78.【ユイの悩み】 改
また今日から、ぼちぼち頑張っていきたいと思います。
明日、副隊長のお母さんに会いに行くから相談したいことがあると言われ、私は部屋に置いてあった梅酒を持ってユイさんの部屋に向かった。食堂でグラスを借り、部屋の扉を叩くとすぐに出迎えてくれたユイさん。私が部屋に入った直後、彼女は防音の魔道具を起動させた。
どんな悩み事かと思えば、プレゼントを贈りたいけど何がいいかわからないと彼女は言う。
そっか、ユイさんはこの国の風習を知らないのか。
ソファーに座りグラスに魔法で作った氷を入れると、ユイさんはキラキラ目を輝かせながら喜んだ。氷を作っただけで喜ばれたのは、子供の時以来かな。
そのグラスに持ってきた梅酒を注ぎ乾杯をして、この国の風習を伝えると彼女はホッとしたように微笑んだ。婚約者の親に挨拶に行ったことがない私には、その緊張を想像するしか出来ない。
しかもユイさんはこの国の文化にまだ、慣れていないことも多い。知らぬ間に相手に不愉快な思いをさせて嫌われたらどうしようと、不安になっているのだろう。そこはもう、副隊長にフォローしてもらうしかないのだけれど。
梅酒を二人で飲みながら、明日は街でどんな買い物をするのかと話していると、部屋の扉が二度叩かれた。部屋を訪れたのは副隊長で、どうやらユイさんの持っているスマホとやらを取りに来たらしい。
普段は食堂のお手伝いが休みの前日に、副隊長がこの部屋で作業を行うらしいのだが、今日は私がいるのでそれが出来ない。だから自分の部屋で、作業すると言ってくれたようだ。
副隊長にスマホらしき物を手渡すと、ユイさんは徐に副隊長と一緒に廊下に出て、直ぐに戻って来た。
「今、おやすみのキスしたでしょ!?」
私がからかうと図星だったようで、彼女は顔を真っ赤にしてソファーに座った。
「ねぇ、普段って竜太子様とずっと一緒でしょ。そういうの、どうしてるの?」
「キスのこと?」
「そう。まぁ、それ以上もだけど」
「ノアは、キスぐらいならしても気にしないよ」
彼女はベッドの上で寛ぐ竜太子様に視線を向けた。
「それ以上は?」
「......まだない」
彼女の言葉に驚いて、変な声が出そうになった。
えっ、あの副隊長がまだなんてことあるの?
付き合い始めて十五日ぐらいといっても婚約してる訳だし、第一あの副隊長よ。ユイさんには言えないけど、相当な数の女性経験をしてきた彼が、キスしかしていないなんて驚きしかない。
あっ、そうか。流石に竜太子様がいたら、それ以上は無理か。うん。それじゃ仕方ないかな。一人あれこれと考えを巡らせる私に、ユイさんがぽつりと零す。
「私そんなに子供っぽいかな? そんなに色気ない?
あっ......別に、したい訳じゃないんだよ。ただ、どうしてなのかなぁ......って」
「不安なんだ」
彼女は黙って頷いた。
「私は副隊長じゃないから本当の事は分からないけど、ユイさんを大切に思ってるからじゃないかな!?
ほら、ユイさんそういう経験ないじゃない。だから」
「でも......あの、ね。キスも......優しいキスしかしないの。触れるような感じの」
「マジで!?」
驚き過ぎて言葉に詰まった。
いやいや、それはないわ。
「ノアもレオさんの所に泊りに行っていいよって言うの。でも......」
もう言葉すら出てこない。副隊長は何を考えてるんだ!?
