79.【二度目の散策】 改
私がこの世界に来て、三ヶ月が過ぎた。もうと言うべきなのか、まだと言うべきなのか。
よくよく考えたら凄いことだよね。出会って二ヶ月半の人と婚約しちゃうなんて。
しかも、その相手がこの国でも一番だと言われる程のイケメンだなんて、信じられないとしか言いようがない。こんな平々凡々を絵に描いたような私でいいのだろうかと、未だに思うことがある。
だけど、それはもう口に出しては言わないと決めた。
一度それを口にした時、彼に本気で怒られたのだ。
「俺の好きな人を否定されるのは、俺を否定されることと同じだ。それって俺を信じていない事と同じだろ!?」と......。
彼に言われて気が付いた。私だってレオさんを否定されるような事を言われれば悲しくなる。例えそれが彼自身であっても。
彼を信じるということは、彼の大切な人も信じるということ。つまり私は、彼が好きになってくれた私自身に、もっと自信を持つべきなのだ。
だから私はもう、自分を卑下するような事は言わないと決めた。そんな事を言うくらいなら、もっと素敵な女性になるよう努力する。
私は鏡の中の自分に笑いかけ、今日も一日笑顔でいる事を誓う。彼が好きだと言ってくれるこの笑顔で、毎日を楽しく過ごすんだ。
『ユイ、可愛いね』
今日も私を可愛いと言って褒めてくれるノア。毎日言われると、最初の頃よりは素直に受け取れるようになった。
「ありがとう、ノア。ノアも可愛いよ」
ノアはいつものように身体を小さく変化させると、自分の指定席である私の肩に飛び乗った。
服を着替え街へ出かける準備が整うと、私は彼の執務室のドアを叩いた。今日は婚約してから初めて、彼と一緒に街に出かける。
私達が婚約したことは直ぐに噂になり、暫くは沢山の人からお祝いの言葉をいただいた。
キャロルさんが言うには、前回マルシェでお世話になったロペスさんも、私に会うのを楽しみにしてくれているという。婚約のお祝いが言いたくて、ウズウズしているのだとか。
嬉しいけど、ちょっと照れくさい。
執務室のドアを叩いても彼からの返事はなく、私はゆっくりとドアを開け彼の名前を呼んだ。
「レオさ~ん」
「ユイ、ごめん。もう少し待ってくれ」
寝室のドアを開けた彼はシャワーを浴びて出たところだったようで、上半身はまだ服を着ていない。
「直ぐに準備するから、こっち来て」
彼に呼ばれ寝室に入ったはいいが、自分の身の置き場に困った。いや、ソファーに座ればいい話なのだけれど、何だか居心地が悪い。
まだ髪の毛が濡れたままの彼は、バスタオルで拭きながら騎士服を準備している。服を身に纏っていない彼の身体は、俗にいうシックスパックというやつで、余計なものなど付いていない背中は綺麗としか言いようがない。
肩甲骨を『天使の羽』に例えるが、その理由が今なら分かる気がする。あの羽にちょっと触れてみたい。
「ユイ、どうした? 座って待ってて」
「あっ......うん」
見ていたの気付かれちゃったかな? 男性だから見られても、恥ずかしいとかないんだろうけど。
ドアの前に立ったままの私に近寄り、当たり前のようにキスをする彼。
「おはよう。後は髪乾かすだけだから。遅くなってごめんな」
私は頭をポンポンと、優しく叩かれた。
ノアと一緒にソファーに座り、彼は脱衣所に入って一分くらいで髪を乾かして出てきた。
驚いて目を見開く私に、風魔法で髪を乾かしたと言う彼。確かにそんな音がしていた。
「そんな事も出来るの? 便利過ぎるね」
白シャツを羽織りながら「ユイの髪も今度、乾かそうか?」と、彼はちょっと意味ありげに笑う。
「あ......うん。今度ね」
「意味分かってんのかよ」
......たぶん、分かってます。
彼は揶揄うように私にそう言うが、実際はそんな事はなく、何度キスを交わしても、婚約をしたあの日から大人なキスはない。
正直それを物足りないと思っている、自分がいる。だけど、それを素直に言えない。
そんな事言ったら、彼は何て思うんだろう? この国では女性がそんなこと言うのは、はしたないのかな?
