲われたというのは本当か」
執務室に入るや否や、クラネルに問いかけて来たクラウド。
「はい。只の偶然とは思えません」
今まで王都でワイバーンが目撃されたという話を聞いたことがない二人も、その意見には納得した。
『ユイを狙う以外にも、目的はあっただろうな』
ノアの言葉に、その場にいる四人が息を飲んだ。
『僕の実力を測る為』
「竜太子様の実力をですか?」
クラウドが眉を顰める。ユイを襲う事だけが目的なら、もっと確率の高い瞬間、方法はあったはずだ。だが自分がユイを守ることが出来るギリギリの状況でワイバーンに彼女を襲わせ、自分の攻撃能力を測ったのだろうとノアは考えた。
『僕が子供だから甘く見ていたのもあるだろう。だから僕は実力を見せつける必要があったんだ。お前達が相手に出来る僕じゃないってね』
まだ卵から孵って三ヶ月にもならない仔竜が、どこまでの実力を持っているのか敵も見当が付かなかったのだろう。
『だからこそ、今まで以上にユイに目が向くかもしれない。少しでもユイに危害が及ぶ可能性がある事は、徹底的に排除するべきだ。
まずは、ユイ。もう街に出るのは諦めよう。街に出る時が一番危険だってこと、ユイにだって分かるよね?』
ノアの言葉に納得するしかない。それは誰しもが分かっている事なのだが。
「あと一回だけ、街に行かせて。子供達にちゃんと説明したいの。子供達との約束は破りたくない。お願い」
自分が襲われる可能性を考え不安になりながらも、子供達との約束を優先させようとするユイに、ノアは正直呆れた。しかし
『僕も子供達と約束したな。わかった。それで最後だよ』
ユイの頑固な性格を分かっている為、ギリギリの譲歩をすることにしたノア。
「ありがとう。子供達に会わせてもらえたらそれでいい。レオさん、お義母さんにはお手紙で連絡していいかな?」
「母の事は気にする必要ない」
申し訳なさそうにするユイを、クラネルは愛しむように見つめる。こんな時まで、気を使う必要などないのにと。
『あと気になっていることがある。もうすぐユイの部屋に届く絨毯だ。信頼出来る業者といえ絶対じゃない。分からないように魔法陣を描かれていたり、何かを仕込まれたりする可能性もゼロじゃない』
「それなら、私が確認いたしましょう。私のところへ届けさせ、何もないことが確認できましたら、ユイ様のお部屋にお運びいたします」
ノアはケリーの提案を受け入れ、今後はユイの元へ届くものは全て、彼を通してから届けられることが決まった。それこそ洋服や小物、化粧品にいたるまで全てにおいてだ。
欲しいものがあれば、ラッセルに購入をお願いしようと思っていたユイは、心の中で大きな溜息をつく。気軽に欲しいものを口に出来る状況ではなさそうだ。
「ケリー魔導師統括長、お願いがございます。王城の周りに転移の為の魔法陣が描かれている可能性があります。調べていただけないでしょうか?」
クラネルが言うには、ワイバーンはどこからか飛んできたのではなく、突然現れた様に見えたと。その為、王城近くに魔法陣がある可能性が高いと考えたのだ。
「すぐに確認させよう」
ケリーはその黒い虹彩を光らせ、言葉少なに返事を返す。王城の近くに魔法陣を描くなど、バカにするにも程があるというものだ。
「ところで、今日お前達が練習場に行くことは、誰か知っていたのか?」
クラウドの質問に、ユイは首を横に振った。
「私が突然行きたいと言ったので。予定では馬場で仔馬を見るつもりでした」
「どちらにしろ、出かける予定はあったと......」
毎日ユイの動きを観察していたのか、それとも誰か密告者がいるのか。ユイが食堂を手伝わない日は必ず、クラネルと一緒に図書室や散歩に出ることは食堂棟を利用する者には周知のこと。その情報を得ることは難しいことではない。
「考えたくはないが、可能性はあるな」
クラウドはそう呟くと、毛深く大きなその手を握りしめ、徐に立ち上がった。
自分の目の前に立つ男を見上げるユイ。彼女の顔をチラリと横目で確認したかと思うと、クラウドは思わぬことを口にする。
「クラネル、お前達の部屋はまだ別々なのか?」
「えっ......はい、そうですが」
「そうか。それなら、今日から同じ部屋にしろ。竜王の結界があると言っても絶対ではないし、就寝中が一番無防備になる。少しでも可能性があるのなら、そうするべきだろう」
クラウドはそう言い残すと、ケリーと共に部屋を出ていき、残された二人は顔を見合わせた。
「え~!!」
クラウドから突然言い渡された命令に近い提案。ただただ焦るばかりのユイを、クラネルは神妙な面持ちで見詰める。クラウドの考えには一理あると。