ユイさんがそれで不安になってるなんて、思ってもないだろう。
「レオさんが私のペースに合わせてくれてるの、分かってるつもり。
だけど、私はもっとレオさんと一緒にいたいし......もっとくっつきたいのになって」
「その気持ちよく分かる。好きな人には、ずっと触れてたいもんね」
また彼女は黙って頷いた。
「でも、そんな事言えないし。ねぇ、キャロルさんどうしたらいい?」
上目遣いで問いかけてくる彼女のその表情が、なんとも可愛いのだ。これは、副隊長がおいそれと手が出せないのも分かる気がする。
「あっ、それとなく副隊長に気付かせたいって事よね。それなら、可愛い寝間着とか、バス用品を揃えてみたら。自分が可愛くなった気分になれて自信も出るし、もしもの時に役にたつよ。
隊の寝間着、全然可愛くないでしょ。シンプルな白じゃない!?」
「確かに。そういうお店あるの?」
「もちろん。私も可愛い寝間着1枚だけ持ってるよ。
あとバスソルトとミルクもおすすめ。お肌ツルツルになるしいい匂いで、前に付き合ってた男が喜んでた」
「なるほど。石鹸に匂いがないから、そういう匂いがあるものってないんだと思ってた」
「匂いがするのもは、高級だから特別な時しか使わないかな。使うのは若い女の子か、貴族くらいよ」
私の言葉で決心したようで「明日二コルズさんにお願いして、一緒に行ってもらう」とユイさんは気合を入れた。それともう一つ、私は彼女に提案をした。
「あのね、ユイさん今でも副隊長のこと『レオさん』って呼ぶでしょ!? あれ呼び捨てに変えたら、きっと副隊長喜ぶと思うよ」
「どうして?」
「この国では、女性が男性の名前を呼び捨てにすることは特別なの。奥さんか婚約者にしか許されない特権なんだよ。男性が女性を呼び捨てにすることも、平民はしないことだけどね」
「でもキャロルさんは、みんなにキャロルって呼ばれてるよね?」
疑問符を浮かべ首を傾げるユイさん。
「私の場合は騎士だからね。まず、ラッセルって隊員が他にもいるのよ。そして、年下の騎士をさん付けで呼ぶことはない。近衛隊とかは年下でも『卿』呼びするんだけど、討伐隊はその辺はいいかげんなんだよね。
だから、私が呼び捨てにされるのは、違う意味で特別なのよ。あと貴族の男性は、侍女さんとかは呼び捨てにするかな」
「そっか、レオさんが呼び捨てにしてくれるのは、凄い特別なことなんだね」
彼女は幸せそうに微笑み「頑張って、呼んでみる」と身体の前で軽く拳を握った。
「ねぇ、ユイさん。今日実は、この相談もしようと思ってたでしょ!? 防音の魔道具つけた時に、おかしいなぁって思ったのよね。お母さんへのプレゼントの相談だけなら、必要ないじゃない?」
「もう、キャロルさんは誤魔化せないな」
彼女は顔を赤らめ、照れくさそうに微笑んだ。
「ユイさん、副隊長がどう思おうと、自分が甘えたいと思ったなら、甘えていいと思うよ。
それを副隊長が嫌がる訳ないよ」
「はしたなくない?」
彼女の瞳が不安の色を浮かべる。
「絶対ない」
テーブルの上に置いてある梅酒の入ったグラスを手にすると、グイッと飲んで「わかった。がんばる」と彼女は左手で拳を強く握った。その仕草がまた可愛いのだ。
副隊長との距離を彼女なりに縮めたいのだろう。そんな一生懸命な彼女を不安にさせている副隊長に、ちょっとイラっとしたりもするが、もう少し様子を見るしかない。
本当に彼女が不安で辛そうになったら、その時は私がガツンと副隊長に言ってやる。
まぁ、そんな日はやってこないと思うんだけどなぁ。
婚約までしたのに、この二人は一体なにをしているんだろう。
更新を休んでる間にも、ブクマ、評価をしていただき、ありがとうございます。
私らしく、楽しんで更新していけたらを思っています。
どうぞ、よろしくお願いいたします。