もっと彼に近づきたいと思っているのに、それを素直に言えないことがもどかしい。別にキスより先を望んでいる訳じゃない。でも、もっと彼に触れたいし、触れられたいという感情があるのも事実で。
もっとキスしたいし、抱きしめてもらいたい。でも、その先はちょっと怖い気もする。
そんな相反する感情が、最近私を悩ませている。
もう一度脱衣所に戻り、今度はシャツの袖口のボタンを留めながら出てくる彼。そんな何気ない仕草までカッコいいとは、どういうことだ。
マジマジと見ている私に気が付き「ん?」って表情を見せる彼に、鼓動が甘く弾む。
なんで、こんなにカッコいいんだ!?
「ユイ、どうした? なんかボーッとしてないか?」
『気にするな。レオに見とれてるだけだ』
ノアには全てバレていた。
「ノア、それ言わないでよ」
バラされたことが恥ずかしくて文句を口にすると『バカバカしい。自分の婚約者に見とれるとか、どんだけ惚れてんですかね』と、返り討ちにあってしまった。
「そう、なのか?」
ちょっと嬉しそうに口元を抑え、目じりを下げるレオさん。
それから彼は騎士服の上着を手に取ると、ふわりと回すようにしながら袖に腕を通した。それが、またカッコいいのだから困ってしまう。一人ニヤニヤする私を、隣に座っているノアが呆れたような目で見上げ、溜息を漏らす。
今思えば、私がドラマを見ていて俳優さんをカッコいいと思うシーンって、ネクタイを緩めるシーンだったり、逆にスーツを着るシーンだったりした。
特にネクタイを緩めるシーンは、胸がキュンとする程大好きだ。多分私は、男性のONとOFFが切り替わる瞬間が好きなのだろう。
騎士服の上に専用のコートを羽織ると、彼はソファーに腰かけている私に手を差し出し「お待たせ」とほほ笑んだ。
一階に降りると、既に宿舎の前には馬車が待機していた。その側で私達を待ってくれていた、マードックさんとニコルズさんと挨拶を交わす。
「遅くなって申し訳ない」
「いや、まだ時間前だ。気にする必要はない」
レオさんの言葉に、いつもの仏頂面で答えるマードックさん。
「クラネル、あなた本当に変わったわね。表情が柔らかくなって人間らしくなった感じよ」
「いや、俺はずっと前から人間だぞ!?」
苦笑いするレオさんに「自分では気が付いてないのね」とニコルズさんは、小さく息を漏らせて微笑んだ。
そしてノアに向いて、最敬礼で挨拶する二人。
「「竜太子様、本日はよろしくお願いいたします」」
『マードック、ニコルズ、今日はユイの事よろしくね』
レオさんのエスコートで馬車に乗り込むと、私は膝の上にノアを抱き、無意識にレオさんと手を繋いでしまった。
「あっ......ごめんなさい。レオさん騎士服って事は、これは仕事なんだよね」
慌てて手を離すと「私達しかいないのだから、気にしなくていいわ」とニコルズさんが言ってくれた。
本当にいいのかな? 戸惑う私に「大丈夫だ」と、レオさんも言ってくれている。
「あ~ぁ、ユイ様が羨ましいな。私も一度くらい手を繋いで歩いてみたいわ」
「お前は、何を言っているんだ!?」
マードックさんが、珍しく慌てている。
「こんな堅物が好きなんだから、仕方ないんだけどね。その分、二人の時とのギャップが嬉しいからいいか」
マードックさんは顔を真っ赤にしながら、片手で顔を隠している。近衛隊副隊長のマードックさんも、ニコルズさんには勝てないようだ。
「ニコルズさん、今度キャロルさんと三人でお酒飲みませんか? 私の部屋でよければ、ご招待します」
「まぁ、絶対楽しいわね。是非一緒に飲みたいわ」
ニコルズさんはピンクの瞳をキラキラさせて、頬を緩めた。
「ちょっと待て、それはやめてくれ」
何故かマードックさんが、めちゃめちゃ焦っている。
「酒を飲んだアデルは、余計なことを話し過ぎるんだ」
「あら、女性の会話に男性が口出しするのは、お洒落じゃないわよ!?」
ニコルズさんにそう言われて、マードックさんが黙り込んだ。それを見てレオさんは苦笑いをし、私は次の楽しみが出来たと喜んだ。
この国で二人目の、女性のお友達が出来ました。
ブクマ、評価していただきありがとうございます。
読んでくださる方がいるお陰で、小説を楽しんで書けています。




